雲に乗って来られる ダニエル7:13  黙示録1:7 カナン人バアールの神のタイトルを奪う | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

聖書〜神の言葉は完全であり、変化するものではありません。

クリスチャンが教えられているような、神の言葉は、人間が分解して

差し引き、付け足し出来る性質のものではないのです。

 

簡単に言えば、車やパソコン、その他製品のマニュアルがあります。

その製品の全機能が書かれているものが、マニュアルです。

製作者のインストラクションが全て書かれている。

その製品の機能、性質を解説したものを、勝手に捨てても、

その製品は、その機能、性能、性質通りに取り扱えば、製作者の

意図通り100%フルに機能するものです。

 

100ある機能を、5しか知らない。後の機能は廃れましたとは

ならないのです。なぜなら、その製品は製作者の意図通りに作られて

いるからです。

100あるところを、5しか知らないから、後の95が分からない

だけなのです。それを、宗教の教えの世界がやっているのです。

 

何故クリスチャンの間では、聖書=神の言葉の性質の事実とは

正反対の神の言葉は変化する、破棄された、廃れたという

真実ではない、宗教的偏見、歪んだ思想が浸透しているのでしょう

という問いがあるのです。

 

そして、聖書に登場する人、エデンの園から、イエシュアが昇天された以降も、父の教え=イエシュアが教えられたモーセの五書=契約=

トラーを教えて、生きたことしか書いてないのに、神の教えが、

捨てられて、別物の教え〜神の教えは廃れたとされた。

そして別物の教えをローマ教が作り続け、そして別の記念日=聖書に記されていない、人間が作った記念日にすり替えたものを、クリスチャンは行っているのでしょう?

 

これは、黙示録が書かれた背景、それは、ずっと以前に遡るダニエル書に記された事、歴史の中で起きた事に繋がるものなのです。

 

なぜ、聖書に書いてない教え〜お荷物、バゲージ、ゴミ、偏見、

偽情報が、神の教えだという偽情報がこれ程までに、

異邦人クリスチャンの間に浸透したのか?

 

これは、歴史的背景、ダニエル書が預言した事に繋がるものでもあります。それ以外の箇所も同等に、その事実を話しているのです。

 

それ以前に、クリスチャンの世界では、チャートを作り、預言書に

記された事は、一回だけの出来事などと、解説していますが、

それは、全く事実とは異なるものです。

古代のヘブライ人は、現代の西洋哲学、宗教の思想では考えていません。

聖書に書かれている事は、パターンなのです。サイクル。

同じことが、同じ性質を生きる人たちにより、繰り返されることが

書かれてるのです。

繰り返し、繰り返し、神に敵対するものがこの世界に存在し続け

神の教えを捨てる人が権力を握る世界が続く限り、同じ悪事、

聖書に記された同じことが、繰り替えされ続けて行くのです。

歴史は、巡り、新しいものはないと、コヘレトの書に書いてある

通りです。同じことが、繰り返され続ける。メシアが再臨する迄は。

 

ダニエル7章に記された獣とは、歴史の中に存在した、それぞれの帝国です。

海から獣が出て来たとありますが、「海」とは現代の人が考える様な

素敵なビーチ、サーフィン、バケーションの場所ではないのです。

古代の人が、「海」と聞いたら、それは得たいの知れない怖いもの、

命の危険が潜んでいる場所と考えるのです。

それは創世記の最初、混沌とした場所、水から様々なものが現れる

ここでは、混沌とした場所から、神に敵対する帝国が現れることが

書かれているのです。

第一の獣、バビロン。第二の獣、ペルシャ。

第三の獣、ひょうは、ギリシャ帝国です。

このギリシャ帝国、ヒョウは、アンティオコス エピファネス皇帝のことです。

この名は、「神の顕現(神のあらわれ)」という意味を持つ名です。

そうすると、荒らすいむべきものが、神殿の上に立つと古代のヘブライ人が、聞いたら、それぞれの帝国の神殿、宮殿に立つ、自称現人神を考えるのです。エルサレムの神殿ではない。

この皇帝は、政治的、軍事的にユダヤ人を制覇しても、ユダヤ人の

彼らの思想、信仰までは支配出来なかったのです。

その結果何をしましたか?トラーに記された教えを教えること

実践すること、神のシャバットや祭りを祝うことを、法的に

違法であると禁じたのです。

 

それを勅令で強制的に従わせ、それを破るものは、皆処刑でした。

古代ギリシャの「ギュムノス(裸)」に由来し、若者たちは全裸で

身体を鍛えた場所、軍事・市民教育: 都市国家を守るための軍事訓練の場であり、立派な市民を育てる教育の場、敷地内には歩廊や講堂が

あり、ソクラテスなどの哲学者たちが若者と対話し、学問を教える

社交場としても機能したような場所で、異教の神々の宗教に同化、

迎合、シンクロするよう強制的に法で定めたのです。

 

マカバイ記を読むと分かりますが、ユダヤ人の口に無理やり豚を

入れて食べさせる。それを拒否した人は、処刑。

シャバット、祭りを祝うことを、禁じる。

このような残忍なことをする暴君は、歴史の中で繰り返し出現して

いるでしょう。

そして、エルサレムの神殿を乗っ取り、ゼウス神の像を設置し、

神の祭壇を豚とその血で汚し、神殿の中も豚の血をまいて、

汚したのです。

異教の神々、皇帝崇拝に同調して、神の契約に根付く生き方を

捨てて行くユダヤ人を懸念し、マカバイ族が立ち上がり、

これがマカバイ戦争の発端となったものです。

この小さい軍隊が勝利し、神殿を取り戻したことが、ハヌカの祭りで

記念されているものなのです。

ギリシャ帝国に吸い取られ、神の民としてのアイデンテイテイ、

神の契約に根付く生き方を剥奪されることへの命懸けの抵抗を

したのです。

神の教えを神ご自身が破棄された、廃れたという帝国がやったことを

偽情報にすり替えられたものを信じる人には、神の契約を捨てない

離れない、偽物の教えに同化、シンクロ、迎合、同調できないのだ!

ということが、全く理解できないものだと思います。

せいぜい、仏教や他の宗教の偶像を拝みませんと考えるだけだと

思いますが、偶像〜偽物の教えは、しっかり信じる人の間に

知らない間に、ぬるぬると確実に潜入しているのです。

これが、4つの頭を持つものが、ローマ帝国なのです。

 

ダニエル7:7 その後わたしが夜の幻のうちに見た第四の獣は、

恐ろしい、ものすごい、非常に強いもので、大きな鉄の歯があり、

食らい、かつ、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。

これは、その前に出たすべての獣と違って、十の角を持っていた。

 

ローマ帝国皇帝達も、ギリシャ帝国同様、神の教え=トラーと

神の記念日を祝うことを、国の法律で禁じたのです。

ここで、はっきり気が付かないとならないのです。

神の教えと、神の記念日を塗り替えたのは、ダニエル書で預言されている帝国であり、それをヨハナンが話しているのです。

 

鉄の歯で食い荒らし、噛み砕き、人を破壊する。

それを恐れるのではなく、誰がこの世界を本当に支配しているのか

それを忘れないことです。

2世紀に登場した、ハドリアヌス皇帝、暴君としても知られるこの

人も神のトラーを実践することを、禁じたのです。

歴代の様々なローマ帝国皇帝は、神のトラーと記念日、モアデイムを

祝うことを、処刑、重税を持って禁じたのです。

 

ダニエル 7:23 彼はこう言った、『第四の獣は地上の第四の国で

ある。これはすべての国と異なって、全世界を併合し、

これを踏みつけ、かつ打ち砕く。

 7:24 十の角はこの国から起る十人の王である。その後にまたひとりの王が起る。彼は先の者と異なり、かつ、その三人の王を倒す。

7:25 彼は、いと高き者に敵して言葉を出し、かつ、いと高き者の聖徒を悩ます。彼はまた時とトラーとを変えようと望む。

聖徒はひと時と、ふた時と、半時の間、彼の手にわたされる。

7:26 しかし審判が行われ、彼の主権は奪われて、永遠に滅び絶やされ、

 7:27 国と主権と全天下の国々の権威とは、いと高き者の聖徒たる民に与えられる。彼らの国は永遠の国であって、諸国の者はみな彼らに仕え、かつ従う』。

 

ハドリアヌス皇帝は、ローマ帝国に対する2回目の大規模なユダヤ人

反乱であるバル・コクバの反乱(紀元132~135年)を冷酷に鎮圧した人です。

ユダヤ人に対して、神の教えを実践すること、神のシャバット、

祭りを祝うことを禁じ、エルサレムの跡地に異教の植民都市を建設する計画に端を発したこの壊滅的な衝突は、膨大な死傷者、大規模な

奴隷化、そしてユダヤ州(ユデア)の改名をしました。

ハドリアヌス帝はユダヤ人とその土地の結びつきを完全に断ち切るため、州名を「ユデア(Judaea)」から、イスラエルの敵の名

「シリア・パレスティナ(Syria Palaestina)」へと変更しました。これが、後世に続く「パレスチナ」という地名の由来となっています。

パレスチナという国が存在したことはない、パレスチナ人が所有した事実は、歴史の中で一度もありません!神が与えた約束の土地は、

神から直接所有権を与えられたイスラエルものだからです。

このような事実を塗る変える解説を、又してもM.テニー氏、新約聖書学者である人が、書物に書いていますが、注意深い研究をしない

学者は、人に正しくない情報を伝え続ける良い例なのです。

 

ヨハナンの黙示録を読んだ当時の人の目から見て、ローマ帝国は、

永遠不屈の勢力だと考えても無理のないことでしたが、

これらの獣〜帝国はその性質通りをやっているだけで、それを強調しているのではなく、そのような悪徳帝国の下にあり、いかに神の教えに根付き、神の約束を疑わずに生き延びるかの、サバイバルが中心

なのです。

ローマ帝国のようなモンスター、怪獣、獣を倒す力のある者は

一体誰?いう問いがあるのです。

それが、黙示録1:7に書かれているものなのです。

 

黙示録1:7 見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、

ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。

また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。

しかり、アァメン。

 

ダニエル7:13 わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、見よ、

人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。

 

これは、ダニエル 7:3、四つの大きな獣が海からあがってきた帝国が 書かれたこと、これらが天の裁きを受けることにシフトしているのと、並行しています。

永遠から永遠に存在する唯一の主権者が、最後裁きを行い、

神に敵対するものを全て退けて、一掃するのです。

 

彼は、雲に乗ってこられる。これは、様々に誤解されている解説が

施されている箇所でもあります。

日本人やアジア人なら孫悟空、スーパーモンキーを思い出すような

感じの箇所ですよね。雲に乗って、自由自在に飛び回る孫悟空。

これを、古代中近東の人が聞いて理解したことは、何だと思いますか?

カナン人の神、バアルです。バアルは、恐ろしい「嵐の神」なのです。そして、その神は、大地に雨を降らせるそれは多産、豊潤をもたらす神です。

そして、歴史的にバアルは、「雲に乗ってくる神」という名なのです。雲は、雨をもたらす、作物を実らせる源だから、雲なのです。

ヨハナンも、ダニエルも古代のカナン人の神の名、タイトルを

わざと盗んで語っているのです。

その名を取り上げて、カナン人の神バアルの権威を引っ剥がしている

宣言なのです。

これは、「論争的な発言」や「反論を恐れない攻撃的な主張」

なのです。

バアルは、人の全ての必要を供給する存在ではない!という宣言です。そして、カエザル皇帝も同じです。

この世界の全てを支え、雨を降らせ、全てのものを供給しているのは、「人の子」神である!

 

ここで、1世紀当時のユダヤ人の中にあった討論があるのです。

神はお一人だけです。人が神になるのか?という、聖書に書いてある意味を理解しない人には、人が神、冒涜となるのです。

パウロも、それが分からず、イエシュアが約束のメシアであることが

見えなかったのです。

人の子、雲に乗って来られる、イコール、この世界の全てを支え

供給する神として、礼拝される?これは、別のトピックなので

又書きます。

ローマ帝国という獣。人の子〜イエシュアがそれを裁くのです。

ゼカリヤ12章にもそれが書かれています。

ダニエル書は、バビロン捕囚の只中で書かれたものであり、

ゼカリヤは、捕囚の終わりに書かれたものです。

 

続く