神の造られた世界を変えること | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

神の教えは、ユダヤ人と異邦人には別だという主張。

それは、信号が、赤、緑、黄色と表示されているのを、人種により、別の色になる、その人が考える通りがその色になるという、多大なる矛盾を平気で真実と考えているのと同じです。

 

西洋宗教、そして異邦人には関係ないという主張をするメシアニックのあるグループも主張しますが、それらは神の教えを正しく理解していないのです。

聖書を読んで、どの部分に、異邦人には関係のない教えと書いて

ありますか?そんなこと書いてない。

 

パウロが言ったように、同じ神の家族、同じ天の共同相続人になった

とあるでしょう。パウロは、モーセの五書に記された神が伝える

事実から、話しているのです。

同じとは、別々という意味ではないのに、別々の分裂した家族、

ユダヤ人と異邦人とデイスペンセーション神学も置換神学も、

西洋宗教も唱えます。

イスラエルと、異邦人も同様に〜と、神が伝える事実が、ずっと

聖書には書いてあるのに、神の教えを学ばない場合、パウロが解説しているのは、100%モーセの五書のどの箇所を解説しているのかさえ、理解不能、不明のままになっているのです。

パウロがトラーとは、別もの、トラーを破棄した別の新しい教えを

書いていると勘違いしているのです。

 

第一、聖書には、異邦人に直接宛てて書かれていないことを

知っていますか?

それは、代表者=イスラエルに対して、語っているからです。

だから、聞け!イスラエルと書いてあるのです。

異邦人は聞かなくて良いではなくて、イスラエルに語られた言葉を

異邦人にも同じだから、異邦人も同じ神の教えを聞いて生きよ!

と書いてあるのが、聖書なのです。

大家族の代表者〜イスラエルなのです。

 

イスラエルの神の家の代表者、長男〜ヤコブの子孫12人の子孫

イスラエル〜長男を選び出し、その代表者に宛てたものだからです。

そして、同じ大家族の弟、妹、〜世界の民族〜神が言われた通り

全世界は神の所有だから!と言われたその人達へ、長男が神が教えた

通りの生き方を伝える役割を与えたのです。

異邦人は、西洋宗教=神の教えを捨てよと教えた、人間が4世紀に

作った混ぜ物宗教の教えを教えてはならないのです。!

 

異邦人〜同じ大家族の弟でも、妹でも、同じように兄が聞いて学んだ事を学び、同じように父の教えを全世界へ伝える、それがイエシュアを通して父の元に戻り、同じイスラエルの大家族の一員として加えられた全ての人の役割、責任なのです。

 

神の教えが、人種により変化する事はありません。

聖書を読めば分かりますが、大家族が生きる、そしてそれは

イスラエルという国家の憲法〜神の国の憲法でもあるので、

その中には、細かい詳細が書かれているのです。

 

父、母、夫婦、そして兄、大祭司や祭司に関しての教え、使用人や

その他、諸々の立場の人に対して。

神殿に入る上での教えは、今は神殿がないから適用できませんが、

それら神の教える全ては、イエシュア、神の国、神ご自身が聖なる

お方である様々な教えを教えているものです。

祭司が、神殿の勤務に入る時には、飲酒はできないとあります。

勤務は、週割りで計画されて、決められています。

勤務表があるのです。それ以外の時は、飲酒はOkです。

そして、女性関して、男性に関して、その他諸々ありとあらゆる人に

対しての教えが書いてあるのです。

 

割礼は、男性しか出来ないものですが、「割礼」の意味は、境界線が

敷かれたこと〜それは全て信じる人に共通の教え、真理を教えているのです。聖別された人。この世と境界線を敷かれ、神の上に分たれた人、聖別された人、天に喜び溢れる姿で直結する人、様々な教えが

割礼の中で教えられているのです。

割礼は、信仰義認の印でもあります。神のされた業を受け取った人。

神が神の民とされたことを、永遠に取り消さない印でもあるのです。

 

大家族、コミュニテイ、国家、天の神の国が地上でそっくりそのまま

のデザイン通りで機能、生きる詳細が書かれているのが、

モーセの五書=神の国、神の家に住まう神の民の生き方が書かれて

いるものなのです。

それらは、人間が、自由自在に判定し、これ、あれ、その教えは

異邦人には関係ありません!と、人が言えるようなものではないという、理解が完全に欠落、欠如しているのが、西洋宗教の教え。

神の言葉が何かを理解していない、神に対する畏敬の念がない。

勝手すぎるのです。人間主体だからです。それは意図的に神の

教え=トラーを捨てて作った宗教だからという事実に目覚めれば良いのです。

大家族の父に対して、子供が父の教えを無視すること、その態度と

同じことをしているのです。違反行為をする子供。親に逆らうことを

平気で言い、やる子供。

エデンから出て、未来エデンの生き方に戻る。

それは、西洋宗教が語る分裂思想ではないのです。

なぜですか?神は、1つ、一体、エハッドに全ての神の子らを

集めて、元通りの1つの大家族が、1つ神の中、神の同じ家の家訓を

生きて、神が創造されたイエシュアの業を表す神の記念日、

シャバット、新月、祭りを祝う事に戻ると預言されているからです。

 

未来、イエシュアが戻られたら、ユダヤ人だけ、シャバットや祭りを祝い、クリスチャンは、日曜礼拝、イースター、クリスマスを

祝うと、聖書に書いてもないことを、信じていますか?

未来、ローマが神の教えと、神の記念日を塗り替えた、それらのものは全て消滅することが、預言されています。

全世界が、神を知ること、トラーで覆われる日が来ると預言されているからです。それがエレミヤ31:31の預言なのです。

 

1つに戻る〜1つ神、1つ大家族は、1つ同じ神の家の家訓を生きて、神が創造された記念日を皆で祝う日が来る。

これが、修復です。分かると思いますが、人間関係、みな破壊、分裂です。家族間の間でも、問題がない人などいないと思います。

分裂した家族は、バラバラな生き方をするでしょう。

これを、今しているのです。4万3千というプロテスタントの宗教の宗派。神の教えを神の記念日を否定する人たちは、ジーザスを知っているのに、神の言葉を否定する。

こんな矛盾は未来になくなるのです。

ある家族は、仲良く団結一致して生きている人もいますが、

多くの人は、誤解、すれ違い、行き違いで、話しない、口も聞かない

折り合いが悪い、こんなの普通にあるでしょう。

 

修復、それは、元の性質、デザインが一体、エハッドとして人は

造られたからです。パウロの書簡にも、「主に在って、1つ」と

何度も、何度も書いてあるのは、それはモーセの五書に記された

神が創造された人の生き方を解説しているからです。

 

主に在ってとは、神の中=神の中に生きるよう人は造られた。

神の中に、最初園が設けられた。その性質は神の性質=エデン=

歓喜、喜びそのもの、それが神の性質だからです。

神には、かげりがないからです。

エデン=喜びの状態は、分裂が侵入している場所には、存在できません。それは、自分の経験でも分かるはずです。

神が教えていることは、命の源に直結して生きることです。

 

空想で読み込み、考える。元の意味が何であるか、全く分からない

というのが、聖書の中にはたくさんあります。

クリスチャンが普通に使う、「祝福」という言葉の意味を知っていますか?

ヘブライ語では、聖書に書いてある意味はどういう意味ですか?

 

これは、ご利益、良いことを自分が受けるという、そのような意味とは少し違います。

聖書に書かれた言葉は、最初に出てくる意味、その後はずっと同じ

意味で使われています。このことからも、西洋宗教が語る、神の言葉が変化したという仮説は偽物であることが、証明されます。

とにかく、人が編み出した思想で、聖書を解説することをやめる必要があります。

祝福という言葉が最初に登場したのは、神が動物を創造された後です。其れ迄は、全てトウヴ〜神の意図どおり、良かったと書いてあるだけです。

創世記1:22 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。

三文字で書かれる言葉、ブレハ ברךという言葉です。
そして、生めよ、ふえよという神の言葉があります。
これと同じことが、次に出て来ます。
アダムとハヴァに言われた言葉です。
 
創世記1:28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、
地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」
 
このブラハ〜祝福という言葉は、生めよ、増えよ、地に満ちよと
いう神の命じられたことに繋がることなのです。
 
この言葉は現代ヘブライ語ではプールを表す言葉でもあり、
そして、古代では、水源を表す言葉です。
その水源は、溢れ出てその街、地域場所全体を潤す水を溢れ出させる
ものなのです。
 
神の創造のデザイン通りの生物が地を満たし、そして、神の性質
通りの人が地に満ちること。
それを、生み出す、作り出せということです。
 
神が命の源であり、神の直結して、神の命の源、命を生み出す源
人となれ!ということです。
詰まり、人の中から命が溢れ出す、それが神と直結して生きる人の
性質。神の性質どおりを生み出し、世界へ溢れ出させる、それが
祝福の意味なのです。
 
もう一つ、同じ語源でバルフは、膝、膝をかがめるという意味があります。
神の前に膝をかがめ、神を祝福する、そして神ご自身も私たちの前に
ひざをかがめて、私たちを祝福してくださるのです。
イエシュアそのものです。命を私達に与えてくださったからです。
神であるお方が、人に膝をかがめ、低くなり命を投げ出してくださった。
それは、神の性質、命の源=神に直結して生きる幸いを与えて
下さった、これ以上のものはないからです。
自分自身が、神の命を生み出す源となる。
それが、世界へ溢れ出すということです。
それには、神が伝えているイエシュア=神の性質どおりを生きる。
それが、神の教え=トラーに記されているものなのです。
 
神が創造された世界は、究極の美そのものでした。
エデンの園。涼しい風、太陽とそして植物と、鳥の声、水のせせらぎ。自然の中に入ると癒されるのは、神の創造されたものの中に
入るからです。
それを、人が破壊し続けているのです。
神が言われた通り、神の創造された世界を治めず、自分の利益のために、なんでもする。自然破壊も、人間関係の破壊も、そして神の命を
生み出すこととは、真逆のLGBTQ。
このLGBTQの最大のフェステイバルがイスラエルの死海、ソドムと
ゴモラの場所で開催されてしまうのです。
テルアビブは、LGBTQの巣です。神の聖別された国、場所を汚す
人たち。皆が祈っているのです。
 
残念ながら、ユダヤ人と言えど、神の教えを生きることに無関心な
人は、大勢いるのです。契約を破り、神の性質を生きない。
そういう人ばかりではありませんから、誤解してはならないのですが
契約の民でありながら、神の契約を破る生き方をする代償は図知れないのです。
The Lionという記事に載っていたものです。
 
<イスラエル、死海でプライド・フェスティバルを開催へ — 悪名高き「ソドムとゴモラ」の近くで>
 

イスラエルは今年6月、数日間にわたるLGBTQフェスティバルを開催する。主要な観光地でありキリスト教の巡礼地でもある死海を「

プライド・ランド(Pride Land)」に変貌させると宣言しているが、

これに対し保守派から批判の声が上がっている。

イスラエルの公式X(旧Twitter)アカウントは投稿で、

「地球上で最も低い場所で、プライドが立ち上がる」と表明。

「今年6月、死海は中東最大のLGBTQ+フェスティバル『プライド・ランド』へと生まれ変わります。ノンストップで繰り広げられる祝福コミュニティ、そしてつながりの4日間です」とした。

エルサレム・ポスト紙によると、このフェスティバルでは6月1日から4日までの間、24時間体制で「ファミリー向け」のイベントや

パフォーマンス、アクティビティが行われる予定だという。イベントの主任プロデューサー兼発起人であるアーロン・コーエン氏によると、主催者側はすでに15のホテルを予約し、準備に数百万ドルを投じている。

この発表が行われた後、SNS上では保守派が猛反発した。

著名な保守派コメンテーターのマット・ウォルシュ氏は、

この発表を「邪悪で胸がムカムカする」と非難した。

「中絶を廃止する財団(Foundation to Abolish Abortion)」の会長であるブラッドリー・ピアース氏は、この発表に対してレビ記18章22節を引用し、「あなたは女と寝るように男と寝てはならない。

それは忌むべきことである」と述べた。

また、同氏は「そうだ、この投稿は現実だ。彼らは本当に、神が火と硫黄でソドムを滅ぼしたその場所で、男色を祝福しているのだ。

神は侮られるような方ではない」とも語った。

オハイオ州ヤングスタウンの正教会の司祭、マイケル・リリー神父は「なぜここなのか?彼らは神を嘲っている」と投稿した。

エルサレム・ポスト紙によると、この塩湖のリゾート地(死海)での開催は、典型的な開催地であるテルアビブ以外にもプライド・

セレブレーションを拡大することを目的としており、主催者側は死海が「LGBT観光客の恒久的な目的地」となることを期待していると

いう。テルアビブでは30年以上にわたり、専用のパレードを伴う

プライド・ウィークが開催されている。

 

聖地が汚されている