旧約聖書、新約聖書という邪魔で不適切なタイトルを付けられた
聖書を、1つの聖書として、神が語る事実通りに正しく見直して下さい。
クリスチャンの世界で語られる聖書観は、聖書を完全に歪め、
エハッド〜1つ以上で全く1つの性質である神、神の言葉を、
人間が勝手に分断、分解、破棄しているのです。
そのような異端思想の方こそ、完全に破棄しない限り、神の言葉に
対する間違った教理は、語られ続けてしまうのです。
真実〜神が語る言葉、事実だけに戻る!
申命記30:10 これはあなたが、あなたの神、主の声に聞きしたがい、
このトラー(モーセの五書)の書にしるされた戒めと定めとを守り、心をつくし、精神をつくしてあなたの神、主に帰するからである。
<神のトラーが廃れた!終了!関係ないのだ!これ、蛇の声であると
神の言葉から気が付かないとならないのです。>
申命記30:11 わたしが、きょう、あなたに命じるこの戒めは、
むずかしいものではなく、また遠いものでもない。
<神の教え、トラーは厳しい、難しい、束縛、律法!という異邦人が主張し続けている、神が言われる事、神はむずかしくない!と
伝えている事実を、人間がひるがえしている大嘘を、信じた最初か
刷り込まれている不幸。そして、神の教えを律法と呼び、毛嫌いする
神の言葉の価値を、それ以下に見るような意識に仕向けられているのです。神は、神の仰せ=トラーを何と紹介していますか?
難しくない、人が生きるに遠い物ではない。そして、神のトラーは
完全!と神が人に教えているのです。
遠い〜とは、自分の性質からかけ離れ生き方ではない!と言って
いるのです。次にそれが解説されています。>
30:12 これは天にあるのではないから、『だれがわれわれのために
天に上り、それをわれわれのところへ持ってきて、われわれに聞かせ、行わせるであろうか』と言うに及ばない。
30:13 またこれは海のかなたにあるのではないから、
『だれがわれわれのために海を渡って行き、それをわれわれのところへ携えてきて、われわれに聞かせ、行わせるであろうか』と言うに
及ばない。
30:14 この言葉はあなたに、はなはだ近くあってあなたの口にあり、またあなたの心にあるから、あなたはこれを行うことができる。
翻訳では見えせんが、近くという言葉は、生贄と訳されている
「コルバン」と同じ語根です。
腹の中〜これ以上の近さはない。詰まり、神の言葉で造られた、
神の性質通り、それが神のトラーに記されているから、
あなたの性質そのものだから、腹の中DNAに搭載されたあなたの
本当の性質通りであるから、それを行う、生きることができる!
と神が言っているのです。人ではない。
西洋宗教は、神の言われる言葉、教えとは真逆な解説ばかりをして、
神の言葉を、悪者に仕立て上げて、曲げて、歪め続けて来ました。
本当に、神が警告する罪そのものの教えを、堂々と巷に流出させ
平気で神に敵対する行為をする。
神に対して聖別を汚し、罪を平気で、日々知らないまま犯すことを
している。罪が何か、神の教えを捨てる人には、罪が何か分かるわけなどないからです。絶対的基準=神の言葉を捨てているからです。
罪、イコール犯罪ではありません。神に造られた性質に反する生き方をすること!エデンの園の警告と同じ。
あなたは、〜〜〜するように造られていて、〜〜〜〜するようには
造られていない。神に属する人は、偶像=人間の教えに仕え、
偶像を通して、神には近づけない!ということを、はっきり聖書から
理解しないとならないのです。
その為に、神の言葉、教えを学ぶはずの神の民が、西洋人がやって
来たことは西洋人が作った宗教の教え、記念日、宗教活動の実践、
西洋人が作った宗教の教え、神学、教理を学び、純粋な神の言葉を
学んで来なかった。
よって、一般の人も、イエシュアが教えた通りの父の言葉=モーセの五書=トラー、契約に根付く生き方を教えられてもいない、
聞いてもいない、実践もしてこなかったという結末なのです。
申命記30:15 見よ、わたしは、きょう、命とさいわい、
および死と災をあなたの前に置いた。
30:16 すなわちわたしは、きょう、あなたにあなたの神、主を愛し、その道に歩み、その戒めと定めと、おきてとを守ることを命じる。
それに従うならば、あなたは生きながらえ、その数は多くなるであろう。またあなたの神、主はあなたが行って取る地であなたを祝福されるであろう。
命とさいわいは、何と神が言われていますか?神のトラーに根付き
生きる事!右へも左へもそれない。
死=神の伝える言葉、教えではない別物を選んで生きる事!
クリアーに記されているのです。
神の言葉は、西洋宗教が曲げて伝えているような、変化するものなどではありません。それならば、イエシュアが教えた教えは、
西洋人が語るものとは違います。なぜなら、イエシュアは100%
父の教え=トラーを教え、生きたからです。
イエシュアが昇天したから、神の言葉=律法は成就して終了と
解説されていますが、基本的な知識がない、無学な神学を語る人たちの教えなのです。
成就とは、「固く立つ」というイザヤ書の言葉と同じです。
イザヤ40:8
草は枯れ、花はしぼむが わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。
クリスチャンもこの箇所をよく引用すると思います。
神の言葉がとこしえ〜オラーム=永遠に、固く立つ=クムと
書いてあるのです。
それなのに、どうして、神の言葉が十字架で処分されたとか、終了!
などと、相容れない矛盾思想を平気で信じられるのですか?
詰まり、キリストが来られて、完全なる神の言葉、教えを終了させた!と教えられているからです。
おかしい、変と、聖書に基づき、その事実だけを考える人には、
嘘=人に思想=ローマ教の思想を通して解説する聖書解説が、
偽物!と気がつけます。
イエシュアが言われた、「成就、破棄」この言葉だけでも、
分かるはずです。破棄するために来たのではない!と言って、
同時に成就〜終了!という、意味不明な解説を、考えもせずに
聞き入っているのです。
イエシュアが語られた、使った、「成就、破棄」という言葉は、
当時の人の間で使われた言葉です。
ラビが、トラーを語り、教える時、成就〜神の言葉を意図通りに
解説し、生きていること。破棄〜神の言葉を、神の意図ではない
ズレた解説、生き方をしているという時に使う、慣用句なのです。
それなのに、クリスチャンは、その言葉の意味さえ理解しない聖書
教師に、違う解説をされて、成就〜終了!と言い続けていることも
知らないままだと思います。
言葉を読んでも、変だと気がつけないほど、偽物の教えに洗脳されて
いるのです。
神は、神の教え、言葉=神ご自身=聖霊=イエシュアである言葉を
自ら、否定、変える、訂正する、終了するようなことはしません!
そのような神は、イスラエルの神ではなく、異教徒上がりの
ローマ帝国皇帝、司教、西洋教父の頭脳にある、歪んだ空想の
イスラエルの神像であることを、聖書から発見しないとならないのです。変化する神〜デイスペンセーション神学のような、聖書とは
異なる思想が浸透したから、今や砂の上に建てた建物が、イエシュアが言われた通りに、ボロボロ崩壊しているのです。
西洋宗教の教えは、神が伝えたことに反する生き方を教えます。
道=トラーに記された通り、光=神の言葉に根付き生きて
神のトラーに記された戒め、定め、おきてをガードして生きない
神の教えを廃れた!終了という偽情報を拡散させ続け、神の教えと
神のモアデイムを捨てる違反行為、罪、聖別を汚す生き方を教え。
代わりにローマ帝国皇帝、教皇が作った別物=混ぜ物の偶像を
通して、イスラエルの神に近づくような違反行為を教えてしまった
のです。厳しく聞こえるようですが、それが事実、現実であり、
神の言葉を堂々と曲げる宗教の声が大きく、それは違う!と神が
言われた言葉を、人間が退けているだけです。
このような違反行為、罪に聖書から気が付く異邦人は世界中に
今続出しているのです。
聖霊=神の言葉を記されたお方が、聖霊が記された永遠普遍の言葉の真実に、人の目を聖霊が開くからです。
神の言葉を捨てる人には、神が伝える永遠普遍の真実は正しく伝わりません。神の言葉を廃れたと考える場合、聖書など、適当に好きな
箇所だけ読むような読み方しかしないからです。
永遠普遍の神の言葉と、神の口から言われることを人間が平気で曲げる罪、冒涜をしても、無感覚なのです。
神の言葉に敵対する、イコール、イエシュアに対して敵対している
ことに、気が付かない。それが蛇のやり方、作戦なのです。
騙しです。神の言葉の真実を知るその代わりに、十字架で律法が
破棄された、処刑された!という聖書に書いてもない嘘で騙されている。
聖書に書かれていることを正しく学ばない無知=代わりに
デイスペンセーション神学や置換神学のような、聖書を正しく学ばない、理解しない人たちが編み出した思想を買って、神の言葉を人の
思想を通して解説する違反をし続けているのです。
ヘブライ聖書を知らないダービーというアイルランド人が作った
神の言葉を歪めた思想〜神学を信奉する。オリジナル聖書を知らない人に聞いても、何を教えられるのか、不明です。
聖書、神の言葉の真実を理解しない、知らない人に聞いても、
神が伝える永遠普遍の真実は分からない。
パウロのような教師に聞かないとならない。
普通の生活の中でも、よく知らない教師など、頼りにしないでしょう。これ、普通に皆やっているではないですか。
それなのに、信仰、聖書に関しては、教師が選べなかったのです。
人間の思想を通して、神の言葉の方を曲げ続ける、異端思想を
刷り込まれた結果、聖書ではないこと、聖書に書いてある通りに読めないことをしているのです。
試しに、今聖書に書いてある事を読み、シャバット=安息日を覚え、聖なる日としてガードせよ!という言葉を読んでも、安息日=日曜日と、聖書に書いてある意味とは異なる読み方に、変えるでしょう。
その読み方は、2通りあると思います。
1)安息日、それは古い教えで、ユダヤ人だけのもの。
2)クリスチャンは、今は日曜日が主の日、聖日。
そのような、聖書に書いてもないことに変換して読み続けているから、神の言葉が正しく伝わらないままになって、偽物が伝えられ続けてしまっているのです。
シャバットだけを強調するグループがありますが、
それも神のエハッド、シャロームの創造のデザインとは違うのです。
全部丸ごと!神が造られた聖別された時、モアデイムを、未来は
皆が祝うことに戻るとある通り、全部を通して、イエシュアの
業を表しているモアデイムだからです。
未来イエシュアが戻られたら、偽の教え〜西洋宗教、ローマが作った思想、聖書では無い教えは全て消え、ローマが作った記念日は誰も祝わなくなるのです。それらは、偶像=人の作り物であり、イエシュアに属さない異物だからです。
偽物の教えは、その小さい種=人間の教え=聖書とは違う教えの
全てを全部一掃、破棄しないとなりません。
偽物の教えの種は、必ず、偽物を生えさせ続け、畑を毒麦でうめつくしてしまうことになるからです。
間違った行動はしてはならないのです。クリスチャンが、信じない人の頭を聖書で叩いても無駄と言いますが、その通り、聞く耳が無い人にどんな事実を語っても無駄ですから、語る相手を識別する知恵は
必要です。本当のことを知りたいと考えている人は、態度で分かりますし、向こうから色々聞いて来ます。
ただ批判した人とは、会話しても無駄であり、エネルギーが削がれ
シャローム、関係が壊れますから、極力避けないとなりません。
安全な場所で、本当に探究している人に、聖書の事実からだけ
お互いが、聖書だけに基づき話せば、聖霊は、聖霊=神が書かれた言葉の事実から、真実を、明らかにして下さいます。
安息日=日曜日と、書いてもないことを、信じられる方が不思議!
なのです。変わらない!と神が言われているのに、神が変わる!
神の性質、言葉、贖いの方法が時代ごとに違う!と信じられるその方が不思議。すごい洗脳、騙しであることに、神の言葉=聖書から
気がつけます。証拠があるのです。神の口から宣言された言葉が
そのまま書いてあるからです。それを捨てよ!というのが蛇
その声を復唱しているのが、ローマ帝国、反キリスト=神のトラーと
神の時=モアデイムを変えたでしょう!それです。嘘。半分嘘
半分聖書の事実を語るから、見分けられないだけです。
シャバットをガードする、イコール、神の創造された全てのモアデイムを、神の民〜父の元に戻った人は、もれなくイスラエルと同じようにガードして生きる!と、神の教え=トラーで解説しているのです。
私達が地上に反映させるのは、イエシュアであり、ローマ教の教えや
記念日ではありません!それらは、イエシュアではない。
イスラエルの神の栄光が別物に変えられた偽物の影を移し出す行為
です。
神の言葉は永遠に廃らない、変わらない、神は永遠に変わらないと
書いてあっても、歴史の途中で変化するという、ダービー教の思想で
書いてもない意味に読み替えていることに、其の嘘にはっきり
目覚めれば良いのです。
神が伝えた通り、神の仰せを生きるのは、むずかしくない、そう神の
口から直接伝えているにの、ジーザスを愛する人が、神の聖別を汚す行為、生き方を知らないまま、それが正義!と生きている、これこそが騙しそのものなのです。
クリスチャンは、神の言葉を律法という誤訳の思想を刷り込まれ
それらは、負担、重荷、一時的な仮の教えなどと、勘違いした教えを
刷り込まれているのです。
聖書を読んでも、神が伝えることが通じないまま、20世紀以上も
来てしまったのです。
気がつけば、神の言葉、神が言割れる通り、神の仰せを生きることに
戻ることをするはずだからです。