聖書ではない、聖書解説が施されている内容の続きです。
<旧約時代に御霊は特定の人にしか注がれていませんでした。>
一体何を言っているのでしょうか?これは、聖書の事実などではありません!!!聖書に登場するのは、特定の人が選び出されて書かれているから、特定の人しか聖霊が内側に住まわないなどと、勘違いしているのです。
過去に存在した残りの民全員のことなど、聖書には書かれていないでしょう。
それ以前に、イエシュアが2000年前に地上に来られるまで、
生贄で仮の許しが与えられ、特別の人しか義とされず、聖霊は
普通の人には住まわないと教えていますが、聖書には違うことが
書かれています。
永遠の中に、神の中に、園が設けられていた。
創世記2;8
永遠の中に既に屠られた子羊と黙示録13;8にも書かれているのは、創世記の最初から書かれた事実を解説しているからです。
聖霊を受けた人。神の言葉を聞いて、信仰により受け取り、
義とされた人です。
聖書に書いてあるでしょう。
残りの民は、永遠の中に、この世の礎が創造される以前に、神により
既に選び取られている事実が書いてあります。
その全ての人、一人一人に関して、聖書には記されていないという
そんな簡単な事が、どうして、理解できないのか?
それは、聖書を、人の思想、自分の空想、思想で読み込んでいるからです。
特定の人?誰ですか?祭司?王?聖書に根拠、証拠、
事実のない、人の空想、作り話を根拠に解説するズレた聖書解説を
やめないとならないのですが、聖書を教える教師、牧師が気が付かないまま、このように、聖書を人間の教えで、曲げて、歪めて解説しているのです。
聖書ではない歪んだ思想を解説するのを、誰も止められません。
ズレた聖書解説を聞いている人は、それが聖書と思い込む。
でも、聖書の事実に基づき、自分で考えれば良いのです。
思い込みや、自分の考えではなく、何が書かれているかを、正しく
把握すれば良いのです。
聖書に、自分の名も書いてないでしょう。だから、神と自分は関係ない?存在しない?そんなわけ、ないのです。
ユダヤ人、イスラエルと書いてあるから、日本人は関係ない?
血筋なんて関係ないのです。ユダヤ人という代表、イスラエルという
国家を選び出し、その大家族に、全てイエシュアを通して父の元に
戻った人は、同じ天の大家族のメンバーとして加えられる!と書いてあるからです。
その大家族は、ローマ教の教えなど実践しません!
神の民は、どう生きるのか、生活全てに関して、神が教えているのに、それを無視したのがローマ教、異教徒上がりの反ユダヤ思想、
反トラー思想の異邦人です。
だから、神の前に何が罪で、何が聖別を汚す行為なのかも、
全く理解していないのです。イエシュア、聖霊が内側に住みながら
神が最も禁じていることを、日々する。
神のシャバットを汚し、ローマ教の日曜礼拝を尊重しているでしょう。
新月、過越、仮庵の祭りなども何なのか教えられない不幸。
その代わりに、ローマ教の異教神の祭りを教えられる。
クリスマス、イースター。違うでしょう。聖書ではない。
イエシュアが教えた、教えやモアデイムではない!
聖書に書いてもない、別物です。人間が編み出した偶像、金の子牛。
神は今は何でも、人間の考えで変えて良い!それは、脳内ジーザスであり、聖書が警告する偽の教えです。
聖書にそんなこと書いてない。いつでもシャバット?それなら
労働日はなくなり、聖別の定義も消えます。
何でも食べ良い?それは悪食、異教徒と同じ汚れた生き方をし、
イエシュアの実態を地上で反映しない、罪、聖別を汚し、神の教えに逆らうことを
実行する偽物の影を映し出していることに気がついたら良いのです。
本当に神の伝える教えが分かれば、神に逆らうことなど、したいなどと思うわけがありません。分からないから、嘘を教えられているから、
神の言葉が廃れた!という大嘘を信じ込まされているから、
何でもやりたい放題。人間の考えで、神の教えを捨て、神の記念日
呼出日ではない日を、主の日、聖日と言い換え、偽証していることにも、気がつけないのです。
それらは、ローマ教の伝える聖日、人間が聖別した日であり
神が聖別された日ではありません。
こんな簡単な事実が、聖書から識別、理解できないほど、
神の教えから、異邦人は遠く遠く離れた、偽物の教えを刷り込まれている!ということなのです。
神が伝える天の聖なる民、神の家の家訓、トラーを生きる!と教えているのに、西洋宗教の教えが、それを妨害し続けているのです。
人に本当のことを、教えない、みせない蛇がいるからです。
サタン!嘘つき、神の言葉を潰したでしょう。エデンの園から
同じ作戦!
聖書には、特定の人、場所、事件を神が選び出して、聖霊により
預言者に記述させていることを、知って下さい。
聖書を正しく理解しない教師に学んでしまうから、聖書ではない歪んだ思想を刷り込まれてしまうのです。
これら上記は、キリスト教が教える思想で、神学校でこのように
教えてしまう。悲劇です。
エペソ1:4 みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
聖書に記されていない人、異邦人さえ、同じように神の方から
アプローチし、贖い、救い出した人は、存在しています。
その人達は、永遠の中に神がこの世の礎を創造される以前から
選び出した人達、残りの民がいるのです。
人間の理解を遥かに超えたことを、神は人に伝えています。
イエシュアが来られる以前の人で、神の言葉を直接聞かない人も
神が創造された世界を見れば、創造主がいると分かる!と
パウロが解説している通りです。
そして、個人個人に、神はアプローチできるのです。
以前書いたように、インドに住むヒンズー教の夫婦、父は聖書の教えなど100%拒否!家の周り100メートル以内にも近づくな!というその父の奥さん、詰まり友人の母が、33歳の時子供七人いながらその若さで肺と心臓両方ダメになり、死の床に伏していた時、
イエシュアがその病床の母に直接現れたのです。
すごいですね。イエシュアが誰かも知らないのですよ!
そして、イエシュアが刺された手を見せて、説明したそうです。
あなたを癒す神と。そして、病気が癒され、イエシュアが聖書に
書かれたメシアであり、トラーに記された方であることを、
直接イエシュアがそのお母さんに語った体験をしたことを話してくれました。
その後、そのお母さんは、そのメシア、イエシュアがトラーに書かれたメシアであることを、聖書から発見し、キリスト教やカトリックの教えではなく、ダイレクトに神の教え=トラーを知り、世界へ伝える人になり、今に至るまで病知らずで元気でご健在だそうです。
インド人ですよ!異邦人。しかも、何も知らなかった。聖書も、
ジーザスも何も知らなかった人。
その友人は、今ユダヤ人と婚姻して、エルサレムに住んでいます。
神はどんな人にも、直接アプローチできる、時空に制限されない
お方だからです。
この解説、間違いそのものです。考えてみたら分かるでしょう。
今の時代、全ての人に聖霊が内側に住んでいますか?
いませんよね。聖霊が内側に住む人は、どんなことをした人ですか?
神の言葉を信じた。イエシュアと出会った。神と出会った人が、
永遠の中に屠られた子羊の代価を受け取り、新しくされた。
そこまで詳しく理解していなくても、神が本当だ!と分かる体験を
する瞬間があります。それは、それぞれにプロセスがありますから
違うので、同じではありません。
聖霊が住まう事実、イエシュアの贖いの代価を受け取ることは、
時代、人種、血筋に関係ありません!
<今やキリストを心から信じるすべての人に与えられています。
預言者でも祭司でもなかったとしても、すでに同じ御霊が注がれています。ゆるしも与えられています。
罪を許されるために、その都度動物を捧げないとゆるされないのではなく、キリストの一度の犠牲によってもうゆるされてるのです。>
このような解説をしている時点で、本当に聖書に書かれていることを知らない人が語る思想だと、気がついて下さい。
聖霊は、エデンの園から、アダムとハヴァにも与えられていたのです。
そして、動物は人の罪を消さない!と教えているでしょう。
コルバンは、人の罪を許すための、イエシュアが来られるまでの
一時的措置などではありません!
イエシュアの到来、前後で、神の教え、神の性質、神の贖いの方法、
が変わる!という神の進化論仮説、神話を捨てて下さい。
永遠から永遠に同じだからです。
目に見えない天の現実を、地で表す。それが、イエシュア=生ける
トラーが肉体を取って地上に来られた事実で表されているのです。
詰まり、レビ記を読む、聖書を読む前提が、最初からずれているのです。どうして?神の言葉、トラーではなく、西洋人が作った宗教の教え、神学を通して、翻訳聖書だけを読んでいるから、ヘブライ聖書に
書いてある事実が見えないまま、人間の思想を通した聖書解説ばかりしてしまうのです。
そして、預言者、祭司だけが、聖霊を内側に受けていた?
そんなこと、どこに書いてありますか?
信じる人の内側に、聖霊は住まわれるのです。
それを、ミシュカンを通して教えているのに、全く見えていないのです。ミシュカン、シャハン〜神の栄光、臨在が人の間、中に住まう事実を、肉眼で見える、声が聞こえる、五感を通して体験できる場所
それが、神の家なのです。
ノアは、アヴラハムは祭司でしたか?違います。
ただの異邦人、名もない普通の人。アヴラハムなど、現在のイラク、
メソポタミアの異教の神々を崇拝する両親の家で育った人です。
ユダの息子の嫁のタマルも、モーセの妻も、ルツも皆異邦人でしょう。
神は血筋ではなく、神が選び出した残りの民、ユダヤ人に託した
ご自分の契約書=トラーに忠実に生きる人を、聖別された人として
いるのです。
義とされた事実に、義のレベルの違い〜仮免やら、人種、時代に
よる違いなどありません。
もし、ローマ帝国が4世紀に神の言葉、教えを否定した思想を土台とした宗教の教えなど作らなかったら、もし、イエシュアが教えた通りのトラーを、ユダヤ人教師達とその群れにつながり教えられていたら?
その場合、今のような西洋宗教の教え、神学、実践や、記念日などなかったのです。
クリスチャンは完全に聖書を勘違い、誤解しているでしょう。
イエシュアが昇天されたから、新しい教え、新しい記念日が祝われるようになったと信じていることが、聖書ではないずれた思考回路で
聖書を歪めて読んでいる証拠です。聖書を読んでください。
そんなこと、どこに書かれていますか?1世紀のイエシュア信者は
皆トラーを熱心に学び、追求し、シャバット、新月、祭りを祝った
ことしか書いてありません。
使徒21:20 一同はこれを聞いて神をほめたたえ、そして彼に言った、「兄弟よ、ご承知のように、ユダヤ人の中で信者になった者が、
日曜礼拝に切り替え、シャバットは廃れたと主張し、教え、
変わりにローマ教の教えを教え、クリスマス、イースターを祝った
こと、聖書のどこに書かれていますか?
使徒20、ローマ14、コロサイ2、1コリント16に日曜礼拝していることが書かれているなどと間違った解説をしている箇所は、完全に聖書を歪めた読み込みしていますが、そんなことは、1つもその箇所には書かれてなどいません!
聖書に書いてもない空想を土台に読み込みする事を一切、やめないとならないのです。完全なる作り話、空想話そのものだからです。
イエシュアがされた、聖書に書いてある人々が行った通り、
トラーを生きて、神のモアデイム、シャバット、新月、祭りを皆が
祝っていたはずです。未来イエシュアが再臨されたら、それが、
完全に戻ります!!!人の考えで、神の教え、記念日を自由に変えて良い?これこそが異端思想そのものです。
パウロが諸外国に教えに行った群れは、ユダヤ人中心の群れであることを知って下さい。
異邦人などが中心ではないのです。
そして、黙示録にある、7つのカハール(エクレシア)も異邦人の
群れなどではありません!ユダヤ人の群れです。
黙示録の解説は、トラーを正しく理解する人が解説するものと、
キリスト教の解説とでは、全く違うものです。
詰まり、人間の宗教の思想、神の教え、神の性質、神の業の
進化論仮説である、デイスペンセーション神学を通して、聖書解説を学ぶ人には、聖書に書いてある通りが、人の思想で歪められ、
変えられ、聖書ではない聖書解説を信じ込む落とし穴に落ちるのは、否めないことが、オリジナルに戻れば、見えます。