ペサフ 神の創造された祭り イエシュアの遺言を忘れない | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

世界中にいるイスラエルの仲間達に属するそのグループや、

個人のメッセージ、挨拶がどんどん送らて来ます。

世界中に散って住んでいる、異邦人、ユダヤ人がいる。

その人達と、イスラエルに住むユダヤ人の兄弟姉妹、皆兄弟姉妹

1つ家族として、繋がれているのです。

神を愛して、神の教え=トラーを愛して生きる仲間、それぞれの国からのメッセージを見ています。

 

同じ教師に教えられた人達は、以前はキリスト教、カトリックの教えを聞いていた人です。それが異邦人の世界に伝えられた宗教の教えだからです。

異邦人で、イエシュアやパウロが教えた通りのトラーを教えられ、

契約に根付く聖別された生き方を最初から教えられ、シャバット

過越、新月、シャブオート、仮庵の祭りを代々祝っているなんて

そんな人いないはずです。

 

ユダヤ人との違いは、ユダヤ人は血筋から、文化伝統としてイスラエルの神を信じていない人でも、シャバットや過越、仮庵の祭りを

祝うことをするのです。

日本人が日本のお正月やその他の記念日を祝うのと同じです。

そして、ユダヤ人でもメシアを知らない人は、その祭りの深い意味

イエシュアに繋がることまで、見えないままなのですが、ある時

気が付く人がいるのです。

そして、一方、異邦人は、ローマ帝国が4世紀に作った宗教の教えを

教えられるのが常ですから、イエシュアが教えた契約に根付く生き方、罪や聖別の定義その他諸々、トラーに記された神の教えを

満遍なく一年に渡り、タナックから教えられるという教育は、

どの国にいても皆無なのが、一般的です。

 

トラーに根付いたユダヤ人なら、その他の箇所も、教えられるという

幸運というも言うべき、祝福された成長過程があるのです。

異邦人の世界では、その代わり、聖書箇所を抜粋して、読み、誰かの考えた主題説教というのを聞く、これが一般的です。

その西洋宗教の教えが、純粋な聖書、神の教えではない!と気が付く人たちが、世界中に続出中なのです。

正しく聖書を教える人に教えられることがないまま、結局、

中途半端、異邦人には関係のない教えですとか、デイスペンセーション神学を、神の教えと教えられてしまったアメリカにいるユダヤ人が解説する聖書解説は、これ又、逸脱した人間の思想が混ぜられた

教えなのです。聖書に書かれた事実だけに固く立ち、学ぶことがない場合、聖書ではない偽物の教えにコロッと傾倒してしまうのです。

世の中、本当に聖書をイエシュアが、パウロが教えたように、聖書をその通りに解説し、教えるということの方が少ないことを覚えて

おいてください。

必ず、人の思想を通した聖書解説を施しているからです。

見分け方は、簡単です。分からなくても、

1)異邦人には関係ない教えです

2)今の時代は関係ありません、

3)神の言葉、神の性質は時代ごとに変化する、

4)神の贖い、救いの業も時代ごとに変化する

5)その時代にあった神の言葉に解釈をして良い、

6)人間が考えた日を選び、今はいつでもシャバットで良い、

異邦人は、他の祭りは祝わくて良い

7)神が創造された記念日を捨てる行為

8)LGBTはOK

9)今は何でも食べて良い きよくない動物も祈れば、構造が

きよく変化する

10)今の時代に、聖書に書かれたモーセ、預言者、使徒がいる

自分を使徒、預言者、モーセなどと思っている人は、最初から聖書を

正しく理解などしていません。

これら、上記の思想は、聖書ではないのです。このようなことを

土台とする教えは、神の言葉とずれていると気がついてください。

人間が神の教え、言葉を否定する時点で、神に対する罪、違反行為をしているからです。

人の思想を通して、翻訳聖書、ローマ教宗教神学、カリスマ、ペンテコステ、デイスペンセーション神学、置換神学など、聖書ではない

人間の思想を通して考えるから、神の教えを自由自在に塗り替えているのです。

聖書は閉じられているのです。今の時代に使徒、預言者と同じという

人がいたら、聖書が塗り替えられてしまいます。実際にそう言う思想を持つ人、自分が預言者、使徒などと考える人が、神の教えとは

何も関係のない異端思想、カルト化した教えをしているのです。

自分を預言者、使徒と主張する人は、人を支配します。カルトそのものです。人を操作し、支配している多くのリーダーがいるからです。

 

明らかに聖書、神の言葉に人が反することを言うならば、それはどのみち、偽情報が混じった思想なのだから、それは全て、受け入れられない異物=イスラエルの神に属さない偽の教えであり、却下しないとならない人の思想なのです。

新年、聖書の暦の第一の月の15日。満月は見られたでしょうか?

新月が3月19日だったので、これが第一の月の1日、おついたちと

日本でも言う聖書の、シャバットに1日(新月)にとあるのは、

全部神の創造されたモアデイムです。

 

今年、4月5日がカトリック、キリスト教の祭りのイースターですが、これはローマ教が作った記念日であり、神の造られた記念日ではないです。

だから、ローマ教の記念日は必ず日曜日でしょう。

ハロウイン10月31日、12月25日だけは違いますが。

元が太陽神の日だからです。

春分の最初の満月の直ぐ次に来る日曜日が、イースター。

神の創造されたモアデイムは、曜日ではなく、神の暦の月の日で

フィックスされているのです。

しかも、どうして、神が創造された、代々永遠に祝われるわたしの

祭り、記念日と神が言われることを全て捨てて、代わりに別物をやるのか?と、本気で一度疑問に思ったら良いのです。

疑問、質問は、答えを発見する考える道を与えるからです。

神のモアデイムを捨てることは、神の前に罪、聖別を汚す冒涜と

分からないのは、神の教えを捨てているからです。

神の教え捨てる、イコール、神が伝える罪の定義をごっそり捨て

神が伝える聖別された人の生き方をごっそり捨てているからです。

 

イースターは聖書にない名、祭りです。それは、異教の女神祭りを

キリスト的に意味を変えたものだからです。異教女神の名。

冒涜でしょうそんな、異教女神の名を、イスラエルの神の祭りにつける?いや、元が神の祭りではないものに、異教女神の名をつけたのです。

本物ではない。復活を祝う日は、神が最初から創造されています。

初穂=イエシュアの命を与えられ、新しくされた人になったことを

初穂、初子で教えているからです。

それは、種無しパン=新しくされた、マッツア=罪が削ぎ落とされた人となったことを教える、種無しパンの7日間の真ん中が「初穂」の

記念日なのです。神が創造されたことを、人間がみんななし崩しにし

人間の考えの方が勝る!と、人が神の境界線を乗り越えて、

勝手にやる金の子牛製造、それが偶像礼拝なのです。

 

聖別された生き方を世界へ伝える民族を唯一、神が選び出した理由は

神の教えを正しく世界へ伝える人が必要だからです。

福音は、ユダヤ人を通して伝えられたのです。

神の教えを、西洋人が変えてしまったのです。

神は、神の教え=トラーと、神のモアデイムを変えることを、

厳重警告!それをするのが、反キリストである!と警告しているのに通じていないだけです。サタンは、人に分からないようにうまく騙すからです。そして、イエシュアを信じる人を通して、偽物を世界へ

伝えてしまっているのです。だから、今や世界は異端思想で溢れて

何が神の教えなのかも、何が神のモアデイムで、何が罪で何が聖別を汚す行為なのかも、聖書を教える教師、牧師も理解していない

そんな時代になっているのです。

イスラエルは戦争の只中ですが、守られています。

最後は、イスラエルの神が勝利するからです。

1列王記18章にある、偽の神々と、本物の神の違いは、顕著に

分かる時が来るのです。

 

人間の作った神々、それはイエシュアの名を利用した宗教の教えも

同じですが、実在しな神の教えを、信じ信奉する、これって気がつくと本当に虚しい行為です。バカバカしいと分かる。

存在しない、神の教えではないことを、生きる虚しさ。

そして、神の言葉を捨て生きること、虚無そのものであり、

偽物に邁進させられ、時間とエネルギーを浪費させられてしまう

完全に無駄なものなのです。

 

聖書にずっと高きところの礼拝という警告があります。

それらは、異教の神々の礼拝場が、少し高い丘の上にあって、

そこの場所で、イスラエルも、彼らの人間が作った実在しない

偽の神々の礼拝、儀式、慣わしを通して、イスラエルの神を礼拝していたのです。

自分の子供をモレク神に捧げるなとあります。それは実際に子供を

生贄として捧げてしまう行為をイスラエルがやったのです。

どうしてそんなことをするのか?それは、偽の神々の教えを見て

学習し、自分の一番大事なものを差し出す行為は、神に喜ばれる

犠牲だ!と勘違いしたからです。

これ、宗教の教えが語るでしょう。神のために犠牲になるという

思考回路。。。完全にズレています。

イスラエルの王の中で、たった二人の王だけが、偽物、混ぜ物の

礼拝を完全除去、排除したと書いてあります。

ヨシア王と、ヒゼキヤ王です。

ダビデ王でさえ、高きところは一掃せず、その子、ソロモンは、

最後は、偶像の神々に仕える複数の妻のために、破滅の道へ行った

警告があります。

ソロモンは、神からの知恵を、自分が頼んだように与えられ、

申し出なかった栄華も与えられたとあります。

その人が、人生の結末に、偽物に染まってしまった警告があるのです。

偶像礼拝とは、イスラエルの神の伝えることではない、偽物の教え

それを、神の教えのごとく信奉することが、偶像礼拝なのです。

そして、神の教えの方を捨てること。

イスラエルへの警告は何でしたか?

 

出エジプト34:12 あなたが行く国に住んでいる者と、契約を結ばないように、気をつけなければならない。おそらく彼らはあなたのうちにあって、わなとなるであろう。

34:13 むしろあなたがたは、彼らの祭壇を倒し、石の柱を砕き、

アシラ像を切り倒さなければならない。

 34:14 あなたは他の神を拝んではならない。主はその名を

『ねたみ』と言って、ねたむ神だからである。

 34:15 おそらくあなたはその国に住む者と契約を結び、

彼らの神々を慕って姦淫を行い、その神々に犠牲をささげ、

招かれて彼らの犠牲を食べ、

34:16 またその娘たちを、あなたのむすこたちにめとり、その娘たちが自分たちの神々を慕って姦淫を行い、また、あなたのむすこたちをして、彼らの神々を慕わせ、姦淫を行わせるに至るであろう。

34:17 あなたは自分のために鋳物の神々を造ってはならない。

 34:18 あなたは種入れぬパンの祭を守らなければならない。

すなわち、わたしがあなたに命じたように、アビブの月の定めの時に、七日のあいだ、種入れぬパンを食べなければならない。

あなたがアビブの月にエジプトを出たからである。

 

申命記31:16 主はモーセに言われた、「あなたはまもなく眠って先祖たちと一緒になるであろう。そのときこの民はたちあがり、

はいって行く地の異なる神々を慕って姦淫を行い、わたしを捨て、

わたしが彼らと結んだ契約を破るであろう。

31:17 その日には、わたしは彼らにむかって怒りを発し、彼らを捨て、わたしの顔を彼らに隠すゆえに、彼らは滅ぼしつくされ、多くの災と悩みが彼らに臨むであろう。そこでその日、彼らは言うであろう、『これらの災がわれわれに臨むのは、われわれの神がわれわれのうちにおられないからではないか』。

31:18 しかも彼らがほかの神々に帰して、もろもろの悪を行うゆえに、わたしはその日には必ずわたしの顔を隠すであろう。

 

イスラエルが犯した罪、神の教えを歪め捨てる、それを異邦人も

そっくりそのままやってしまっているのです。

人が異邦人には関係ない!と教える、その発言言動こそが、

神に対すして境界線ない思考回路、神になり代わり、人のくせに、勝手に

神の代弁=嘘の代弁をしているだけです。

 

神を信じるって何だと思いますか?

サタンでさえ、神の存在を信じて、怯えているとあるでしょう。

神を信じますとは、イコール、神が伝える通りを生きることで

証明されるのです。

口先だけなんて、何も意味がない。しかも、神が伝えることを拒絶し、人が作った別物の教え、記念日を生きて、罪をやり続ける、これって神を信じることではないのです。