過越の祭りが近づいている 本物の教えに戻る | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

イスラエルの友人達から、直接映像、画像が送られ来ます。

四六時中、サイレンが鳴って、シェルターに入る。

ヘブライ語ではママッドと言いますが、その中に入るのです。

間に合わないお年寄りは、爆撃で亡くなったりします。

直接、建物に爆撃が当たらなくても、衝撃波で窓ガラスが割れ、

家の中に飛び散ってくるのです。

 

日本に流されているニュースは、イラン側の一方的なニュースで

様々なYoutuberが真実ではないことを、流しています。

英語ですが、イスラエルのニュースを見てみてください。

翻訳を通すと、意味不明になることもありますが、大体は分かると

思います。

 

i24 news Englishです。下矢印

 

i24NEWS English

 

日本人には、反ユダヤ思想というものが、元々ないですし、

日本人が欧米人のように、ユダヤ人迫害したことはありません。

それどころか、第二次世界大戦中、多くの日本人がユダヤ人に助けの手をのべて来ました。

日本のクリスチャン達も、イスラエルを支援したり、ユダヤ人に対して好意的であり、たくさんの協力をしています。

でも、それは、どうしてか、それぞれにより、動機は違うものです。

ある人は、ユダヤ人が信じたら、メシアが早く戻って来るから、

祈る、助けると言っていました。それを聞いたユダヤ人が怒っているのです。それは自己中心的な考えだからです。

自分達のためにユダヤ人のために祈るのか!?と思うのは当然だからです。

 

もし、本当にイスラエルのためと考えるなら、聖書ではない教えを

人に伝え、実際に生きて別物をイスラエルに示しているというその

問題を、ぜひ考えてみてください。

気がつかないと思いますが、こう言う思想は、聖書ではありません。

1)神の教えが廃れた

2)イエシュアが来られて神の教えが廃れた

3)イエシュアが来られたら、神の創造された記念日は終了した

4)その代わりに、新しい記念日、日曜日が主の日だ。

クリスマス、イースターも聖日だ。

5)今はなんでも食べられるとイエシュアが言った

 

こんな異教徒と同じ生き方、契約を破る、聖別を破る生き方、

罪を犯して良いというメシアは、偽物のメシア!であり、

イスラエルの神、トラーが伝えていることとは全く違うからです。

それらの発言、行動、生き様を通して、イエシュアが偽物のメシアとと、ユダヤ人に伝えてしまっていることに気がついてください。

聖書に書いてもないことを、言って、やっているということに気がついて下さい。

これらは、聖書に書いてない、偽物の教え、ローマ帝国、

人間の主張であり、聖書ではない、イエシュアが教えたことでは

ないからです。

 

そして、ある友人がこう言いました。

クリスチャンは、ユダヤ人、イスラエルと支援するのに、神の言葉

教えにどうして気がつかないの?聖書に書いてある通りには、

生きない、戻ろうともしないのか?と。

これは、もう20世紀に渡り浸透した、神の教えではない思想の

せい!ローマ帝国のせいなのです。

分からないから、別物をやっているだけです。分かったら本物=イエシュアが教えられた通りの生き方に戻るからです。

 

本物ではない教え、聖書ではない教え。イエシュアが昇天した後

人間が自由に教えをえり分け、シャバットや祭りを別物に変えて

良い!そんな教えをずっと、20世紀の間、皆がやるから本当と思ってしまっているだけです。

 

そして、パウロという人物を全く理解していないことが問題です。

いや、イエシュアの言葉、使徒達も、100%モーセの五書を正しく解説しているにも関わらず、神の教えが変わって、新しい教えを

伝えているという幻想を信じているからです。

聖書ではない、偽物の教えなのに、本当と思い込んでいる。

騙しとは、それ程深いものなのです。

進化論を信じる人に、それは本当ではないと言っても全く受け付けない、通じないことと、同じことをしているからです。

初めて見た物体を母親と思い、それがぬいぐるみでも、そう思う。

それが、嘘!と分かりそうなのに、分からないままなのです。

それと同じです。偽物=親ではない、命のないぬいぐるみ、模型を

見せられて、ある時、それは親ではないと言われても、親だと思い

こみ続けるのです。

聖書ではない教えを、ずっとされ続けて、それが人間が作った思想であり、

聖書を勘違いして読み込みしている!と言われても、そう思えない。

 

預言者、イエシュア、パウロ、使徒達、聖書を書いた人、人間が神の

教えを塗り替えて、自由に選択して良い!そのような冒涜をローマ

皇帝や、西洋教父達=異教徒のように考える人は、聖書を記すことを許可されない。神がそういう人を選ばないという事実にだけ立って下さい。

誰かを雇うなら、自分の考えをその通りに実行する人を選ぶでしょう。自分の考えを、その人が変えて、言った通りをやらない人など

100%信頼などできない、任務が遂行されない、そんな人を選ばないのは、当然なのです。

イエシュアは、父の教えを教えに来られたと言われました。

父の教えとは、モーセの五書=シナイ山で文字として正式に永遠の

証拠、契約書として与えられた神の大家族が生きる、神の性質通り、イエシュアの性質通りを生きることが教えられた、その教え全てです。

パウロも、ペテロ、弟子達も生涯100%モーセの五書に忠実に生きて、人に教えた人です。

そういう人達が、神の教えを、捨てて良い、変えて良い、同性愛、

同性婚OKという罪を生きて良い!時代により違う教えに変えて良い!

と人に教えていると考えている時点で、それは聖書ではない、別物の宗教であり、イスラエルの神とは関係のない教えなのです。

別物の宗教=ローマ教、人間の教えにすり替えられた、混ぜ物偽物を

教えられ、その偽情報が混ざった教えを信じていると気がつかないとならないのです。

パウロは自分が信じていること、生きていることとは違うことを、

人に教えたとでも言うのですか?

クリスチャンが、自分の中に、人は神に創造されたという事実を

はっきり把握し、理解しているのに、人に進化論は本当と言えない

でしょう。それと同じことなのです。

パウロは、自分自身で表明している通り、100%モーセの五書に

忠実に生きて、人に割礼を禁じたり、神の教え=トラーとは違う教えなど施してはいません!と、公に神殿の儀式を通して、表明さえ

しているではないですか。

クリスチャンの世界に広がった教えは、歪んだ聖書解説なのです。

神の言葉を、人の思想、ローマ教、置換神学や、デイスペンセーション神学という人間が編み出した思想を通して解説しているから、

歪んで、正確な聖書解説がされていないのです。

歪みの理由は、土台が、人間の思想であり、神の言葉ではないからです。土台が、神の教えは破棄、終了、異邦人には関係ない、時代ごとに変化する、そんな偽情報を聖書と教えられて来た!そのことに

はっきり気がつかないとならないのです。

 

何をするのも、発言するのも自由ですが、主=イエシュアの真実、

実態を汚す、嘘、偽証はやめないとならない。

気がついた人は、それをやめる、出来なくなるのは当然なのです。

気がつけないから、やり続ける、言い続ける、そう人に伝え続けているのです。

神の教えが廃れたとか、神の教えは時代ごとに変化する、別の2つの教えがある、昇天以降は、安息日は日曜日、いや今はいつでも安息日、

神の伝えている永遠普遍の事実、神の子らに与えた印、生き方に対して、人間の編み出した金の子牛=別物の教えと、別物の記念日を

通して、それが主の日、礼拝日などという偽情報を言い続けるのを、やめないとならないのです。

聖書、神の言葉に真実に気がつけないから、偽情報を本当と言い続けて実践しているのです。

神の教え、記念日を捨てて、代わりに西洋人が作った混ぜ物まがいものにすり替えられた、ぬいぐるみの親を、自分の親、本物と思っているのです。

神は人が熱心に一生懸命やるから、偽物でもそれを受け取ろうなどと、そのような不真実なことはしません。

それは、ご自分の聖なる性質、言葉、真実を曲げる!という行為に

なるからです。人が偽物に気がつくのを、忍耐しているだけです。

イスラエルに対しても、同じでした。1000年近くも、人間が編み出した偽物の神々=偶像礼拝を通して、同時にイスラエルの神を

礼拝する、高きところの礼拝をし続けてのを忍耐されたでしょう。

人間の教え、宗教も同じことしているではないですか。

ローマ帝国は、神の教えを否定し、トラーは異邦人には関係ない、

廃れたと言い、その代わりにローマ帝国は、異教の神々のバシリカを、人造宗教の礼拝の場と変えたのです。

モレク、バアル神の礼拝場〜高きところの礼拝と同じことをしているのです。混ぜ物、偽物を混入させた。

でも、その事実に気がつけない!それは、キリスト、ジーザスという名を使い、聖書を使い、そして、ある部分、永遠の中に屠られた子羊の血の代価で、神の元に戻ったという体験があるからです。

20世紀に渡り、大衆が支持しているから、それが本当だと思う。

それ以外、神の教えに忠実に根付き生きるではなく、今は人の考えでそれぞれが良いとすることを生きる、ローマが作った宗教の教えを生きる、それをしているのに、気がついてないのです。

イエシュアがローマ帝国=人が作った日曜礼拝、クリスマス、

イースターを祝い、人に神の教えは廃れた、異邦人には関係ありません、今はいつでもその人が考える日が主の日で良いと教え?

神の創造されたモアデイム、シャバット、新月、祭りの全部捨てて良いよ!そんなこと、いつイエシュアが言われましたか?

神のモアデイムを汚す行為が、神の前にどれほど重い罪、聖別を汚す

絶対にやってはならないことであることが、聖書には書いてあるのに、神の言葉を捨てる人には、神の教え、神が伝える罪、聖別の定義は通じなくなってしまっているのです。

イエシュアはご自分のモアデイムを捨てて良い!そんな嘘、言うわけありません!もし言ったとするなら、そのイエシュアは、偽物の神偽預言者そのものになるからです。

父の教えをその通りに伝えに来たのに、人間の作った宗教を広めるためにきた?そんな偽物あり得ません。

 

クリスチャンは、福音書以降には、トラーとは違う教えが書いてあると考えているでしょう。

モーセの五書は、古い教えだと、信じている。

新約聖書と不適切なタイトルをつけた部分には、モーセの五書、

神の教えを、律法という不適切な翻訳で呼び続けて、それら律法が

廃れた、別の新しい教えが書かれていると考えているのです。

そう教えられ続けて来たから、そう勘違いしているだけです。

 

トラーを知るはずのユダヤ人、メシアニックジューの中にも、

聖書を正しく理解しない人が大勢います。その理由は、聖書を正しく学んでいない、人間の思想、宗教、デイスペンセーション神学のような教えに洗脳された人が大勢いるからです。

異邦人は蚊帳の外、契約に関係ない民だから、神の教えは関係ありません!入ってこないで、外でやっててね!という思想を持つ人が

大勢います。

一方、イエシュアを知らないラビでも、神の教えを正しく理解している人がいます。

同じ契約、アヴラハム=全民族の父とされた代表、その子孫が、同じ契約、同じ祝福を世界へ伝え、分け与える役割を与えられたと。

はっきり言って、聖書をその通りに正しく教えている人の方が

少ないのです。

それは、ユダヤ人でも同じです。ユダヤ人でありながら、デイスペンセーション神学の色メガネを通して、聖書とは違う思想を語る。

異邦人とユダヤ人は別の群れ。異邦人には関係のない教えと。

そういう人が、教師になれば、その人に教えられてしまえば、イコール聖書ではないことを、刷り込まれてしまい、それが本当と思いこむでしょう。

その様な事が、20世紀の間、異邦人の間で起きたことでも、分かりませんか?

聖書=神の永遠普遍の言葉、イエシュアが教えた父の教えを人間が勝手に手を加え、なし崩しにし、人が中心になり、神に成り変わり、

歪んだ聖書解説をし続けて来たのです。

それが、本物の神の教えなのだ!と信じて疑わずに。

嘘だと知りながら、本気で嘘を本当というのは、ペテン師です。

イエシュアを信じた人は、普通は虚偽は出来ないからです。分からないから、やっている。


今は、古い、悪い、呪いの人を縛り続けた厳しい律法は廃れ、

新しい教えが出た!その新しい教えとは、一体何ですか?

人間が自由に、神の言葉、教えを捨てること、それが新しい教えですか?

神の教えのこれ、それ、あれは無効と言い続ける、その根拠、証拠

判定基準は、聖書のどこに書いてあるのですか?

神の教えを捨てるという教えは、神が伝える罪の定義を捨てることです。罪を罪という定義を破壊した教え。罪やり放題!

そして、罪が無いなら、赦しも、贖いも、救いも要りません!

イエシュアも必要ありません!恵も無用!ということになることに、

気がついていますか?

神が伝える罪の定義とは、神の教え、トラーに違反する行為の全て

だからです。

そして、聖別の定義を破壊した教え、それらがイエシュアが教えた

新しい教えなのですか?

聖別、神の目的通りに分たれた生き方を捨てる行為。

神は、神の場所、神の時、人を聖別されています。

神に聖別された人は、神の伝える聖別を生きるように造られています。だから、神は人は、何を食べて、何を食べないと最初から

教えているでしょう。

そして、神の臨在の中から飛びだしたのは、神が言われたことを

無視し、神が禁じたことをした。

食べてはダメ!と言われた、そんな簡単なことを破ったおかげで、

今のような破壊、そして多くの苦しみ、悲しみ、死、別離が入り込んだのです。

イエシュア、メシアを通して、神の語った言葉、義とされることを

人は最初から受け取って来たのです。

神の言われたことを、理解する人、しない人、その違いだけです。

アダムもハヴァも、そして、カインは神の教えをまっすぐに聞かず

受け止めていなかったでしょう。アベルは違います。

ノアも同じです。皆が罪を生きる中、ノアだけが神により義とされた、義を生きた、イコール、永遠の中に屠られた子羊の血の代価を受け取り、内側に聖霊が住まい神の言葉を信じて、神の伝える通りの義を、ノアだけが生きていたと書いてあるのです。

クリスチャンの間では、イスラエルが約束の地から追放されたのは、

迫害され続けているのは、ユダヤ人がメシアを信じないからだ!などと言い続けていますが、事実は全く違います。

クリスチャンと同様、一人一人が同じことを考えて、同じように神の教えを理解しているのではないのは、分かりませんか?

 

彼らが約束の地を追放されたのは、神が提示した神の家の家訓=

聖別された生き方、トラーに記された教えに根付かず、偽物の教えと

混じって別物を生きたから、追放されたのです。

宗教の教えは、そっくりそのままの罪をやっているのに、

聖書に警告されている罪、イスラエルがやった混ぜ物の教え、

偶像礼拝、自分たちの手で編み出した金の子牛を通して、イスラエルの神に勝手に近づき、礼拝しているのに、全くその警告は通じてないのです。