クリスチャン、キリストに付くもの、キリストに付くものというのは
1世紀当時、ユダヤ人の中で付けられたあだ名ですが、
アダムとハヴァが一番最初のキリストに付くものでした。
なぜなら、永遠の中に屠られた子羊の血の代価、神が一方的に支払った命の代価が永遠の中に既に用意され存在し、そしてこの世界が
造られたと神が説明しているからです。
そして、イエシュアの贖いの代価を通して以外、血筋、人種、生まれた時代に関係なく、誰一人として父の元に戻ることはできないと
神が伝えた事実が、本物だからです。
1つの方法、1つの福音、1つの神の教え=神の家族の生き方=契約=家訓しか存在しないのです。
イエシュアが来られた後、贖い、救い、赦し、聖霊が住まうことが
初めて稼働したという、聖書ではない教えを一掃し、永遠の中に既に完了している事実を神が語られている、永遠から見るレンズに切り
替えれば聖書に書いてある事実、意味、福音が最初から最後まで同じであることが、はっきり見えて来ます。
翻訳には、ハンデイがあります。元に書かれた言葉の意味、内容が
正しく、直接見えないからです。
言語の表す意味が、翻訳という別の言葉で覆われて、元の意味が
見えないからです。
そして、西洋思索とヘブライ思索は違います。
西洋思索、哲学思想は、歴史線上に物事を見て、そして、思想中心
だからです。
ヘブライ思想は永遠の中から語る思索をそのまま捉える、そして
既に完結した事実を見るのです。
そして、神の言葉、教えは哲学、思想ではなく、それら全て実際に
「生きる」これが、神の教えの中心です。
だから、聞くだけの人にならず、実際に聞いたことを生きよ!と
ずっと教えているのです。
西洋は、名詞、ヘブライは動詞、全て生きることが聖書には書かれているのです。
2000年前に初めて神の恵、祝福、贖い、赦し、聖霊が住まう
その他諸々が昇天により稼働した!という、聖書ではない教えは
一掃してください。それは、神が伝える事実ではないからです。
聖書には、最初から神が人と共に住まい、同じ贖い、救い、赦し
そして、イエシュアが共にずっと付いて生きている、その事実が
書かれているからです。
聖書に、聖書とあれば、それは、「モーセの五書、預言書、諸書」
のみを指して書いてあるのです。
それらが、聖書に登場する人たちの唯一の教科書である事実から
それずに考えてください。
福音書〜黙示録は、聖書の最初の75%の短い後書き、註解であり
使徒が書いた書簡であり、預言者が書いた書ではありません。
どういう意味かというと、使徒は、預言者が書いた聖書、タナックを
塗り替える思想や意見など、勝手に書かない。
預言者が聖書を書いて、それを忠実に解説しているだけ!だからです。
イエシュアが地上に来られて、トラー、預言書、諸書に記された
メシアがされることが記録された、それらが真実である証明を
地上でされたのです。神の教えも、贖い、救いの方法も、イエシュアが来られる前後何も変わらないのです。
書いてあります。見たから信じるのか?と。見ないで信じる人は幸いとある通り、神が言われたこと、イコール、現実、事実であるという
ことを受け取った人、信仰により義とされた人、それが聖書にある
神の民、神がこの世の礎を創造される以前から選び出した人=聖別された残りの民だからです。アヴラハムも、イエシュアに出会い、遠い未来にイエシュアが来られる日を楽しみ、喜んだとイエシュアが言われた意味を理解してください。歴史線上、西洋思想を捨てて、
聖書、ヘブライ思想、永遠の中に完結している事実からだけ見てください。神は永遠から永遠に存在し、神ご自身が創造された時空に制限されるお方ではないからです。
神は時空を超えています。神が、神ではない人と共に住まうため、
時、場所を造られたという事実に目を向けてください。
神は、神の創造物=人とは違うということを、忘れてはならないのです。
神は、ご自分の創造された時空に制限されるお方ではありません。
それを、この時が来られるまで、神は人と関わらない、聖霊が内側に住まわない、贖い、赦しもないなどと、肉の目から見たことを、
考えているから、時空を超えた、全世界の創造主が語る永遠の真実が
見えてないのです。
そして、西洋宗教は、神の言葉を人間が捨てる、変えて良いと教えている、大妨害の異端的思想を持ち込んで、それを土台として宗教を
作ったそれが世界に広まってしまったのです。
神=イエシュアと出会う!この事実の後、聖書とは違う思想、
神の教えに人間の思想を混ぜた混ぜ物の教えを教えられ、神の言葉を
破棄する、それが恵だ!なぜなら、神は十字架で厳しい律法を人のために破棄されたのに、その古い教えに戻るとは、恵を捨てた生き方!
悪いことだ!などと、蛇の大嘘を刷り込まれてしまっているからです。
神の言葉は、契約です。人との関係にある事実、根拠、証拠、
婚姻届、契約書です。
その中に、神と、そして神が住まう人の生き方、決め事が記されているのです。
神が提供する保証、約束、祝福は、その契約に忠実に根付いて生きる人に与えられているものです。
契約を破る人には、雨が降らない、約束の地から追放されると
条件があるのです。そうでしょう。夫にさからい生きる、夫と疎遠になる、当然のことだと、理解できることです。
この契約は、信仰義認とは異なる、条件付き契約です。
あなたは、命を選びなさい!死を選ぶ自由も与えられているのです。
神の言われることを選び生きる、祝福された生き方。
神の言われたことに逆らう、捨てる生き方、死、祝福を失う生き方。
そして、人の側では、神の言われたことに忠実に生きること!
これを、好き放題、変えて、自分たちが編み出した教えを
やって来ているのです。イスラエルも、それをしたのです。
神の家の家訓であり、それを捨てる人は、遠くに追いやられる詰まり、神との疎遠な場所にいざなわれる!とあるのです。
その代わり、偽物、代替えで満足します。宗教の霊に満たされて高揚感、やってる感、その他諸々の偽物で満足して、それが本物と思うのです。
キリスト教という教えを、イエシュア昇天以降に、神が教えたという、幻想を捨ててください。
それは、ローマ帝国が作った、人造宗教、神の教えを否定し、人間の思想を混ぜたもの、聖書を利用しているから、同じと思うけど違うのです。
イエシュアは最初から教えられ、同じ福音が、エデンの園の最初から
伝えられて来たからです。
キリスト教は、その全身がカトリック、その前はローマ帝国が
作った宗教、ローマ国教です。
その人造宗教は、聖書とは異なる、人間の思想を土台としました。
神の教え=トラーを生きることを禁じて来たローマ帝国が、
ユダヤ人の聖書が語る真実、メシアを信じる異邦人が爆発的に増えたので、ローマ帝国を拡大、支配、統一を図るため、ローマ教という
教えに変えたものを作ったのです。
その宗教は、ユダヤ的な教えの一切、削除!!!!
異教徒、異邦人大元は、神の言葉、トラー=モーセの五書終わりありきで作られた人造宗教なのです。
だから、そんな教え、宗教グループにユダヤ人はいなのです。
聖書を読んで分かりませんか?聖書には、ローマ教が作った日曜礼拝も、クリスマスもイースターも、神は教えられていない、聖書には
そんなことは書いてもない、それらは神の仰せでもありません。
それは、ローマ教が、神の教え、記念日、全部捨てたからです。
割礼を幼児洗礼に変え、シャバットを日曜日に変え、過越の祭り
シャヴオート、仮庵を祝わず、過越の祭りを、イースター祭りなどに変えたのです。
復活を祝う記念日は、過越の祭りの7日間=種無しパンを食べる3日目
「初穂の日」という祝い日で祝われて来ているのです。
それを、イースターという異教女神の名がつく記念日にすり替えたのです。
過越を祝わず、春分の満月の最初の「日曜日」が復活祭とした。
人間が決めて、神の祭り、ハグ、過越の祭りを捨てたのです。
イエシュアの遺言が理解できてないのです。
イエシュアは、処刑される前の晩の過越の晩餐の時に言われたでしょう。イエシュアがされた業は、トラー、預言書、諸書で預言された
変わらない事実=永遠の中に屠られた子羊の血の代価が真実であることを、ローマ帝国の処刑により、全世界に明らかにされた。
それを、代々、過越の祭りを祝うたびに皆で祝って、思い出して!
と言われたのに、ローマ帝国のせいで、クリスチャンは、イエシュアが言われた意味の全貌を理解することを、妨げられて来たのです。
聖餐式は、ローマが過越の祭りの晩餐でした、イエシュアがされた
儀式を変えたものです。人間が変えてしまった。
伝統的に行われて来た儀式、種無しパン、4つのワインの杯は、
神がされた業を表すものです。
出エジプト6:6 それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい、
『わたしは主である。わたしはあなたがたをエジプトびとの労役の下から❶導き出し、❷奴隷の務から救い、また伸べた腕と大いなるさばきをもって、あなたがたを❸あがなうであろう。
6:7 ❹わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。わたしがエジプトびとの労役の下からあなたがたを導き出すあなたがたの神、主であることを、あなたがたは知るであろう。
この4つをワインの杯で表しています。食後のワインとは、「購いの杯」と呼ばれる、3番目、あなたをあがなうとあるそれなのです。
子羊イエシュアは永遠の中に贖われ、その事実は、全世界の人々に
同じ福音として、伝えられることを、この過越の祭りの中でも教えているのです。
異邦人の世界に伝わったのは、ローマ発祥、ローマ帝国が神の教えを
歪め、バンし、そして自分たちの思想を次から次へと宗教会議で作り編み出した宗教の教えです。
それに反対したのがルターでしょう。でも、ルターも結局、神の教えには100%完全に戻らず、軌道修正せず、結局人間の思想=反モーセの五書思想をふんだんに残したまま、カトリックと同じ思想
反モーセの五書=神の教えは廃れた!そして、聖書にない、
日曜礼拝、神のシャバットを捨て、塗り替えて別物の記念日
第一日目、非聖書的なローマが決めて記念日のまま、
そして、神の新月、過越、シャヴオート、仮庵を捨てて、
イースター、クリスマス、万聖節その他諸々の記念日を残したまま。
しかも、ルターは最後、強烈な反ユダヤ思想、反モーセの五書に
ひるがえってしまったのです。
シャブオートは、聖霊降臨祭りなどではありません!
聖霊は、信じる人の中に最初から住まう事実が、聖書に書いてあるでしょう。
シャヴオート(ペンテコステ=ギリシャ語=第50日)は、シナイ山で
神から婚姻契約を受け取った記念日、そして収穫祭なのです。
勝手に意味、内容を変えるのが、西洋人の作った宗教です。
神の教えを勝手にしりぞけて、自分たちの考えを全面に出す。
これは、ペテロがカトリックの初代教皇だという仮説ですが、
ペテロはユダヤ人であり、神の教え=トラーを塗る変える異端思想の
教祖様などになりえません!ペテロは、生涯100%モーセの五書
トラーに忠実に生きて、ローマ帝国に処刑されたのです。
しかも、イエシュアが言われたのは、ペテロがペテロの解釈で神の
教えを変えて良いなどとカトリックが言うような偽情報ではない。
神は、人に、人の考えで時代ごとに人種ごとに神の言葉の解釈を
変えて良いなどと言いません。そんな神こそ、聖書に書いてない
カトリックという人間の宗教が主張する異端思想そのものなのです。
気が付かないとなりません。異邦人の世界に伝わったのは、
イエシュアが罪のために死なれた!という事実、神の許し、新しくされた人が与えらた、それは事実ですが、その内容さえも、別物に
歪めた思想を教え込まれているのです。
それ以外のこと、神の教えが廃れた!という偽情報を聞かされていますが、それは嘘です。人間の教えです。
そんな教えが、ヨーロッパを通過し、アメリカ、その他に浸透し
ヨーロッパから移民した人々、アメリカや、南アメリカ、スペインが植民地支配した国に広がったのです。
異邦人は、パウロのようなトラーを熟知した教師達から、完全に決裂し、自分たちの思想=西洋思想、哲学、西洋宗教、神の教え=トラーを理解しない、勝手に変えるような西洋教父に学んできてしまったのです。
詰まり、神の言葉、聖書を正しく教えられていない、その代わり
人間が編み出した宗教、神学で神の言葉を変える思想が浸透したのです。
今それが、じわじわと軌道修正を始め、神の本物の教えに戻る動きが
世界中で起きていますが、まだまだ偽物、混ぜ物の教えの方が
主流です。