石をパンに変えろ!高い崖から下へ飛べ!サタンを拝めば、
この世界の全てがあなたの(イエシュア)ものになる!
はてな?でしょう。
サタンは、神を騙せて、神の言葉とは違うことをさせることが出来ると思っていた、そうです。サタンが神を騙せると考え、誘惑、操作するなら、サタンはイエシュアを信じる人達も同様に、騙し続けているのです。
エデンの園の最初から同じです。
気をつけよ!騙されるな!という警告がある。
神=イエシュアが全てを創造され、全世界の神の創造物は
全てイエシュアに属しているのです。
泥棒!サタンは、盗人、嘘つきと聖書に書かれている事は本当です。
サタンの嘘に騙されて、神の言葉は廃れた!ということを、信じてはならないのです。イエシュアがされた通り、トラーにある真実を
永遠に主張しなければならないのに、その神の教え=トラーを捨てよ!と、蛇の代弁をし続けていても、それに全く気がつけないほど
蛇の嘘、偽情報に汚染、洗脳されてしまっているのが、人間が編み
出した宗教の思想の大罪なのです。
神の言葉、教えを妨害する教えを、堂々と主張する、
これに気がつけない聖書に書いてあるのに気がつけないのです。
神の言葉を、イエシュアを信じる人が、否定、曲げる、破棄する、
歪める、このような行為は、サタンが操作していることは、
聖書を読めば明らかです。
サタンが、神=イエシュアに向かって、神の言葉を曲げて、
神の言葉、仰せに反することを、させようとした!という事実を
忘れてはならないのです。
イエシュアを信じる人に、サタンは同じことをしているからです。
イエシュアを騙そうとした、サタンは人間など簡単に騙せます!
イエシュアが行ったことは何ですか?父の教え=モーセの五書=
トラーに記された、神の言葉の永遠の真実を突きつけて、サタンを
撃沈させたでしょう。
ハマンも同じです。エステル妃のいとこであるモルデガイは、
ハマンを門で拝みませんでした。
単に王の下のNo.2に、挨拶をしなかったということではないのです。
エステル3:2 王の門の内にいる王の侍臣たちは皆ひざまずいてハマンに敬礼した。これは王が彼についてこうすることを命じたからで
ある。しかしモルデカイはひざまずかず、また敬礼しなかった。
位が上の人に、敬意を払う挨拶をするのは、どの世界でもしきたり
ですが、この箇所を翻訳を読んでも、単にモルデガイが、ハマンに
それなりの挨拶をしない程度にしか、書かれていませんが、
ヘブライ語を見ると分かることがあります。
ひざまづくとは、神の前に伏すという意味の言葉です。
神に対しての礼拝行為と同じことを、ハマンは、人の強要したのです。
ひざまづく כָּרַע カラ 神の前にひれ伏すと訳されている言葉。
敬礼すると שָׁחָה サハ これは、神の前に礼拝する行為のことです。
言葉を見ると、ハマンは、市民に神の如く、ハマンに対して門に
入る時に、礼拝せよ!という勅令を出していたのです。
イスラエルの神を信じる、ユダヤ人であるモルデガイは、人を神として崇拝、礼拝、伏し拝むことなど決してしませんし、そんなことなど決してしない、出来ないのです。
これにムカっ腹が立つのたったハマンは、モルデガイだけではなく、彼の同胞民族であるユダヤ人全員殲滅計画を立てるのです。
この敵意、殺意は、ペルシャ=今のイランと全く同じなのです。
イスラエルという民を殲滅せよ!!それが、イラン・イスラム共和国の政府リーダー、軍のプランなのです。
気に入らない民族を殲滅すると考えるようなものは、イスラム教以外の他の宗教ではないでしょう。
一般の人は、テロリストのような悪い思想、行動はしませんが、
過激派、政治のトップの目標は、イスラエル殲滅、それらが彼らの
アラーからの命令と考えているのです。
イスラエルには、正当防衛権があります。それは、クリアーに聖書に
記されています。聖書には、軍隊をどう形成するか、どのように戦うか、全て記されているのです。
自分の隣家に、自分の命を常に付け狙い、自分を必ず殺害しようとしている人がいれば、それに対する、対処、正当防衛をする権利があるでしょう。ぼけ〜と構えて、やられるままになる、それは愚かな人が
やることです。泥棒を招き、ドアを開け、家に入れません。
ハマンの作戦、計画は、ハマンを神のごとく拝むことを拒否した
このユダヤ人のモルデガイ、そして、モルデガイの出自、同胞である
ユダヤ人全員虐殺、殲滅することを、計画し、どの日にそれを
行おうか、考えていたのです。
エステル 3:6 ただモルデカイだけを殺すことを潔しとしなかった。
彼らがモルデカイの属する民をハマンに知らせたので、ハマンは
アハシュエロスの国のうちにいるすべてのユダヤ人、
すなわちモルデカイの属する民をことごとく滅ぼそうと図った。
エステル 3:7 アハシュエロス王の第十二年の正月すなわちニサンの月に、ハマウダヤンの前で、十二月すなわちアダルの月まで、一日一日のため、一月一月のために、プルすなわちくじを投げさせた。
人が神になり変わる、神の座に座る、神の言葉、教えを塗り替える、神のモアデイムを変形させ、捨て、別物に作り変える。
これらは、全て聖書に警告されている偶像礼拝、そして、反キリストが行うことであると預言され、事実、それが歴史の中で何度も繰り替えされて来たのです。
イスラエルの神の教えではない人の思想という偶像を、神にすり替える。神の教えを毛嫌いする、そして人にも、神の教えを生きないように、教え、阻止する。それが反キリストが行ったこと、行うこと、
これからも行い続けることは、聖書に書いてあるのです。
ハマンは、自分の上司である王を操作し、そして自分の目的を、
王を通して、勅令として、執行しようと企てていました。
でも、神が最終主権者なのです。日本語で今「ラスボス」という
造語がありますが、神の許可なしに、何事も起こり得ないのです。
人には、結局、最終権威などないのです。神のように宣言し、
それを実現する力は、人にはありません。
ペテロが、イエシュアに正された場面があるでしょう。
マタイ16:22 すると、ペテロはイエスをわきへ引き寄せて、
いさめはじめ、「主よ、とんでもないことです。
そんなことがあるはずはございません」と言った。
16:23 イエスは振り向いて、ペテロに言われた、
「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは
神のことを思わないで、人のことを思っている」。
サタンのやり口は、同じです。
人を利用して、自分のプランを成し遂げようとするからです。
ペテロは、もちろんサタンではありません。
ユダヤ人殺しの記事でも、説明したように、人がもし、神の
言われたこととは違うこと、違う性質を、言動、行動したら、
その性質と同じことを、やっていると言われるのです。
ペテロは、神のプランを理解せず、サタンの代弁者になったから、
さがれサタン!と言われたのです。
サタンは、人を利用しているのです。人を通して、神が言われたこと
神の性質、神のプランではないこと、聖書ではない思想を、あたかも
神が語っているかのごとく、サタンの代弁をしているのです。
だから、神の言葉を1つでも否定する思想は、危険であり、
イエシュア=イスラエルの神から出た教えなどではない!という、
永遠の事実にはっきり目覚める必要があるのです。
神が、神の言葉に一点一画でも、人が手を加えることを禁じています。
ヨハナンは、神のトラーで禁じられた警告を、黙示録の最後でも
同じように述べているのです。
このような箇所を読んで、怒りの神だと捉え方は、
最初からズレた思考回路で、神の言葉を聞いているのです。
神の教え、警告は、100%正義、聖であり、人を守る盾なのです。
それを、人が理解しない、人間の側の問題であることを、はっきり
自覚、認識しないとならないのです。
それほど、神の教え=神の創造にデザイン、性質、構成からずれたら
危険!と教えているに、神の教えを聞く人が受け取らず、神の教えを
退け、結局、痛い目に遭う。
それは、神がその人を呪うのではないのです。
呪いとは、自分が行う行為で、自分に呪い、破壊、神の前に意味の無い存在になる事を招き入れる事なのです。人が神の教えからズレる、本来の性質、姿からズレる、その思考回路行為自体が、自分自身に
呪い〜神の目から無意味な存在になる。
それは、神に性質=似姿=イエシュアと同じ新しい人を与えられた
実態からズレて生きているからです。
怒りの神?神の怒り、正しい裁きは、正義をもたらすものです。
本来の状態に救い出すことをするものだからです。
正義は、人を偽物、束縛から解放をもたらすのです。
預言の言葉とは、神が預言者に託して記した、神の言葉、教え=
トラー=イエシュアが教えられた父の教えのことです。
黙示録22:18 この書の預言の言葉を聞くすべての人々に対して、
わたしは警告する。もしこれに書き加える者があれば、
神はその人に、この書に書かれている災害を加えられる。
22:19 また、もしこの預言の書の言葉をとり除く者があれば、
神はその人の受くべき分を、この書に書かれているいのちの木と
聖なる都から、とり除かれる
ヨハナンの黙示録での最後の警告は、トラーの神の警告を再度書いているのです。気が付かないとならないのです。
預言の書=預言者が書いた、トラー、預言書、諸書=聖書です。
神の言葉に人間が手を加えるな!!!それを宗教の教えがずっと
やり続けているのに、無感覚、それが正義、イエシュアが与えた
自由だ!と聖書とは、関係のない教えをずっと良い続け、
人が神の伝える永遠の真実を知る妨害をしているのです。
サタンの代弁者になっている。
ペテロがやったことと同じ。真実を遮る、じゃまなことをしているのです。イエシュアの邪魔をしているのです。
申命記 4:2 わたしがあなたがたに命じる言葉に付け加えてはならない。また減らしてはならない。わたしが命じるあなたがたの神、
主の命令を守ることのできるためである。
12:32 あなたがたはわたしが命じるこのすべての事を守って行わなければならない。これにつけ加えてはならない。また減らしてはならない。
レビ記 26:14 しかし、あなたがたがもしわたしに聞き従わず、
またこのすべての戒めを守らず、
26:15 わたしの定めを軽んじ、心にわたしのおきてを忌みきらって、わたしのすべての戒めを守らず、わたしの契約を破るならば、
26:23 もしあなたがたがこれらの懲しめを受けてもなお改めず、
わたしに逆らって歩むならば、
26:24 わたしもまたあなたがたに逆らって歩み、あなたがたの罪を
七倍重く罰するであろう。
26:27 それでもなお、あなたがたがわたしに聞き従わず、
わたしに逆らって歩むならば、
26:28 わたしもあなたがたに逆らい、怒りをもって歩み、あなたがたの罪を七倍重く罰するであろう。
箴言30:5 神の言葉はみな真実である、神は彼に寄り頼む者の盾で
ある。
30:6 その言葉に付け加えてはならない、彼があなたを責め、
あなたを偽り者とされないためだ。
人には、神が持つ権威は与えられていませんし、所有もしていません。王の指輪、日本でいえば実印を奪って印鑑を押す、
それは出来ないのです。
サタンには、権威がありません!全部、偽物、フェークです。
メシア、イエシュア神だけが、1000% 全の権威を所有して、
それを執行する力があるお方なのです。
サタンが人を使い、嘘、フェーク情報を流し、神が言われることを曲げているのです。人も同じことをしているのです。
ハマンの結末は、惨めでした。
ハマンは、自分が王になりたくて、王の印、実態である衣服と馬を
手に入れようとしました。
エステル記をぜひ全部読んで見てください。
読めない場合は、聞く聖書で聞いたら良いです。
ハマンは、着々と全ユダヤ人殲滅を企てて、その裏で策略を練り続けていました。王を操作して、ユダヤ人は、アハシュエロス王の命令とは違う教え〜トラーを生きる人達であり、王の命令など守らない民ですと王に伝えるのです。
これ、ギリシャ帝国、ローマ帝国でも、同じだったのです。
目の上のたんこぶを、消そう!今のイランと同じです。
そして、王を操作し、王の実印である指輪を手に入れ、
エステル 3:13 そして急使をもってその書を王の諸州に送り、
十二月すなわちアダルの月の十三日に、一日のうちにすべての
ユダヤ人を、若い者、老いた者、子供、女の別なく、ことごとく滅ぼし、殺し、絶やし、かつその貨財を奪い取れと命じた。
この時のペルシャと今のイランと、同じです。
そして、最終的に、ハマンは、モルデガイを木にかけようと、処刑の木まで準備していました。その時、神の介入がまたあるのです。
エステルがした王への直談判は、命懸けの行動だったのです。
ダニエル記の1章も同じです。ダニエル達の王への懇願、野菜と水だけの食事にしてくださいというリクエストも、同じように命がけなのです。それは、独裁者の前に、異例なリクエストを持ち出す行為は、
独裁者が拒否すれば即座に粛清だからです。
神は、最初からワシュテ王妃の拒絶態度、そして、その代わりに
ユダヤ人エステルが王宮に入ったこと、全ての出来事の中に神の御手があったのです。
敵のやりたい放題に見える行為を通して、自分の肉の目には不都合な、理不尽な出来事を通して、神は必ず神のプランを遂行されるからです。
続く