アメリカの映画界で有名だったヒッチコックという監督がいます。
日本でも多くの彼の映画が上映されました。
スリラー映画です。
1959年11月15日、5つのシリーズで放映されたテレビドラマで
「The Blessington Method」という作品があります。
内容は、不適切な「姥捨山」的なストーリーのようですが、
その中でこんなシーンがあるのです。
1)日曜日に日曜礼拝をすることは、国の法律で決まっている。
2)お父さんは、30年間日曜礼拝に行っていたのにそれを破り、「釣り」に行くから、日曜礼拝にはもう行かないよ!と言うのです。
3)そして、おばあちゃんは行かないでしょう?と言うのですが、
おばあちゃんは、政府から「健康証明書」をもらっているので
行かなくても良いのだよと家族が言うのです。
このシーンなのですが、国の命令で日曜礼拝をさせられるというのは、ローマ帝国と同じことをしているのです。
そして、アメリカで1980年代、レーガン時代に同じことが
提唱されたのです。
3000ページに渡る内容の書が提示されたのですが、それらを
提唱して、誰かにやらせても、日曜礼拝させても、人の中身が
神により変えられないならば、何も意味もないただの強制に
なります。
強制、例の毒物も同じ強制。国が奨励することに、無理やり従わせられる。
しかも、「日曜礼拝」は、イスラエルの神、創造主の仰せ、
呼出日ではなく、元々ローマ帝国皇帝の産物であり、
ローマ帝国の皇帝と、太陽神ミトラの日の休日と決めた日なのです。
聖書とは何も関係のない人間の作った記念日です。
いつ、どこで、誰とでも、どんな目的でも集まることは出来ます。
でも、イエシュアに属する人は、誰の言われることを生きるのですか?という問いがあるのです。
神の創造された記念日を捨てる汚す行為は、神の前には罪であり、
これは相当重たい死に匹敵する罪であることを、クリスチャンは
聖書の神の言葉から正しく教えられていないのです。
「終わった廃れた教え〜」という、聖書に書かれてもいない
嘘を、聖書だ、神の教えだ、本当だと教えられているからです。
しかも、偽証してはならない、イエシュアに属する人が偽証して
います。
日曜日は、聖日、主の日、神が呼び出しているモエッド=アポイントメントの日などではありません!永遠にそうではない!
そうならない。
神が人に教えるズレ=神の創造の実態とはズレた生き方=罪の
定義は、モーセの五書にその完全版が書かれていて、マタイ以降には
詳細、罪の定義の完全版は書かれていません。
そこだけを読んでも、神の教えの完全版は分からないようになっているのです。
なぜなら、そこは神の教え=トラーを理解している人に向けて
書いてある、神の教えの短い解説のみだからです。
簡単な事実です。偽情報=神の教えは廃れた!と言う嘘を吹き込まれて、神の言葉を捨てる行為は、神の前に永遠に変わらない罪の定義が
何であるか、メシアを信じながら実は知らない!正しく理解していない!分かってさえいない!という、あり得ない事が起きている!と
言う事に気がついていないのです。
聖別の定義も、人の生き方の詳細全て、人を創造された神が、人の
生き方を教えているのに、クリスチャンは神が教える人の性質
人は〜〜〜をするように神に造られて、〜〜〜をするように神に
造られていない!というインストラクションを大幅にごっそり捨てるように教えられ、人間の教えに従って行動しているのです。
その代わりに人間=ローマ帝国が作った宗教の教え、神の言葉を塗り替えた定義、教え、儀式、慣わし、そして人間が作った記念日を、
神の教えを捨て、神の記念日の全てを捨てて、代わりに代替えを熱心に信奉して祝っている事に気がついてもいません。
人間が作った偽物、まがいものであることに、聖書から聖霊により
気が付く人は、みな本物=神の言葉が伝える事実に生きることに戻るからです。
又は、神は今はいつでも、なんでも人が考える通りにすれば良いと
パウロが言ってもないことを勘違いした読み込みをして、人にそう
教えてしまっているのです。
嘘がわかれば、2度と嘘を言えない、嘘をやり続けられないからです。第一、人間の作った宗教の教えは疲れます。余計なことに時間を
取られて、財力、労力奪われて、無駄になる。
エレミヤ31章にある「新しい契約」とは、その中身、状態とは聖書では、何と書かれているのでしょう?
神の言葉、聖書を読む大前提、スタート地点がズレていれば、
それは聖書=神の言葉ではないことを、勝手に読み込みすることに
なります。そして、それらが、ずっとされ続けて来ているのです。
ボタンの最初がズレた場所にあったら、後は全てズレて歪みます。
間違った聖書解説を、全部一掃しなくてはならないのですが、
何が聖書で、何が神の教えではないのか?
何が神の言葉を歪めた解説なのかも、聖書を読んでも、識別できなくなっているのです。
以下全て、偽の教えです。人間が主張している思想です。
聖書とは違うことを語る人間の思想です。
1)神の言葉が歴史の途中で変化する。
2)ユダヤ人と異邦人は別の生き方がある。
3)昇天以前の人は、生贄と、神の教えを生きて義とされた。
昇天以降は、イエシュアの血の購いだけで許される。
救いの方法が、変化する。
4)ユダヤ人と、異邦人は別の群れである。
5)昇天以降は、神の言葉が廃れて、聖霊時代になったので
それぞれが考えるインスピレーション(霊に導かれるなどと言い換えていますが、それを生きれば良い。
6)異邦人は律法、神の教えを関係ないから、生きなくて良い。
ユダヤ人だけが生きれば良いのだ。
6)昇天以降は、人が神の教えを時代ごとに解釈し直して良い。
7)神の古い教えは、異邦人には関係ない。
異邦人は神が提示した教え=契約を生きる必要がない。
次から次へと編み出された人間の思想、神の教えではないことが聖書だと信じ込まれていますが、これらは全部偽情報、偽の教えです。
「新しい契約」とは、何を指して言っているのでしょうか?
神の契約は1つしかありません。しかも神の契約は変化しません!
神の大家族も1つしかありません。
クリスチャンの世界で語られる「教会」という群れは、聖書には書いてもない!教会という人間が作った造語は聖書にない言葉です。
厳密に言うと、個人個人に対して結ばれた契約がありますが、それらは異邦人であった人たち、ノアやアヴラハムに結ばれた契約ですが、
それらは、全て「シナイ山」の契約に網羅されているのです。
クリスチャンも「信仰義認」などと言うでしょう。
それは、アヴラハムを通して与えられた契約です。
それは、「神の契約」であることを、知らないとなりません。
その契約の印は、「割礼」です。ノアに与えられた契約の印は「虹」
それらを、LGBTが盗んで乱用しています。
信仰義認された人は、もれなく、神が提示する神の大家族の家訓
トラーを生きる!と書いてあるのに全然気がついていないのです。
異邦人には関係ない!と言うならば、異邦人には信仰義認は関係ない!と言っているのと同じです。そして、その宣言はイエシュアと
異邦人は関係ない!と言っているのです。
そして、ユダヤ人と異邦人は別の人間だ!構造、中身が違う!と
あり得ないことを主張しているのです。
同じ人であり、同じアダマ=土、同じ人=アダムから出てきたのです。一人の人から造られた。だから一体と書いてあるのです。
異邦人には関係ない神の契約=教え、それならば、その人たちは
もれなくイエシュアが言われる通り、遠い遠い蚊帳の外、
神と遠く隔たった場所にある、関係が希薄な場所に追いやられる。
天の国では、何も意味のない、価値のない、遠く遠くに追いやられた場所にある、無意味な存在となるとイエシュアが言われました。
神との関係は、神が提示された「契約」を土台としていることさえ
正しく理解していない問題があるのです。
婚姻関係に入ったら、証拠があるでしょう。婚姻証明書。
ユダヤ人の間では、「ケトウバ」という婚姻契約が文字として
書かれたものが、お互いの間で交わされ、与えられるのです。
日本人には、養子縁組というシステムは余り一般的ではない、
そして養子に迎えられた子も、それを本人にも、周囲にも極秘にされているそんな歴史がありました。
アメリカでは、養子縁組は普通のことであり、周囲の皆も知っていて
裁判所で養子が子供として法的に認定されると、喜びマックス、
最大のパーテイが行われて皆に披露されます。
養子に迎えられる、イコール実子と同じ相続権、権利、家族の一員となるのです。
そして、その家族の苗字を与えられ、他の子と何も違わない扱いを
受けるのです。その家族の一員に正式になるのです。
同じ家族が別の家族ルールや養子だから、家族の行事、記念日は別の
事をする、別の部屋で、別の時にバラバラに祝うなどしますか?
しません。大家族は、大家族の生き方、家訓を生きて、その家の父が
教える同じ教えを生きるのです。
西洋人の世界で語られた教え、聖書解説は、裸の王様の服そのものです。聖書にはない別の教えを人間が勝手に作り、それをやらされる。
ジーザス信じて、救われました、罪許されましたという、それ以外の
事が、ズレた聖書解説がされ続けているのです。
しかも、イエシュアを通して、贖い、救われる事、聖霊が内側に住む事は、2000年前に初めて有効になったなどと考えているのは、
聖書の最初に書いてある事実を、書いてある通りに把握して、正しく読み取っていない、理解していないからです。残りの民の定義、聖別された人の定義を、神の言葉=聖書から知らないからです。
神の教え、言葉を捨てて、代わりに人が作った教え、宗教の実践を
やらされている事に、気が付いていないのです。
着てない服を、王様が着ているように思わされているだけです。
子供は素直であり、その通りを見るでしょう。
聖書に書いてないことを、信じる。
サンタクロースの作り話を信じるのと全く同じです。
作り話を信じて、実践している。
サンタクロースが煙突から入って、プレゼントを配りに来ます。
自分で聖書を読んで、神の言葉が永遠普遍である事実は、確かめられるのに、そこに書いてある事と、実際の実践や教えが神の伝える事とは違う!とも気がつけないほど、偽情報に洗脳されているからです。
そういうものでしょう。進化論を信じる人は、進化の過程も証拠も
進化し続ける生物も存在しないのに、それが真実だと思っているのと全く同じことです。地球が音の速度より早く、今も宇宙をバクシンしている?爆発広がり続けている?偽科学も同じです。
事実ではない、単なる人の思想=仮説を真実のごとく語り、人を
意図的に騙しているのが、ある団体なのです。
神の教え、神の言葉、神の性質の進化論を、異邦人は教えられているのです。
そして、人間が編み出した宗教、思想、記念日の実践を聖書だと
本気で信じている。それは、似ている、でも それは違う。
大体、人間が神の言葉を廃れたと、神に成り変わり冒涜を主張し、
神の教えは終了と宣言し、時代ごとにその時代にあった教えに変化
させて良い。LGBTは人権擁護だ!人の選択だ!
人間が神の言葉を再定義して良い。異邦人には関係のない教えと、
そんなことを教師が言えば、そうか〜それが真実かと思うのですが、それは聖書には書いてない教えです。
多くの教えは、今神殿がないから実際に実践されていません。
でも、神殿が存在していた時、その後もエルサレムでは、コルバンは
捧げられていたのです。使徒行伝を読んでも分かるでしょう。
誰も、今の時代のようにローマ帝国が作った宗教の教えや、実践などしてもいません!
未来は、神の家、神殿はエルサレムに永遠に建ち、イエシュアが王の王、主の主、メルキゼデクの位に属する天の大祭司として統治する
時代が来ることが、預言されています。
様々に深掘り、研究、探究、調べないと分からない事がたくさあるのです。
古代のヘブライ人に向けて書かれている聖書を、現代の考え、しかも
人間が作った宗教の曲がった思想で読んで、聖書に書いてある内容が正しく読める、分かる?
しかも、聖書の大元=土台、神の言葉の完全版を捨てて、人間の思想を研究してそれを通して聖書解説する場合それこそ勝手な聖書解説をするのは免れないのです。
イエシュアのたとえ話が別物の教えに膨れ上がるのは、そのせいです。これは、又後で解説したいと思います。
クリスチャンの間では、聖書ではない思想をふんだんに教え込まれて
聖書にない聖書解説が、聖書と堂々と真実として主流に語られています。
神の教え、言葉、救い、贖いの方法が時代事に変わる!と考えている時点で、その思考回路は、神の考えと全くずれた、人間の考えを
土台として聖書を間違った視点=神の視点とズレた人間の思想で
考えている!という事実に先ず気がついてください。
それは、聖書ではなく、人間の思想だからです。
神の言葉は絶対である!変わらない!と信じていないなら、
その時点で既に、神の考えとは全くずれて行く思考回路になっていることに気がついてください。
2本の棒を、少しでもずらしたら、その向く先は、360度ズレます。隣同士重なっても、全く違う方向に行ってしまうことに気がついて下さい。
それゆえに、神は「神の言葉につけたし、差し引きするなかれ!」
人間が神の言葉の遺伝子組み換えをしてはならない!
出現するものが、神の意図とは全くズレた歪んだものが出てくるから簡単な事実を理解しないとならないのです。