大贖罪日までの10日を過ごす時 人の作った教えではなく神の声だけを正しく聞く | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

大贖罪日 今年は10月1日、水曜日日没から木曜日日没までです。

この日、イスラエルの神が、神の子ら全員を、人種に関係なく

呼び出している日です。

神が、イスラエルの神を信じる一人一人を呼び出している!

という事実から、考えてください。

神の呼び出す声、ショーファー、目覚ましコールの音を知る人は

幸いと神が伝えています。

あなたは、その意味を知っていますか?神が創造された本物の

モアデイムを、知っていますか?

神が呼び出している人造の記念日ではない、神ご自身があなたを

招いている日の意味と、そしてそれがいつなのかを知っていますか?

 

詩篇 89:15 祭の日の喜びの声(ショーファーの音)を知る民は

さいわいです。主よ、彼らはみ顔の光のなかを歩み、

 

「悔い改め」と神が教えている、その言葉の本当の意味は、

神の教えに戻る!軌道修正のことなのです。自分よがりの自己反省ではないのです。神の言葉に照らし合わせて、軌道修正する。

毎日悔い改めていますと考えるでしょう。

でも、それは神の言葉に照らし合わせて、そうしていますか?

神の言葉の75%を、古い、廃れた!と捨てているなら、

一体何に照らし合わせて軌道修正するのでしょうか?

 

神の言葉、教えていることと、ズレた生き方を軌道修正するのです。そして、秋の祭りの日では、個人個人だけではなく、神の子ら全体全ての人がするのです。

 

ヨムテルアの日、第七の月の1日=新月の日から、大贖罪日までの10日間、神の言葉、10の言葉に照らし合わせて、一年の

生き方を、振り返り、軌道修正する時期が今なのです。

それが永遠不変の、イスラエルの神の仰せです。

 

神の声に応答する人、異邦人、ユダヤ人、人種には全く関係なく神の言われることを今この時に聞く人は、神の言われたことを

生きる!ということに戻るのです。

神の教えは、ユダヤ人だけ、異邦人だけという、ローマ教、

教皇、教父、司教、オーガスチンやルター、ダービーが言うように、2つ別の教え、契約など実際には存在しないものです。

ないものを、あるあるという、空想話を土台にしては、神が

神の言葉で伝えている永遠の真実にはたどり着けません。

砂の上に家を建てる虚構をしても、それは無駄なのです。

 

クリスチャンの間では、最初の到来と、再臨を語りますが、

再臨をどう準備するのか?という大事な部分、そして日々神の

教えを神が言う通りに生きるということが、ごっそり抜けていることに、気がついてください。その代わり、ローマ帝国皇帝が

主張した宗教の教えを、代替えで生きているのです。

 

その理由?何度も書いている事実、ローマ帝国皇帝勅令により

ローマ帝国支配下に住む全ての人は、トラーを生きることを

禁じられたからです。生きるな!

これは、ローマ帝国下で、イスラエルに対する弾圧、トラーを

生きることを禁じることは、1世紀以降ずっと続いたのです。

 

4世紀、皇帝コンスタンチヌスが、キリストを信じても良いとしたのですが、でもその宗教の実践、教えは、純粋な神の言葉教えではない、ミトラ神、太陽神、当時の大衆の土着宗教の思想が

ふんだんに混ぜられた人造宗教であり、その宗教の思想の土台が、「律法(神の教え、トラー、婚姻)契約は廃れた!それらを、バン、廃止するとしたのです。

しかも、その時からずっと宗教会議で、人間が神の教えを勝手に

作り替え続けているのです。近頃では、LGBTもそれです。

同性婚を、祝福します!666、獣の刻印を、キリストの名を

使いながら、堂々と発表する、世も末なのです。

恐ろしいこと、666は、人間が神の教えを塗り替えて、捨てることを平気でして来た、している、これからもするのです。

 

そのおかげで、異邦人クリスチャンの間では、イエシュアが、

ペテロや弟子、パウロ、聖書に記された「太古からの道」預言者達が書き記した神の教え=トラーは教えられないまま、神の教えではない、イエシュアが教えたトラーを捨てて、違う教えに変えたもの=人造宗教の教えと、記念日を代わりにやるようになったのです。

正確に言うと、純粋な神の教えではない、別物を生きるようになったではなく、最初は、強制的に、別物の教えを、ローマ帝国により生きさせられたのです。神の教えを捨てて。。。。。

これは、1世紀も同じです。投獄、重税、処刑で、神の教え

トラーを、神のモアデイムを生きることを禁じる、ローマ帝国の勅令の強制執行をローマ帝国がやり続けたのです。

その極め付けが70年の神殿崩壊です。ユダヤ人が、トラーを

生きることを禁じられていることに対して、ローマ帝国に対して

反乱〜第一ユダヤ戦争を起こし、その結果、神殿崩壊、110万人のユダヤ人殺害、9000人を奴隷としたのです。

 

それ以降も、ローマの弾圧はずっと続いて行くのです。

強制=トラーを生きる人、神のモアデイムを祝う人、ユダヤ人も異邦人も皆、処刑、重税、投獄をされ続けたのです。

異邦人は元々、トラーを知らない、馴染みない、神のためなど

命をかけない、だからローマ帝国の混ぜ物の教えに迎合し、

ユダヤ人とは、完全決別した、その結果が今の状態なのです。

トラーを正しく教える教師を持たないまま、神の教えとは違う

思想を教えられ、神のトラーを生きない、替わりに西洋宗教の

教え、伝統、記念日の実践をしているでしょう。

そして、それが昇天以降の新しい教えだ!と信じて疑わない。

聖書に書いてもないことなのに。

このローマ帝国迫害下、ヨハナンは、黙示録を、トラーを知らないローマ帝国が分からない隠語で記しているのです。

 

はっきりと、歴史の中で何が起きたのか、そして、神が神の教えを変えてなどいない!聖書に書いてある通り、神は変化しない、神の契約、教えも永遠に廃れない!と言うことが事実なのに、

聖書に書いてあることが、クリスチャンには通じないままになっているのです。

ショーファーの音は、目覚ましコールです。神の声を正しく聞いて!神の教え、婚姻契約に記された、神が創造されたイエシュアの似姿通りの生き方に戻って!それが、本当のあなたの性質だから!と教えているのです。

そして、これは王がやがて到来することを告げ知らせるもので

もあるのです。準備、リハーサル!

神の教え、記念日を変えたのは、神ではなくローマ帝国皇帝です。

イエシュアが来られる200年前のギリシャ帝国も、全く同じ事反キリストの業をしました。

ユダヤ人の氾濫、マカバイ戦争が書かれているのが、マカバイ記です。ダニエル11章に、それが記されています。反キリストが

行う行為は、神のトラーと神のモアデイムを変えること、7:25そして、11章で反キリストがすることの預言が記されています。それが、ギリシャ帝国で起こったことです。

そして、その反キリストの業はずっと繰り返されて行くのです。

 

獣の刻印、反キリストと預言されている、神のトラーと、神の

モアデイムを変える!それを、ずっとやらされて来たから、

異邦人の世界では、聖書に書いてある教えを正しく、神が意図した通り、その意味通りには、学んでいない、生きてもいない、

神の創造された本物の記念日、シャバット、新月、祭りを祝わないのです。

キリストが地上に来られるまで、メシア、購い、救い、許しが

なかった、教えられなかった、人々が知らなかったと、そのようなことを教えられ場合、それは聖書に記されている事実を正しく知らない人に、人間が作った神の教えを変えた宗教の思想を通して聖書を解説されて来たと言うことを、はっきりと知ってください。

イエシュアも言われた通り、モーセ、預言書、諸書=聖書に

イエシュアが書かれているでしょう!と言われたでしょう。

聖書は、モーセの五書、預言書、諸書だけです。

それを聖書と、聖書には書いてあるのです。

マタイ〜黙示録は、使徒の書簡、モーセの五書、預言書、諸書の

ほんの短い短い抜粋、註解なのです。そこには、神の教えの

完全版は復唱して記されていません!ほんの狭い範囲の教えだけが引用され、語られているだけです。

聖書=モーセの五書、預言書、諸書それを知る人は、メシアが

来られることを知っていた。

イエシュアがされた購い、救いの業が、トラーの中で全て教えられているから分かる。

秋の大贖罪日で教えられた一連のことを知るだけで、それらが全て永遠の中にあるイエシュアの購いの業を教えている!と

理解できるのです。理解する人、いない人、理解の度合いはそれぞれ違っても、神の教えは、クリアーに永遠にトラーの中に

完全版として記されているのです!

 

私達が知らなくてはならないのは、人間が神の言葉を廃れた!

と言い続けている、冒涜的なローマ帝国が作り替えた宗教の教えではなく、純粋な神の言葉なのです。

 

神の教えは、人を守るためのものであり、神は人を神の教えで人を締め付ける為に与え、厳しく人を支配、管理、監視するためのものではありません!

律法に戻る気か!と教えられ続けている、その蛇の声のスローガンは、まさに恵の神に変身する前の怒りの神という、偽のイスラエルの神像、変化する神像、偽の神像を人の意識に刷り込み続けて、安全帯、鎧兜を捨てよ!と言う蛇の声そのものです。

そのような教えが、危ない!危険!と気が付くことさえもできない。なぜなら、神の教えを捨てる、イコール正義!神が恵で

厳しい律法を十字架で破棄した!という大嘘、偽情報を刷り込まれているからです。

 

神は、神の教えを人が守るという目的の為に、神の教えを与えているのではありません。

神の教えは、人を守る為にあり、それを、守ることが目的ではないのです。意味が通じますか?

国の様々な憲法や法律は、人がそれを守ること自体が最終目的で作られているのではないでしょう。

様々な憲法、法律、規定が作られているのは、それらにより、

人が安全に守られる、互いに侵害されない、権利を剥奪されず

保護される為に、それらが作られているのでしょう。

法律を守る為に、人は人生を捧げているのではないのです。

人が、安全に生きられる為に、それらの規定がある、

こんな簡単なことも分からなくなるのは、キリストが来られる

以前は、怒りの神により、律法で人が縛られて、監視されていた!律法をどれだけ守れるか、神が見張っていたと言うような

教えが刷り込まれた思考回路で考えているからなのです。

宗教の教えこそが、毒そのものなのです。それは嘘、偽物、

トラー=婚姻契約に書かれたイスラエルの神の声ではない!

そして、よっぽど律法的です。

神は厳しい律法を与えて、それを人が守れるか守れないか

監視している、結局こう言う思考回路、思想がクリスチャンの間

ガッチリ浸透し、誤解した偽物のイスラエルの神像を土台にして、偽情報で、聖書を曲げて解説しているのです

聖書に登場する人は、誰一人、西洋宗教思想で、神の教えを

考える人は、いない!という事実を知ってください。

彼らの意識が、どれほど異邦人クリスチャンと違うのか、

詩篇を読んでも分かると思います。

クリスチャンが憎むように教えている神の教えを、昼も夜も

こよなく考え、愛し、それを生きる喜びを歌っている!

それが人の本来の生き方であり、神に最も近い場所に自分を留まる秘訣だから、それを生きる喜びが書かれているでしょう。

クリスチャンの間に浸透した教えは真逆。

神の教えを、律法、人が生きれない厳しいもの、呪い、古い

悪い、破棄された!とんでもない冒涜を、イエシュアに対して

言っていることに、全く気がついていないのです。

 

偽のイスラエルの神像自体が、父なる神、イスラエルの神を

多大に誤解して、別の神像=怒りの神という偽の神像を植え付けられているのです。

再臨再臨!と待望するなら、神が言われた通りに、その再臨を

待ちなさい!と神に言われていること、聖書から気がついてください。気がつかないで、神の教えを丸無視している!

その代わり、ローマ帝国の教えを、忠実に生きて、別のチャンネルの番組に登録して、違う教えを聞いている!と気がついてください。似て非なるものを聞いても、本物は分からないのです。

 

神の教えを生きて、メシアの到来を待ちなさい。

神が設けた、神との特別な会見、未来預言、イエシュアの到来を

準備して待つ。

それがショーファーを吹く日。大贖罪日、そして仮庵の祭りなのに、これ、クリスチャンが信じた最初から教えられて生きて来た

ということがない!これこそが、変!と気がついてください。

イエシュアが、神の記念日を祝い、人にもどう祝うのか、教え

パウロも、神の記念日、祭りを祝い、それを教えていることが

マタイ以降にずっと記されているのに、そこに日曜礼拝、

クリスマス、イースターが書いてある?書いてもないのに書いてあると思い込んで読んでいるのです。