嘘から目覚めるには神の言葉に戻る 神を神と認める 神の言葉が永遠不変と信じて生きること | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

神の永遠不変の言葉、教え=真理に 人間の編み出した教え、

伝統、別物を混ぜる それが宗教です。

ローマ教の場合は、太陽神、ミトラ神、ミトラ=太陽を崇拝する宗教が混じり、そして土台が、神のトラー終了!と言うローマ

帝国皇帝の勅令を土台として作られた宗教なのです。

だから、西洋宗教画は、全部白人で太陽神のシンボルの輪っかが

頭に上に描かれているでしょう。偶像も同じ。

そして、人間が神になり変わり、聖書ではない教えを、

どんどん作り続けて行った、まさに人造宗教そのものなのです。

 

だから、冬の冬至を境に不屈の太陽の神の日照時間が延びる

その日、異教祭りの日を、キリストの誕生日などと、勝手に設定し、それを祭りとしたのです。

神のモアデイム、アポイントメントの日、「永遠に祝われるわたしの記念日」と神が人に紹介し、未来全人類がこの神の記念日、

レビ記23章の全てを祝う預言がされている、そのものを捨てて

別物の記念日を作ったのが、このローマ教、人造宗教です。

それを、神の教えと教えられ、それが昇天以降の神の新しい教え新しい記念日、神がそれを祝えと人に伝え変えた!?と、完全に

ローマが作ったものを、神が作ったと勘違いし、それが本当と

思い込んでいるでしょう。いや、今は人造だろうが、なんだろうが、キリストとさえ言っていれば、なんでも良いと考えている。

 

この様に神の教え、記念日を塗り替える行為こそが、神が警告

する、イスラエルがやったことと同じ罪。

神の教えを捨て、神の記念日を捨て、人間が勝手に編み出した

教えと、記念日にすり替える行為!罪です。ダニエル7:25

反キリストの行為であることは、聖書の至る所に警告として

記されているのに、全く気がつかないでしょう。

ヤラベアムの罪、高き所の礼拝=異教神の礼拝場で、異教神の

儀式、記念日 伝統、 慣し、シンボルでイスラエルの神を拝む、姦淫の罪!そのものと、神が警告しているそのものなのです。

 

生ぬるい=神の言葉に、偽物、人間の教え、異教神の教えを

混ぜたもの、それが生ぬるいと黙示録にヨハナンが記した、

姦淫の罪、高き所の礼拝、ご法度、神が最も忌み嫌う罪!と

指摘しているものなのです。

 

神の教えを無視することは、イコール神との基本的な関わり、

関係を崩すものであるのです。

当然でしょう?もし、自分のパートナー、夫婦間でも、友人

関係でも、相手の言う事を無視する行為は、相手に対しての敬意も無ければ、相手を軽々しく見ている、関係を大事にしない、

軽く相手をあしらう行為そのものと分かりませんか?

それをイエシュアを信じながら、神に対してし続けているのに、全く無感覚なままなのです。

それは、人が作った宗教の教えに邁進しているから、神を愛していると錯覚しているのです。しかも、神の教えは神が十字架で終了させてくれたのに、そのためにジーザスが死んでくださったのに、その古い悪い教えに戻ることこそ、悪だ!恵を捨てた生き方だと、パウロの言葉を完全に誤解し、ローマ帝国皇帝勅令を

信じているのです。

神を愛する人は、神の仰せ=トラーを生きると申命記の言葉を

イエシュアも引用して伝えているではないですか?

それが、神を愛している証拠、実態、行動、生き様で神への愛が

示される!と教えているでしょう。

空想で聖書を、イエシュアの言葉を読むから、書いてある本来の意味が見えないのです。そして、不適切な翻訳用語と、聖書記者の意図とは完全にずれた、西洋宗教思想で聖書を曲げて読んでいる聖書解説をしているから、事実が見えてこないのです。

イエシュアは、100%モーセの五書、父の教えから教え、

父の教えを正しく教える、それが成就と言う言葉の意味なのです。

聖書に書かれていることが、クリスチャンには正しく通じていません。その理由は、異邦人が聖書に書かれている意味通りではなく、人間の思想で聖書を利用して、神の教えを曲げて語っていることに全く気がつかないまま、それが聖書に書かれている!と

勘違いしたままだからです。

だから、正しく聖書に書かれている意味通りを学び直す!と言う事を、教師がしなくては、ならないのです。

 

シャバットの重大さ、意味を、クリスチャンが知らないのも、

大きな落とし穴なのです。聖別を汚す、神を汚す!と神が警告していても、人ごとにしか聞こえないでしょう。今は関係ない

廃れた教えで、自分はユダヤ人じゃないから関係ないとクリスチャンは考えているのです。

それは、神が言われたことが真実!と信じていないことなのです!信仰の土台が、人間の教えにすり替えられた!ということにも気がついていないのです。

 

シャバットは、全世界へ向けて、神が創造主である宣言であり

神が言われる事を信じて、神が言われる通りに生きる!という

基本中の基本を教えているのに、イエシュアを信じる人が、

偽物の教えに騙されて、神が言われることと違う事をしている!という事を、聖書に基づき気がついていない、この騙しがあるのです。シャバットは神が神の子らに与えた、婚姻指輪、印です。

神が永遠にこの婚姻契約を土台に、人との関係を証明、保証

してくださるものです。

先日殺害された、チャールス カークさんも、シャバットの

事実を聖書から発見し、その事を声を大にして、クリスチャン達に、主張していました。そうです。神の真実に生きる事を追求する人は、神が伝える永遠の真理、言葉、教えを、聖書から再発見し、生きることに軌道修正をするのです。

それ以外、神の言葉以外に、真理の道はない。真理の道を歩む道から外れたら、必ず迷い出た状態のまま。迷い出る=人間の偽物の教えの奴隷になります。

救われたのに、又、人の教えの奴隷になったままになるから、

元=神、神の教えだけに戻る!神の教えが神が言われる通り、

永遠不変の真理、神の子ら全てに対して、時代に関係なく変わらない!と神が伝える真理を発見した全ての人は、人間の教え宗教の教え、偽物、まがい物、混ぜ物と決別しているのです。

 

異邦人は、信じた最初から、人間が作った宗教の教えに変換して解説される聖書解説だけを聞かされてきた代償は大きいのです。

でも、これは修正可能です!神の言葉だけに戻り、神の言われる通りを最初から学び直し、知り、神が言われる真実、神のみ旨

意図通りの生き方に戻ることができるのです!

それが本当の生き方であり、祝福された生き方で、命を生み出す

神が意図した通りの生き方だからです。

人間が編み出した宗教の教えは、歪みがあります。

ある部分真理でも、それは偽物、混ざり物、まがい物、コピー品生ぬるい!と警告されているものだからです。

 

詰まり、人間主体の思想、それが信仰の土台になってしまっているのに、神を信じて、忠実に生きていると錯覚しているのです。

自由になった!神の教えから解放された!おかしな思想。

それは、神=イエシュア=聖霊から離れて、自由になった!と

言っているのと全く同じ事を主張しているのに、自分が言っている意味にも気がついていないのです。

安全帯を自ら切って、自分を危険な目に晒していることに

気が付けない。

神の言葉は廃れたというローマ帝国の大嘘を信じることが、

おかしなことだ!と気がつかないとなりません。

見聞きしている教えが、ローマが作った宗教だと言うことさえ

知らないと思います。だから西洋宗教というのです。

イスラエルの神は、人間ローマに神の教えを塗り替える別の教え

をして良い!などと、言う訳ありません。そんないい加減な神は聖書には記されていません!

遠い昔、古代の4世紀にローマ=人間、ローマ皇帝が神の教えを塗り替えて作った時の新興宗教。

それが、ローマ教、カトリックは、ユニバーサルという意味は

万人、世界という意味であり、これバベルの塔に繋がる意識です。

人間が神になり変わり、人間の力で神と同等の場所に上る。

神の様に権威を持ち、聖なる父などという、神の名で呼ばれる?こと自体が、してはならないこと。

神に聖別された人は、神の名=実態を、神の性質通り、神の言葉で教えられている通り、地上で反映する影を映し出さなくてはならないのに、やってることが、神の教えを否定した、人間が

編み出した宗教を混ぜて、本体=イスラエルの神=イエシュアの

実態と離れた、別物の影を映し出している!ということに

全く気がつかず、厳かに謙虚に神に仕えていると思い込んでいるのです。

神は、イスラエルの神に属さない異物を持ち込まないで!と

言われているのですから、それらは全て排除しないとならないのです。

イエシュアが教えた新しい、古い律法とは違う別の教え、

初めて聞かされる福音などと勘違いしているから、神の言葉の

進化論を語る教師が嘘に気がつけないのです。

 

聖書、神の言葉に基づき、正しく考えていない場合は、人間が

編み出した宗教の思想、哲学で、聖書とはずれた解説をしているのに、全く気がつけない状態になっているのです。

 

神の言葉は、クリスチャンが主張する様に、人が生きれない

難しいものではありません!と神ご自身が伝えているでしょう。

どうして、神の言葉を真っ向から曲げていることに、完全盲目なのか?それはローマ教、皇帝の教えを、聖書!という嘘を信じているからです。嘘の教えという目隠しをされたまま、聖書を

読みながら、違う教えに頭の中で、人間の教えに変換して、

神の教えとは違うことに変換して、読み替えているからです。

 

神を愛しますと言いながら、イエシュアそのものである、言葉

神の教えを捨てて、無視して、否定し、律法は悪い、廃れた!

と敵対心をもち、毛嫌いして、人間の教えを生きる。

これは、神が伝える神を愛する生き方とは、真逆の生き方です。

書いてある通りを曲げない。曲げる=神の教えは変化して、

古い悪い律法!という、ローマ帝国皇帝が編み出した宗教の教えそれに連なる同じ思想のダービー教、神が変化、神の言葉が

変化、イスラエルと異邦人は別の群れ!という大嘘を捨てないと

神が伝える永遠の真理は、嘘で隠されて、目の前に書いてあっても、これは終了した教え!と自分の頭脳に嘘を植え続け、別の種を、悪い地=神の言葉を理解しない頭脳に受け続けて行くのです。

エゼキエル 20:16 これは彼らがその心に偶像を慕って、わがおきてを捨て、わが定めに歩まず、わが安息日を汚したからである。

 

<ここに反キリストが導く罪!ギリシャ帝国、ローマ帝国、

いやそれ以前、バビロン、カナン人、アモリ人の罪、

そしてヤラベアムの罪、神の教えではないものを通して

イスラエルの神を拝む。それが偶像と書いてあるのです。

人間の編み出した宗教思想教理!それが偶像です。

そして、それを慕う、信じる人は、神のおきて、教え=トラーを捨て!定め=トラーに記された神の教えに歩まず、その結果

神の安息日=第七日目のシャバットを汚した!

気が付きませんか?日曜礼拝はシャバットではない。

日曜礼拝をシャバットと言うこと自体が、罪そのものであり

神の定めを捨て、ローマ帝国、人間の教え=偶像を慕い、それに

忠実に生きている!と神が警告していることなのに、今は神の

教えは終了したから、関係ない!と言う大嘘を平気で主張し続けている罪に気がつけないまま、神に対して冒涜、神のシャバット

神の教えは、廃れた!と言う大嘘を人に教え続けているのです。

 

20:19 主なるわたしはあなたがたの神である。わが定めに歩み、わがおきてを守ってこれを行い、

<神の教えを捨てる人には、神が何を生きよ!と教えているのかさえ、理解していないのです。ローマ帝国の宗教を生きよ!

などと、イスラエルの神は人に教えません。>

 

20:20 わが安息日を聖別せよ。これはわたしとあなたがたとの間のしるしとなって、主なるわたしがあなたがたの神であることを、あなたがたに知らせるためである。

 

神が伝える、「わが安息日」とはいつですか?あなたの、

ローマ帝国の安息日は日曜日でも、イスラエルの神が伝えるわたしの安息日とは永遠の第七日目であり、未来イエシュアが戻られたら全世界がシャバットを第七日目に祝い、新月を月の第一日目に祝い、過越、仮庵の祭りを祝う様になる!と預言されているのです。>

 

20:21 しかしその子どもたちはわたしにそむき、わが定めに歩まず、人がこれを行うことによって、生きることのできるわたしのおきてを守り行わず、わが安息日を汚した。そこでわたしはわが憤りを彼らの上に注ぎ、荒野で彼らに対し、わが怒りを漏らそうと思った。

 

<神の教えは廃れた!と捨てる様に人に教え続け、神の教えに

歩まず、人が生きれる行える神の教えを守り行わず、これそっくりそのまま、西洋宗教が教え、古代のイスラエル同様、同じ罪をやっているでしょう。

人が生きれる、行えると神が言われているのを、クリスチャンは厳しい、呪い、古い、人が生きられない律法!と教えられ、そう言い続けて、神の教えを、堂々と無視しているのです。

部分的に、自分に納得いく教えだけを、拾い出して、勝手に

生きている。>

同じことが、書かれています。神ご自身が、神の伝える教えは
むずかしくない!と言っている。どうしてですか?それが本来
神の性質に似せて創造された本物の自分だから。性質通りに
生きよ!とかみが伝えている意味が、全く通じず、神の教えを
忌み嫌い、敵対する様な意識をクリスチャンはずっと刷り込まれ
続けているのです。神の教えに古いも新しいもありません!
そう言う誤解自体が、聖書とはずれた思考回路のまま、空想で
聖書を読み込みし、元=教科書の本編、神の教えの完全版を
教えられることも、正しく学ぶ機会も奪われてきたのです。>
 
 

 

続く