聖書に書いてある通りに聖書が、クリスチャンの間で正しく解説されているのではなく、人間が編み出した宗教思想を通して曲げられて解説されている理由は、人間=ローマ帝国が、4世紀に
作り出した新興宗教、ローマ教の出現で、神の教えを人間が
削除、否定する思想で聖書が語られることが始まったことです。
ローマ教が作られる以前、1世紀から既に、ローマ帝国では、
神の教え=トラーを生きることを、全面禁止!重税、処刑、
投獄を持って、トラーを生きる人達、ユダヤ人が中心ですが
その人達を弾圧、処刑したのです。
その極め付けが、ユダヤ人の反乱、第一ユダヤ戦争と呼ばれるもので、70年にローマが神殿崩壊し、ユダヤ人110万人が
処刑、9000人がローマの奴隷、その他世界へ散って行った
歴史の史実でも分かるでしょう。
どれほど、サタンがイスラエルの神と、イスラエルの神の民
神のトラーを生きる人を、殲滅しようとしているのか。
エデンの園の最初から同じ反キリスト。
世界がイスラエルを弾圧、憎むのは、イスラエルが何かするからではない、イスラエルがイスラエルである、神の選ばれた民で
あり、神が真実であると証明されてしまう人達だからです。
考えたら分かると思います。どうしてこれ程までに、神の言葉が歪められ、偽物のイエシュア像=イスラエルの神像、神の言葉が
曲げられるのか?それは、エデンの園の蛇のやったことと同じ。
神の言葉を潰し、歪め、変えれば、人を破壊できるからです。
だから、イエシュアを信じる人は、偽物=蛇の声と、神の声=
言葉、教えを聞き分けないとならない!騙されるな!と最初から教えられています。命を守り、ガードし、安全に保たれるためです。
そして、ローマ教皇、司教、教父達が編み出した神学教理=
聖書ではない、聖書記者が意図していない思想、聖書とは
何の関係もない思想を通して、翻訳聖書を利用し、神の教えの
ごとく読み込み、解説し続けているせいです。
歪んだ鏡に、写しだされる被写体が、歪むことと同じことをしているのです。元の本物の姿、純粋な神の言葉、教えが、
人間の宗教、教理、思想というフィルターを通して、正しく現れ出て来ないで、別物、歪んだ物、本体=神の言葉を離れて、
別の影を映し出し、勝手に地上を歩き回っているのです。
ある部分は聖書の事実でも、教えの土台そのものが神の教えを否定したものであり、神の言葉とは違う人造宗教思想。
そして聖書解説全体に歪みを与えて曲げられた教え、人間の思想で、神の教えが正しく教えられていない、違う聖書解釈が語られてしまっているのです。
今世界では、確実に、神が、神の教えからズレた教えから
人々を軌道修正する様に、神の教えの真実に目覚めさせること
をしているのです。
真理!太古から語り継がれた同じ神の教え、福音に戻る!
神の言葉に戻る、悔い改め、修復、修正、神の言葉の
真実に戻ることを、多くの人が目覚めてしているのです。
神の教えに、古い、新しいという区別、分類があり、異邦人と
イスラエルとは別の教えと教えられているでしょう。
それこそが、偽物の教えであり、偽教師が、偽物教えを教える!と神が警告しているそのものズバリ、神に敵対するものの考えを語る思想なのです。神が伝える真実、真理と真逆を言う教え!
違う教えが、聖書に書いてある!と考えている時点で、偽物の
教えを土台として考えている!聖書記者が書いた文脈、意味で
考えてはいない!と、はっきりと、神の言葉から気がつかないとならないのです。
聖書を教える教師こそが、聖書の語る永遠の事実に、気がつかないとならない。
クリスチャンは、律法、古い、悪いと言い続けていますが、
律法などという翻訳用語は、ヘブライ聖書にはありません。
イエシュアも、詩篇を語る時、ノモス(ギリシャ語)でそれが
記されていますが、詩篇は律法と思わないでしょう?
律法という不適切な翻訳と、思想=古い教え、悪い、マタイ以降に新しい教え、律法を破棄した教えが書いてある!という大嘘からはっきり目覚める人、聖書の記述から目覚める人は、神が最初から最後まで同じことを教えている、永遠の事実を発見できます!
詩篇 78:1 わが民よ、わが教=トラーを聞き、わが口の言葉に
耳を傾けよ。
<ローマ教、ダービー教、デイスペンセーション神学は、
わが教え=トラーから耳と目と意識を背け、私の口の言葉=
トラーに聞くな!という、蛇の声を教え続けていることに
気がついてください。神の言葉とは真逆を教えている!
赤信号点滅は、神の言葉を正しく聞く人に、神が警告を発していることに気が付けるのです。狼の声を聞いてはダメ!
わが民=イスラエルだけ!と考える人は、イエシュアが言われた言葉も正しく理解していないのです。
わたしの羊はわたしの声=トラー=父の言葉を聞き分ける!
と言っているでしょう。声=コルとは、神のトラー=クリスチャンが律法と教えられている、神の教え、言葉のことなのです。
それを捨てる人には、狼の声と、羊飼いの声は聞き分けられなくなるのは当然のことなのです。偽物の教えと、神の本当の教え=トラーを聞き分ける唯一の方法は、神の言葉=本物を正しく学び知り、ローマ教、デイスペンセーション神学、神の教えは廃れた!という大嘘を聞かないことなのです。
傾けよとは、文字通りあなたの耳を引っ張って、神の言うことを聞いて!と言う強調です。>
78:2 わたしは口を開いて、たとえを語り、いにしえからの、
なぞを語ろう。
<いにしえという言葉は、ケダムという言葉で、時と地理、
両方表す言葉ですが、神殿の東、エデンの東という言葉の様に
東がケダムというヘブライ語で記されていれば、それは、「時」
を表しているのです。いにしえ、ケダム、永遠です。
神が語ることは、永遠の中から、永遠に同じ!>
78:3 これはわれらがさきに聞いて知ったこと、
またわれらの先祖たちがわれらに語り伝えたことである。
<エデンの最初から語り継がれた、同じトラーのことを、語っているのです。アダムから出た父〜先祖代々が、神から聞いた
同じトラーを、同じ様に子孫に語ったとあるのです。
口頭で神からイスラエルの先祖代々が聞いていた、同じ教え、
エデンから同じトラー=教えを、正式に婚姻契約書として、
モーセに文字として、永遠の証拠、神との関係が保証されている
根拠、神の大家族の家訓の書に記された完全家訓が与えられたのです。>
78:4 われらはこれを子孫に隠さず、主の光栄あるみわざと、その力と、主のなされたくすしきみわざとをきたるべき代に告げるであろう。
78:5 主はあかしをヤコブのうちにたて、おきてをイスラエルのうちに定めて、その子孫に教うべきことをわれらの先祖たちに
命じられた。
<すらっと読んでも見えないですが、意味が分かると、神は永遠から永遠に同じ教えをしている証拠が、聖書にはずっと記されているのです。
おきてとは、神のトラーに記された神の命じる教えのことです。
ヤコブ=イスラエルの子孫にたてて、与えた婚姻契約。
神の大家族の家訓です。それを、同じ様に、イスラエルの大家族に加えられた全ての人、一人一人が、子孫に教えるべきと、神は
イスラエルという全人類の代表、先祖たちに託されて、伝えたと
あるのです。
それをぶち壊そうとしているのが、サタンです。
人が生かされる、生きれる教えを、覆い隠し、神の教えは、
古くて、悪いものだぞ!という偽の意識を刷り込み続けているでしょう。>
78:6 これは次の代に生れる子孫がこれを知り、みずから起って、そのまた子孫にこれを伝え、
78:7 彼らをして神に望みをおき、神のみわざを忘れず、
その戒めを守らせるためである。
<子供達へ、次世代へ、今の時代の人が次へ、真理=神のトラーをずっと教えよ!それは、神だけに望みを置いて、神の言われた
言葉が真実である、その土台に望みを置き、神のされたみわざ
私達を永遠の中から購い、救い出し、神と出会わせてくださり
新しくされた人を取り戻してくださった、これからも救い出し続けてくださる、そのみわざを忘れず、神の戒め=ミッツボット
神の性質通りに造られた自分の、性質ぴったりを生きることを
ガードし、自分の命をガードするため!と書いてあるのです。
神の教えを捨てる、イコール、鎧兜、安全な囲い、要塞に穴を
開けて、敵を容易に進入させることなのです。
自分の行い=自分が神の言葉、教え、仰せを捨てることにより、自分に危険を招く。それが呪い=アルア という言葉の意味です。そして、次の世代とは、最後の世代、イエシュアが来られる世代の人は、それ以降、神の教え=トラーを忘れない!と書いてあるのです。偽物の教えから、本物の神の教えに戻り、それ以降の人は、神のトラーを忘れない。これはエレミヤ31:31の預言とぴったり同じことを言っているのです。>
78:8 またその先祖たちのようにかたくなで、そむく者のやからとなり、その心が定まりなく、その魂が神に忠実でないやからとならないためである。
<そむく者とは、神の教えに背を向ける、抵抗する、(神の教えから)離れる、後退する、反抗的な、反乱者、後退する、頑固な、という意味です。これ、ずっとイエシュアを信じながら
知らない間にやらされている、やっているのです。
神の教えではない、偽の教えを教えられて、神の教えを捨てよ!
と教えられているからです。
心が定まりなくとは、頭脳、思索、考え、行動が神の教えと一致していないことです。詰まり、神が教えていることを、理解していない状態のことです。
魂が神に忠実でないやから、この忠実という言葉は、アーメンが
語源のエムナ、אֱמוּנָה, 信仰、信じることなどと翻訳されていますが、エメット=真理、同じ文字で表される、同じ意味を共通する
言葉です。詰まり、神の語る言葉、トラーの真理に根付き生きることが信仰であり、それらは真実な生き方であるのに、
もし、神の言葉に背き、生きるなら、それは神の言われることに
信頼して、真実、真理を生きることとは逆のことをさせられてしまいます。神の教えに「忠実ではないやから」とあるでしょう。
同じ事を、ペテロは、この箇所を考えて、警告しているのです。
2ペテロ3:16彼(パウロ)は、どの手紙にもこれらのことを述べている。その手紙の中には、ところどころ、わかりにくい箇所もあって、無学で心の定まらない者たちは、ほかの聖書についてもしているように、無理な解釈をほどこして、自分の滅亡を招いている。
神の教えに忠実になるな!神の教えは古く破棄され、恵のない
生き方に戻るな!という蛇の大嘘、まやかしに神の言葉から
はっきり気がつければ、毒を薬!と思い取り入れていた行為で
あることに、気がつけます。
この定まるという言葉は、神の言葉は永遠に固く立つ、確立する、成就という言葉と同じです。
(正しく)直立する(すなわち垂直に立つ)
. 故に(原因的に)設置する、多種多様な用途で、文字通り、
確立する、固定する、準備する、適用する、又は比喩的に任命する、確実にする、適切な、または繁栄させるという意味がある
クムという言葉です。
イエシュアが神の言葉を成就するために来たとは、終わらせるために来たと教えられているでしょう。
聖書に書かれている意味を、人間の思想で読み解く弊害なのです。頭脳が定まらない、神の言葉を捨ててぶれているずれていることなのです。
グレーゾーンはありません。聖霊か悪霊しかない。
中間の霊などない。どちらかです。
それと同じで、真実か嘘か、どちらかです。
神が言われた通り、神の言葉が永遠に変わらない。それが真実。
熱い=本物、冷たい=異教の神々 生ぬるい=神の教えに人間
異教の神々の要素を混ぜる宗教。
クリスチャンの世界で語られる、神の言葉が歴史の途中で変化する、それが嘘です。真実であり同時に嘘なんてないでしょう。
真実であり嘘であるということが、あり得ないと単純に理解できるでしょう。
足元をすくわれ、揺るがせられているのに、気がついてないのです。
神が言われたことが、本当であり、人間が作った教えが嘘です。
嘘を信じたら、本物が見えなくなり、破壊される、神と隔たりができる。偽物を本当と信じると、自分の性質とは違う生き方をしてしまうということが起きるのです。
エルサレム以外の所に、神の至聖所、祭壇を作り、そして、
異教の神々の礼拝方法、偶像を作りイスラエルの神を拝んだ。
左がイスラエルの神の柱像、右がイスラエルの神の妻、女神柱。
マリア女神も、宗教の作りももであり同じです。
1列王記12:27−33 ヤラベアムの罪と言われるものが
今もずっと信じる人の間で浸透しているのです。
ヤラベアムの罪=人間が神の言葉を塗り替えて、勝手な宗教を
編み出す神が最も禁じ、忌み嫌う!姦淫の罪と伝えているもの。
黙示録3:15 わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。
3:16 このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう。
熱い=イスラエルの神の教え、冷たい=異教の神々の教え
生ぬるい=イスラエルの神の教えの中に、人間が編み出した
別の教え、異教神太陽神の思想を取り入れて作った宗教。
イスラエルの古代ユダヤ人の街の遺跡
