神が創造された人は、神の似姿、イエシュアの性質通りに造られたと書いてあります。
人だけが、神の奥深くにある考えを、神の言葉を通して、神との
対話の中で知ることが出来る、神と対話出来る唯一の存在です。
神との対話は、神の言葉、言葉を通して伝えられるのです。
もし、神の言葉を捨てるならば、それは神の考えていることは
その人には届かなくなることは否めません。
人が、神が創造された全ての創造物、世界を、神の意図通りに
治め、ガードし、生きるように神から託されました。
それが、礼拝、アボダ=神の性質通り、神の創造された世界を
神の意図通りに治めて生きる全て、礼拝と訳されている本当の
意味は、生きる、治める、ガードする、エデンの園の中での生き方そのを管理しガードすることを通して教えています。
聖書は、最初の数行の中で、神の教えの全部は解説していません。説明するには、数少ない言葉では解説できないからです。
創世記の最初の3章の中に、聖書全体のテーマが凝縮され記されています。
そして、モーセの五書全体で神の教えを解説しています。
十戒と訳される、「10の言葉」が、モーセの五書=神の教え
全体のタイトル、題目なのです。
クリスチャンの世界で教えられる、人間の思想、教理は、
神の言葉=聖書を、勝手に差し引き、付け足し、変えていますが
神の言葉はDNAであり分解出来ません。
臓器摘出出来ません。10の言葉もカトリックもプロテスタントも勝手に変えていますが、それは聖書の土台、柱であり、
変えてはならない、変えるから別物の教え=人間の思想が混ざった宗教の教えを編み出し続けて来ていることに、はっきり目覚めれば、神の伝える永遠の真実が聖書から読み取れます。
そして、ヨシュア記から、マラキは、モーセの五書=神の教えを詳しく解説しているものなのです。この箇所、書がモーセの五書
の正しい註解書、解説書であり、ダービー教、置換神学やデイスペンセーション神学は、聖書を正しく解説していない人間の思想が混じった、西洋宗教の教えを解説している教理であり、
聖書を正しく解説していません。
そして、福音書〜黙示録は、創世記〜マラキの短い解説であり、特にトラー=モーセの五書=神の教えの抜粋が書かれているものなのです。
エデンから出て、エデンに戻る!それが、創世記〜黙示録です。
聖書は最初から最後まで、同じテーマ、同じ神の言葉、教えしか記されていません。
もし、イスラエルの神が、ローマ皇帝や、その他、西洋異邦人
教父、教皇、デイスペンセーション神学ダービー思想や、置換が
唱える、聖書に真っ向から相反する変化する性質のイスラエルの神像であると仮定するならば、それらはこう言うことを言っているのです。
神の言われることは、定まらない、訂正する必要がある不完全な神の言葉が最初に伝えられた。神の性質も変化する性質だから、未来も同じように、変化する性質通りに、神は変身、変化、
気が変わり、契約も約束も変えるのだ!となります。
その思想に基づき考えたら、とんでもなく聖書と相反する矛盾だらけの思想です。神ご自身がご自分の口から直接紹介している
創造主の性質、変化ない神の性質とは、真逆な肉の人間の空想
思想を全世界に吹聴している聖書とは異なる思想なのです。
神は人間ではない!人間のように気が変わり定まらない神など
ではない!と言うことが、聖書に記されているのに分からない
場合には、人間と同じような神〜変化、気が変わると言うことが、神の言葉自身を否定して乗り越えて言えてしまえるのです。
それらが、人間が編み出した偶像の神々なのです。
人の中にある意識、思想から作り出す偽物、偶像の神々。
偶像を作るな!とは、偶像を作る根拠は、人の中にある思索
空想、意識から出て来るものだからです。
だから、神の言葉とは違うことを言うそれら全ての教えが
偶像そのものである!と言う神の言葉の意味を理解しないと
ならないのです。思想が形になる=それが目に見える偶像という像であり、その裏には人の考えがあるのです。
考え〜目に見える形、一体です。
実在しない、人間が考えた神々、神像。それと全く同じことを
創造主であるお方に対して、何も考えずにし続けているのです。
エデンの園を出てすぐに、カインとアベルは供物を神の前に
捧げていることが記されています。
その箇所には前後の脈略、詳しい説明など何もありません。
その事実だけが、忽然と記されています。
詳しく書かれていませんが、確実に、神は同じトラーを口頭で
エデンの園から、アダムとハヴァに教え続けているのです。
だから、神の前に、カインとアベルは供物をしているのです。
この供物は、生贄や犠牲などという言葉でも訳されていますが、
ヘブライ語では、コルバンという言葉です。
引き寄せると言う意味の、ヘブライ語であり、これは腹の中など
近いと訳されている言葉、語源と同じです。
これは深いことが、数々盛り込まれて教えられているものです。
先ず第一は、神の前に出る、神と関係を持つ上での意識、状態、その大前提が記されているのです。そして、神が伝える通りに
神の前に出る、神との関係を神が伝える通りに結び、それを育むことを教えているものなのです。
そして、一番の大前提は「永遠の中に屠られた子羊の購いの代価、イエシュアを通して新しくされている事実」を最初から、
どの時代、どの人種にも教えているのです。
アベルとカインは異邦人です。アヴラハムも異邦人です。
神は、イスラエル、ユダヤ人を創造されたのではない。
神は、イスラエルだけの教えを伝えたのではない。
この点を、クリスチャンの間では、間違った教えを教えられてしまっているのです。
途中から、一人の人を選び出して、その人を代表に全世界の民族が、神の元に戻るため、神の言葉、教え、契約をアヴラハムを
代表に託したのです。
アヴラハムを選び出し、アヴラハムの血筋を通して生まれる
ユダ族のメシア、イエシュア。そして、神が選び出した民族、
イスラエルを通して、同じ福音、神の教え=トラーが全世界へ
伝えられるその役割を、イスラエルという代表の民族に託したのです。
クリスチャンの間では、ユダヤ人だけの教え、ユダヤ人だけの
シャバット、祭りなどという言い方をしていますが、聖書が語る事実は全く違います。
神は神の創造された記念日を、「わたしの記念日」と人々に宣言し、その日に全て、人種関係なく、時代関係なく、神の言葉
招きに喜んで応答し、行動する人たちを呼び出している
アポントメントの日を永遠の中から設けてくださったのです。
契約を受け取る代表であるユダヤ人だけが、主に祝って来たので
ユダヤ人のシャバットや記念日に関して、勘違い、思い違いをしているのです。
クリスチャン=異邦人は、神の言葉教えを捨てよ!と命令した
ローマ皇帝の勅令に従い、それが伝統で継承され続けて来たから、神の招きが目に耳に頭脳に届かず、昇天以降は、全て古教えは廃れた!と言うローマ帝国の大嘘、聖書に書いてもないことを信じているのです。
16世期、100%全部、神の純粋な言葉、教えに戻らない
中途半端な宗教改革がされましたが、カトリックの中にも
神の教えとは違うこと、そして神の創造された記念日、
シャバットや祭りを祝うことに戻ろう!と主張した人たちが
いたのです。でも、ルターやその他司教達はその意見を却下したのです。詰まり、異邦人の中にも、神の伝える永遠の真理を
知っている、生きることを願望する残りの民は確実に存在して
来たのです。
今直接神から招かれている招待を、他人事にしか思わないようにさせられてしまっている理由は、人間が神の教えを変えたせいです。ズレは、エデンの園の騙しと同じ。神の教えを歪め、変えれば、人には神に教えられていることが、正しく伝わらず、
別物を生きることをさせられてしまうからです。
その代わりに、ローマ帝国皇帝達が作った別物をやらされていると言うことに、今世界中のクリスチャンが目が開かれ、本物を
知りたい!と言う軌道修正をしているのです。終わりの時代が
来たからです。
イエシュアが教えた、祝われた本物を知りたい、祝いたい!
当然の願望です。なぜなら、私たちは神の言葉で綴られ、
造られ、私たちのDNAは、本物=神の言葉、真理を深いところで
願望するように造られているからです。
神の似姿=イエシュアそっくりの性質に造られた人は、偽物で
満たされるようには造られていないからです。
オレオレ詐欺や、その他でお金を騙し取られて悔しい〜と思う
人がいるでしょう。騙し、詐欺。偽物の教え=人間が作り替えた
神の言葉を潰す教えを聞かされて、命、祝福、神との特別な
出会いを奪われている、この方が金銭奪われるよりもっと
気がつけば悔しいことを、されてしまっているのです。
異邦人でも、誰でも、どの時代の人も、イエシュアを通して
イスラエルの神に引き寄せられ戻った人、イスラエルの神の大家族に加えられた人は、誰でもアヴラハムの子孫ですと書かれれている意味を理解しないのは、ローマ教やダービー教、神の伝えることを理解しない異邦人思想なのです。
書いてあるのに、その意味が全く伝わらないから、イスラエルと
異邦人が別の2つの群で、天と地に分かれてバラバラに永遠に
治めるという空想ファンタジーを編み出し、クリスチャンだけが
患難を逃れて天に消える!2度の再臨などの、アルランド人や
アメリカ人が考えた聖書に書いてもない不真実をもとに作られた空想ファンタジーが、神の教えだと信じてしまうのです。
反キリストは最初から存在しているのです。歴史の中で繰り返し繰り返し起きた様々な出来事、これこそ患難は何度も繰り返され起こっているのです。これからも同じです。黙示録を読んでも分かるでしょう。
黙示録 6:9 小羊が第五の封印を解いた時、神の言のゆえに、また、そのあかしを立てたために、殺された人々の霊魂が、
祭壇の下にいるのを、わたしは見た。
黙示録6:10 彼らは大声で叫んで言った、「聖なる、まことなる主よ。いつまであなたは、さばくことをなさらず、また地に住む者に対して、わたしたちの血の報復をなさらないのですか」。
<この祭壇は、天の神の家の祭壇です。そして、殺された人々とは、どうして殺されたのか?神の教え=トラーを生きて、
シャバット、新月、祭りを祝い神と特別な会見をすることで
ギリシャ帝国、この時代はローマ帝国に処刑された人々のことを
ヨハナンは、ここに記しているのです。
神の教えを生きるな!と言うローマ帝国の勅令に逆らった人々
主にユダヤ人は、1世紀後半、110万人が処刑されたのです。
これが患難ではなく、何でしょう?それに続くユダヤ人迫害
殺戮、バビロン、アッシリア捕囚、西洋宗教の歴史の中で
ユダヤ人はキリスト殺しと言われ、様々な迫害を受けた歴史の
事実があります。
ユダヤ人であると言うことが、メシアと繋がり、イスラエルの神を表す民族を、サタンは抹消したいからです。
それでなくても、神の創造された人間を、闇は抹消しようとしているのです。少数だけが特権を得る世界の為、世界統一はバベルの塔から同じ。人間の考えでこの世界を治め、特権を得る。
人を合法的に破壊する。それが、何を通してされているのか眠っている人には全く通じない世界があるのです。
打つか打たないか個人の選択で決める、などと言っていますがそれが毒、何も意味がない、危険、削減のための計画的なものであると言う本当の事実、正しい情報を知り得たら、そんなもの
選ぶわけなどないでしょう。
正しいことが伝えられず、偽情報で騙されて多くの人が誘導され
害を受けたのです。今や世界中で大訴訟ですが、日本は闇の力
支配で逆をやらされているのです。こんな毒を作ることを日本で
させ、810億円も悪魔に支援?これ何のことを話しているのか
分かる人は、正しい情報を得ています。本当に操り人形はいらないのです。
ユダヤ人ではなくても、世界中でいわれのない殺害をされた人類の歴史。日本も、戦争で一般市民が爆撃を受け、広島長崎に
原爆が落とされた、これが患難でなくて何なのでしょう?
カンボジアの独裁政権で殺された多くの人々、日本の隣の国も
独裁者により人が苦しめられる、これ患難そのものです。
歴史は繰り返され、聖書に書かれていること、666は繰り返し
繰り返し、エデンの園の最初から、人を破壊することを目的とし
やり続けているからです。
マタイ24:13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる
ヨハネ17:15 わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去る
ことではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。
17:16 わたしが世のものでないように、彼らも世のものではありません。
17:17 真理によって彼らを聖別して下さい。
あなたの御言=トラーは真理であります。