シャバットは信仰の礎 神の権威 創造の証明 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

神の教えを放置、踏みつけ、無視、軽んじることをしているのに、

そうしているとも意識にも上らない状態。

神の教えを本当には知らない、神の教えを蔑ろにしているけれど、

それに気がつけないままいるのです。

イエシュア 創造主が造られた記念日、永遠に祝われる記念日を人間の作り出した宗教の教えに乗っ取られ、別物にすり替えられてしまいました。
十戒と訳されている「10の言葉」の中で唯一、「覚えて」とあるのは、シャバットだけです。 覚えてと言うヘブライ語は、記憶する

思い出すことだけではなく、実際に生きることです。

神の教えを正しく聞いていない上、実際に神が生きるように教えて

いる記念日を生きていない、祝わないイエシュアを信じる人たち。 

イエシュアが教えた事、生きた内容が何か、理解していないのです。
神が与えた、神に結ばれている証明、目に見える印、婚姻指輪を捨てている。
 

これら、偽物の教えに導かれて行く警告は、パウロも既に存命中に

警告していました。
契約を受けた民であるイスラエルでさえ、異教の神々の教え、人間の編み出した礼拝方法、慣し、儀式に交わって、神の前に汚れた忌み嫌われる高き所の礼拝をしたズレがあるのです。
異邦人など、最初から神の教え、契約に生きる生き方を知らない

異教の神々の教えの文化の中で先祖代々生きて来たので、尚更平気で簡単に別の偽物の教えと同化、交われるのです。


イエシュアを愛し、信じている人が、イエシュアの実態そのもの、

神の言葉と神の創造された記念日を真っ向から否定し、退け続け

ながら、騙され続け、真実に目が開かれないままになっているのです。代わりに、人間の作った教えを生きているのです。
ローマ帝国、人間により壊され、ヒビ割られた神のトラー、教え。

人間の教え作り物に、すり替えられて人間の作り物に妥協させられた神の永遠不変のシャバット。


神がこの世界の主権者、創造主であり証明である証拠のシャバット、これを、世界のクリスチャン達までもが、ローマ帝国により叩き壊し潰し、破壊し続けてきたのです。
聖書に戻ると、自分の信仰の柱が揺すぶられ、揺るがされることを

発見してしまうのです。

信仰の土台、根拠が全て神の教えではなく、人間の教え=砂の上に

築かれているからです。
信仰の始めから、教えられて、信じて、実践して来たことが、実は

聖書の真実などではない、人間たちの作り出した偽物、まがいものと、聖書に戻れば発見できてしまうのです。
永遠のゴールは、神の言葉の中にあるのです。
人間の教えの騙しの中にはありません。
 

神の教え、言葉、創造の真実が、容赦ない敵の攻撃の元に晒され続けているのです。
それは、人間〜ローマ帝国が作り出した宗教の教えが、神の教えを

潰そう、破壊し、破棄することを人に刷り込み、教え続け浸透させ、神の言葉、教えではない騙しを人の中に植え続けているからです。
ローマ帝国皇帝が、神のトラーと記念日をすり替え、

作り替えたことは、神のアポイントメントの意味、曜日を変えるだけではなく、神の創造主であるという主そのものを、否定、覆い隠し

塗り替えることをしているのです。
預言書に記されている警告、反キリストとは、神の言葉トラーと、

神の創造の根幹を表す、イエシュア の業を網羅する神の記念日を塗り替えることをするもの!と聖書には書いてあります。
反キリスト、イエシュアは、トラーに敵対する全てです。
神の言葉、イコール神であると、書いてある意味を読み取れない人には、理解できないのです。
預言書や黙示録の警告が何を意味しているのか、全く見えていないのです。
同じように、神に敵対するものの主張をクリスチャンもして、実際に神の教えを捨てて、神の記念日を捨てて、別物をしているのに、

それが神の前に何を意味するのか、理解していない、見えていないのです。古い教えは廃れたと、勝手に信じている。
 

イエシュアの教えた教えは、それならば、全部古い廃れた教えです。イエシュアは、父の教え=トラーしか教えていないからです。
反キリストの行為、神のトラーに敵対すること、それをイエシュアを信じる人たちが、させられているのに、その危険、危機に全く気がついていないのです。
ある部分だけ、聖書を信じているから、見えないのです。
トラー=イエシュア、トラーに反する、捨てるよう教える人、イエシュアに対して知らない間に敵対することを主張し、実践し、神の聖別を汚し、世界へ偽メシア像、ローマ皇帝が主張する偽メシア、神ご自身が神の言葉を否定する偽物を教え続けて今日、今に至るのです。

イエシュアを信じる人が、同じように反メシアを語り、古い教えに敵対する、イコール神の恵と勘違いしているのです。
そう考える人は、聖書を本当には理解していない、知らないからです。なぜなら、聖書には、トラー、イエシュアが教えられた父の教え、モーセの五書に記された教え以外書かれていない!ということにさえ、気がついていないからです。

福音書以降を、新約聖書と異邦人が名付けて、そこにはトラーに反する教えや、別物が記されていると勘違いしているでしょう。
正しく聖書を学んでこなかった代償が、騙しなのです。
本物〜神の言葉、トラーを正しく学ばない人には、偽物も本物も一緒くた、人の編み出した宗教の教え〜聖書に書いてもない教えなのに、それと神の教えの違いさえ、聖書を読んでも理解できないままになっているのです。

ダニエル7:25 彼は、いと高き者に敵して言葉を出し、

かつ、いと高き者の聖徒を悩ます。彼はまた時とトラーとを変えようと望む。聖徒はひと時と、ふた時と、半時の間、彼の手にわたされる。


ギリシャ帝国、ローマ帝国、歴史の中で起きた反キリストの行為は、神の教え、トラーに反することを強制的にさせ、神の記念日

シャバット、祭りをやめさせ、別の神々と別の記念日を祝わせられる。これがされ続けたのです。

預言書に記された反メシアは、歴史の中でずっと潜伏しているのです。
人間の帝国が力を持ち、イスラエルの神のトラー、イエシュアを表す預言的記念日、シャバット、祭りを禁じる、それが行われて来たのです。
今の時代も、直接目の前で人間の教えが潜入しているのを見ているのです。
偽の教えが、イエシュアを信じる人の中に、ローマ帝国の力支配により入り込み、それが浸透し、2000年近くもの間偽物〜神のトラー=教えを塗り替える教えにすり替えられてしまっているのです。

歴史の中の何万、何千、何億という純粋な信者たちが、希望もしないまま、知らないまま、偽物の教えを刷り込まれ、偽物を本物だと教えられ、皆がそれを実践させられている、

その偽物の教えの影響は甚大なのです。

オーガニックと書かれていていても、それは実は遺伝子組み換えの毒であるものを取り入れているのと同じ。
キリスト教〜キリストを信じていると思っていても、

人間の作った教えは、所詮混ぜ物、偽物、まがい物が混ざり、神の伝える真実をかき消している教えなのです。
進化論と全く同じ、聖書に書いてもない偽物の人間の作り物の教えを本物と思い込みやっているのです。

シャバットは、人間が作った宗教の宗派別、特異的な教えや、神学的な違いなどではないのです。
神の創造の実態、性質、記念日、シャバットは神の教えに聞いて生きるのか、それとも人間の伝統に従い生きるのか、神がはっきり区別

する、境界線でもあるのです。
それが、聖書に記されている聖別の意味なのです。
神の似姿に創造され、そしてエデンから飛び出て、イエシュアにより創造主、アバの元に引き寄せられ取り戻された全ての人は、

神の目的、意図、デザイン、性質通りを生きることに戻ったのです。
それらの人は、人間の作り物の偽物混ざり物コピー品、添加物
満載の偽物を生きることには、同化、同調、戻り生きないのです。
黙示録にも、書いてあります。
どの教えを生きて、何の記念日を生きるのか?
それが、獣の印の頂点であると書かれています。
獣の刻印とは、額=人の頭脳の中に、偽物の教えが刻まれて植え込まれ、偽物、まがい物を生きることなのです。
聖書を読んで、その意味通りを理解しなければ、神から何を警告されているのか、気がつけません。
獣の刻印=人間の作った偽物宗教、混ぜ物の教え、神のトラーを捨て去る、666とは、ヘブライ文字では、

捨て去るという意味の言葉になる文字なのです。
ヨハナンは、ヘブライ人です。ヨハナンはトラーを正しく理解しトラーに記されている警告、神の教え=トラーから離れて別物の教えに混ざり生きる人たちへ、警告しているのです。

人間の教え、混ざりものの教えの、宗教の教えに対する警告そのものなのです。
人間の編み出した宗教は、それをさせているのに、イエシュアを
信じる人が、その意味をまるで理解しないまま、人間の教えが、最新式の神の教えなどと、聖書に書いてもないことを信じ続けて、偽物の教えが混ざった宗教を世界へ伝達してしまって来たのです。
でも人は、神の真実、真理で綴られているのです。神のDNAが搭載されているから、心の奥深くで、別物、まがい物、偽物の教えに対して、何か違和感を感じているから、真理を探求することを探し求めている、チャレンジされているのです。
偏見のない頭脳で、オープンな意識で、神が語る永遠の真理を知ろうとする人には、聖霊=イエシュアご自身が神の言葉から真実を教え、気がつかせてくださるのです。神が伝える真実は何ですか?

神の言葉、教え、シャバット、記念日は神が変えたのですか?
それとも、人間、ローマ帝国皇帝コンスタンチヌスとそれに従う人々が変えた、どちらが真実、正解ですか?

答えは明らか、人間です!人間の教えに騙され続け、人が変わることではなく人は神の言葉、教えの方を捨て、悪、罪に染まる道、肉には楽の生き方が良い!恵の時代!聖霊時代!こんな嘘を、聖書を教える異邦人が吹聴する、み言葉が正しく語られていない恐ろしい時代が

続いているのです。
イスラエルの神は何でも良い、人が決めてなどと言う、いい加減な神ではありません。
神の教えを捨てる人は、神のデザインに反することをします。
神の禁じたことをしてしまう、知識の木の実を食べる人、神の性質、真実を生きることからずれて、なんでも自分が基準の生き方になり、今や聖別の意味もクリスチャンは理解しないまま、教師、牧師が同性愛も擁護、サポート、これは、主の名を利用した、不法=神の教え、トラーを捨てた人の成れの果ての姿、生き方です。
いくらうまく説明しても、無理なのです。
このような教えに聞き入り、取り込まれる、イコール
神が吐き出そう!と言われることに巻き込まれてしまいます。
自分をサタンに引き渡し、エデン=神の中、神の声=教えの中安全地帯を飛び出て、狼に食われる危ない場所にいるのに盲目だから、光=神の教えを捨てているから見えない、無感覚になっているのです。
サタンは偽物を本物と思っているクリスチャンの足元で転げ回り、

誇ったように笑い、信じる人が嘘に騙されていることに大満足しているのです。エデンの園の騙しを思い出してください。

神の言葉を疑わせること!退けること!それをクリスチャンがしているのです。自分が良かれと信じている伝統により教えられて来た教え、実践が実は、神が最も忌み嫌われている偶像礼拝、姦淫の罪、獣の刻印を生きていることを知らない間にやらされてしまっているのです。
なぜ神は10の言葉の内唯一、特定してシャバットを「覚えて」と

命じていると思いますか?
単に記憶することではなく、実際に神が言われたその通りを生きること、実践することなのです。とても重要だからです。
サタンは、クリスチャンに、神が伝える真実を知って欲しくないのです。クリスチャンにこそ、神の教えを真っ向から否定することを

発言、行動して欲しいのです。
神の教え、トラーを変え、神の記念日を変えることが、どんなに
闇の力が働けることなのか、気がつかないで欲しいのです。
時と、神のトラーを変える警告。このダニエル7;25の預言は、

シャバットが、第七日目から、日曜日に移行したことと関係があるのです。
シャバットは、神の無限の知恵と、人に対する無限の愛を証明しているものでもあるのです。
神は変わらない。クリスチャンの世界で語られる教えは、神は変わらないと言いながら、同時に変わったという大矛盾を何も聖書の事実、根拠に根付いて考えないまま、語り続けているのです。
クリスチャンが、イスラエルの神の聖なる教えと、聖なる仰せから完全に距離を置き、神の教えに対してあたかも古くて悪いと語り、取り扱っている、この矛盾、無感覚がある。
神の教え、言葉=イエシュアご自身から距離を置いているのです。