ユダヤ人にはローマ帝国が作った宗教が嘘ものの教えと見抜かれている | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

前回の記事の続きです。

ユダヤ人がクリスチャンをどう見ているか?と言う事ですが、

根本的に、人間が作った宗教〜西洋宗教と呼ばれるのはイスラエル

純粋な神の教えとは異なる、ユダ族イエシュア、ヘブライ、ヘブライ語で記された聖書〜タナック〜モーセ、預言書、諸書に記された事とは、違う教えを唱える宗教です。

 

神の教えとは違う教えとは、神の言葉を排除、否定、削除、破棄と

人間が宣言したローマ帝国が作った宗教が、イスラエルの神の教えなどとは全く認識されないのは当然であると言う事を、クリスチャンがはっきりと理解しないとならない盲点なのです。

これを、理解していないのは、人間が作った宗教〜ローマ帝国皇帝が

言い出しっぺの、神の教え=トラーを生きることを禁じる!神の言葉を否定せよ!神の教え記念日を生きるな!処刑する!という勅令からできた宗教なのに、クリスチャンは、聖書に書いてもない教え=神が神の言葉を破棄して十字架で釘付けにして抹消したなどという、

イエシュア=言葉=神=聖霊であることを、全く理解していないからなのです。

人間が神の言葉のどれ1つでも否定する、付け足し、差し引きすることを、神から禁じられていること、イエシュアも禁じていること、

なぜクリスチャンは聖書に書いてある事を理解していないのか?それは、信じた最初から、

人間の教えを聞かされて、聖書を正しく教えられていないから!

これが全ての問題の根、ボタンの掛け違いからスタートしているからです。

イエシュア、メシアが来られて、神の教えが変化したとか、神の性質が変化したとか、置換神学のように契約を受け取った代表は異邦人になったとか、そんなこと聖書のどこにも書かれていない事を、人間が作った空想話を土台に西洋宗教を信じているのに、全く気がついていない。

人により作られてしまった偽物の教えを、クリスチャンは神の教えだと教えられて、聖書を正しく教えられるべきなのに、聖書ではない

人間の宗教思想、神学、教理を、聖書を利用して教えられている。

それならば、何が本当なのか、自分で調べる必要があるのです。

騙されるなかれ!です。世の中に氾濫する偽情報と全く同じレベルなのです。

 

人間が作った混ぜ物の宗教など、最初から存在してはならないものだったのです。だから、世界には、イエシュアの到来や永遠からある

贖い、救いの事実を地上で証明され、人は永遠の中に屠られている

子羊イエシュアの血の贖いで、神の元に戻れると言う事実を伝えられていたけれど、異邦人の間では、聖書の事実、神の教えは、正しく

伝えられておらず、ローマ帝国が作った教えが浸透してしまったのです。だから、西洋宗教、ユニバーサル教という名がついているのでしょう。ヘブライではない!本物のイエシュアが語られている教えで

はない!

でも、神が預言された通り、終わりの時代に、神の正しい福音、

言葉、教えを人が再び知るようになる。オセロのコマが黒が白にひっくり

かえるように、全部が白=本物、人が神の本当の実態、教えを知る時が訪れるのです。偽物、偽物の教えは全て消えると預言されている。

異邦人が、神の言葉、教えを勝手に塗り変えた思想が混じる宗教の

教えを語り続けているから、ユダヤ人には、人造宗教=キリスト教、

カトリック、モルモン、エホバ、統一教会その他諸々の新興宗教全部が、人間が作った別物宗教=キリスト教としか見えないのです。

人造宗教は、純粋な神の教え、言葉ではない、聖書に記された神が

伝える生き方とは異なるものだから、聖書に書いてないものを、

実践して生きていることが、聖書ではないと認識することの方が、

神の教え=トラーを知る人たちに取っては当然の反応だからです。

クリスチャンはメシアが来られて別の教えが伝えられたから、聖書とは違う教えを今は生きるのだ!と考えているのでしょう。そして、

イエシュアが来られてモーセの五書=トラーを破棄せよと神が言ったと信じているでしょう。

人間の作った間違った教えを信仰の土台としてしまっているのです。

聖書は、モーセの五書、これが神の教えの完全版なのです。

この神の言葉は、変化、進化しない!人間が何を解説しても、それは全部嘘、神の教えに反する教えは全て嘘、偽物の教え、偽教師の教え偽預言者の教えと聖書には書いてあるのです。

預言書、諸書は、モーセの五書を解説している書です。

そして、福音書以降は、タナック=モーセ、預言書、諸書の後書きの

短い短い注解書、解説なのです。

その事実が見えないまま、福音書以降、新約聖書、新しい契約書

異邦人〜教会に与えられた新しい別の生き方!古い教えが破棄された

教え!などと、人間ローマ帝国が勝手に作って主張している教理を

信じているのですが、そんなこと、聖書に書いてもないのです。

 

神の言葉は神が伝える通り、永遠普遍という事実が捉えられないまま

人間の思想を信じこまされているから、世界には何万というプロテスタントの宗派があり、教え=聖書ではない教えを教えているのです。

 

ユダヤ人の中には、福音書以降には、反ユダヤ思想、ユダヤ人を迫害する教えが書いてあると信じているのです。

イエシュアが、ユダヤ人なのに、ユダヤ人を迫害するリーダーであると考えている人もいるのです。

 

A. キリスト教徒の反ユダヤ主義は、新約聖書に由来しているに違いないと考えています。新約聖書には、反ユダヤ思想、反モーセの五書

思想が書かれていると思われている。

事実、その通りのことを、異邦人は、ユダヤ人に対してしてきたのです。

B「反ユダヤ的」な箇所は以下です。

1. マタイによる福音書 27:25

「民衆は皆、『彼の血は我々と我々の子孫の上にかかっている!』と答えた。」

2. ヨハネによる福音書

a. ヨハネによる福音書は、「ユダヤ人」が集団的にイエスの敵として行動するというイメージの主要な出典であり、後にクリスチャンの

心に定着したからです。

もちろん、ヨハナンはユダヤ人であり、同胞を迫害することを扇動する思想や、個人の意見など福音書には記していません。

 

ヨハネによる福音書では、通常「ユダヤ人」と訳されるギリシャ語のΙουδαιοι「イオウダイオイ」という語が63回用いられ、そのうち31回は敵対的な意味で用いられています。

ユダヤ人の集団間の区別は見られません。イエスの敵は「イオウダイオイ」と総称されていますが、これは他の福音書記者とは対照的です。

他の福音書記者は、イエスの死を総称して「イオウダイオイ」と呼ぶことはあまり考えていません。ヨセフスが「イオウダイオイ」を同じように用いているのは興味深いことです。

 

使徒が書いた書簡、特にパウロの手紙の内容に書かれていることが、反ユダヤ主義的思想、反モーセの五書思想が記されていると、

クリスチャンは解説し続けていますが、この問題は、クリスチャンの

教師が、置換神学や、ダービー教、デイスペンセーション神学〜七変化の神〜時代ごとに、神の性質、教え、業が変化するという、聖書とは何も関係のない個人の思想=ローマ帝国教の思想を信じて、

聖書に書いてある内容を、言語の意味、当時の文化で存在していた

非聖書的哲学思想や、口伝律法、その他諸々のことを理解しないまま、翻訳の字面だけを読んで、勝手な解釈、早合点〜全てはモーセの五書を否定している教えが書いてあるという、曲がった観念から、

パウロの書簡などを曲げて解説してしまっていることが原因であることを、ずっと書いてきました。

とにかく、Poor scholarship,Junk scholorship,正しくない学び

歪んだ聖書の解説、聖書の進化論説=人間の思想、神学を学んだ人から語られる聖書解説こそが、聖書とは異なる間違ったものであることを、知らないとならないのです。

神が神の言葉を否定し、変化させる、そんなイスラエルの神は

聖書に書いてあるイスラエルの神、創造主、イエシュアなどではない

と理解しない人には、永遠に真実を見る事はできなくなってしまうのです。

だから、そんなまやかしの思想を語る西洋宗教教理を信じる人たちは

偽物宗教を信じていると、ユダヤ人に思われてしまっても仕方のないことなのです。

それら西洋宗教の教えは、神の教えなどではないからです。

クリスチャンはこのように、言います。

 

1. ユダヤ人はイエスを十字架につけた罪、つまり神殺しの罪を犯した。

これは、カトリックで今も教えられています。日本でも同じです。

プロテスタントもそう教えているでしょう。

2. 歴史を通してユダヤ人が経験した苦難は、イエスを殺したことに

対する神の罰だと考えられてきた。

 

以下は置換神学思想ですが、聖書〜神の言葉ではありません。

 

3. イスラエルの民は、古代の契約によって神に選ばれた民でしたが、イエスを拒絶したことでその選民としての地位を失いました。

そして今、新しい契約によって、キリスト教徒がアブラハムの子孫に代わり、神の選民となりました。

1世紀当時は、殆どのイエシュア信者がユダヤ人であったこと、

知らないのでしょうか?異邦人などは少数派です。

諸外国にある群れは、全てユダヤ人中心の群れです。パウロの書簡も

そのユダヤ人の群れに対して送ったものが、パウロの手紙として

残されているのです。

黙示録の7つの群れ=カハール、エクレシアも、ユダヤ人の群れなのです。

2世紀以降、特に4世紀以降、ローマ帝国教=カトリックが作られた後、もちろんそんな人造宗教をユダヤ人は生きません!

彼らユダヤ人こそが、隠れキリシタン=残りの民として、深く潜伏し、正しく神のトラーを後世へ伝えた事実を、クリスチャンは知らないと思います。

異邦人クリスチャンは、ローマ帝国教を信じる人たちであり、

ユダヤ人イエシュア信者は、どの国に住んでも神が言う通り、神の教えを学び、ガードして生きてきたのです。その中には、メシアを知らない多くの人がいる、その原因はローマ帝国教の教えが、偽物!と

考え、彼らがメシアを知ることを妨害し続けてきたのは、実は偽物

宗教の教理であることを、知った方が良いと思います。

でも、隠れキリシタンユダヤ人はずっと存在している理由は、彼らが

イエシュア信者であることを公に宣言したら、同胞ユダヤ人から迫害されるからです。これは、別のトピックなので、今は話しません。

 

聖書に基づいて考える事をしない人は、人間が編み出した思想に基づいて聖書を利用して語っている事を、忘れないでください。

ほとんどのクリスチャン教師が、今までは、そのような思想を語り

続けて人に教えていても、それらの教理は聖書ではないとも気がつけない状態なのです。

モーセの五書=シナイ山で与えられた婚姻契約書=神との関係を証明する、そしてこの契約に基づいて神は、全ての人と関係を結んでいるその契約以外の契約は、神は誰にも与えていません!!!

異邦人に代表として与えた契約書などはありません!

空想話を、聖書を利用して、クリスチャン教師が語り続けているだけです。

そして、このシナイ山で与えた唯一の婚姻契約は、ユダの家とイスラエルの家にだけ与えられている、そして未来に再更新される同じ契約であると、預言されている事を、正しく理解していないのです。

 

エレミヤ31:31は、シナイ山の契約であり、イスラエル、ユダの家に対してだけ更新され続けているのです。

イエシュアが過越の祭りの晩餐で語った、再更新される契約〜新しい契約とは、同じシナイ山の契約=父の教えです!

トラーとは別物の契約などと勘違いした読み込みをしているのが、

クリスチャン教師なのです。ヘブライ人なら、そこにいた11の弟子達なら、イエシュアがシナイ山の同じ契約を再更新したことを、

はっきりと、理解してい聞いているのに、それをクリスチャンが正しく教えられないために、別の教えを空想して、内容が別の契約書だなどと

考えているのです。

このような間違った聖書の読み込みが、クリスチャンの間でずっと

され続けているのです。それは、間違った教育=ローマ帝国の

宗教教理を信じる人たちが、神の言葉を曲げた神学を神学校で

教えられ続けてきた、代償だからです。

 

契約を受けとる代表者は異邦人ではない!そして、イエシュアも、

失われたイスラエルの羊のもとだけに、父から遣わされたという意味を、クリスチャンは正しく理解していません!

異邦人は、この同じシナイ山の婚姻契約に、神の民とされた人は

もれなく招き入れられているのです。この契約書に基づき、神は人との関係を結んでいる事を、全く教えられていない、理解していないのです。

これ以外の契約を生きるなら、それはイスラエルの神の民としての

生き方を放棄し、人間が作った教えで、イスラエルの神を礼拝していると理解しないとなりません。それを、高きところの礼拝、

混ぜ物=姦淫の罪と神が言っているのに、その意味を全く理解しないのは、神の教えを捨てよ!と教えられている代償なのです。

神は、まことの礼拝者を求めているとあるでしょう。

礼拝というと、クリスチャンは日曜日の礼拝式の歌や踊りやそういう

ものを空想していますが、神の教えに根付いて生きる=礼拝=アボダを

する人を求めている!それは、人間の教えではない、霊とまこと=

霊=聖霊=言葉=神の命そのものの生き方=トラー、婚姻契約に

根付いて生きる人を求めている!と言っている事を、理解していないと思います。