神の創造された記念日 シャバット 春の祭り〜過越 種無しパン 初穂 シャヴオート  | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

今日は神が創造され聖別された週の第七日目のシャバットであり、

同時に今日の晩までが、種無しパンの7日の祭りです。

過越から始まる7日間の種無しパンの祭り。

そして、その真ん中が、復活〜新しい命=イエシュアを表す「初穂」

の記念日を神が創造されたのです。

これを、ローマ帝国が法律で、全部削除、バン、祝うことを禁じたので、今クリスチャン達は神が創造された記念日を祝わない本当の原因、理由であることを知ってください。

神が神の子らに与えらた特別の会見の日、祝福を、人間が禁じて、

神の子らから奪ったのです。奪われても気がついていないのです。

 

カトリックでは、明日日曜日がイースターですが、神が創造された

春の祭り、過越は、第一の月の14日日没から。

そして、その3日後が、「ビクリム」初穂の日であり、イエシュアが

復活された日、そして初穂=イエシュアに連なる新しい命が神の前に

捧げられ、そして成長して行く次の都上りの祭り、シャヴオート迄の7週間を過ごすのです。

神が創造されたモアデイム〜アポイントメント、定めの日。

神の子ら全員を呼び出している日は、神が指定した特別に取り分けられた日、神が聖別された日であり、人間が作った記念日とは異なるものです。

そして、神の子らだけが、神のモアデイム〜記念日を祝っています。

異教徒はイスラエルの神が創造された記念日を祝わいません。

それは、異教徒はイエシュアを通して、神の家の花嫁になっていない

神の家に加えられていない、神の家の家訓を知らないからです。

 

でも宗教が作った記念日は裏には異教神、女神の祭りがあるので、

全世界の異教徒にとても馴染み安いもの、簡単に受け入れられる、

季節の祭りとして祝われているでしょう。

クリスマス、イースター、ハロウイン。

 

イエシュアはベツレヘムでお生まれになりました。

ベイト レヘム בֵּית לֶחֶם ベイト=家、レヘム=パンという名の町。

この名はタナックに41回記され、福音書以降には、8回記されています。

この場所は、ボアズがナオミを贖い、婚姻した町であり、この町で

オベデがナオミから生まれ、そして、ダビデ王の父であるエッサイ

そしてダビデも皆パンの家〜ベイトレヘムで生まれたのです。

繋がりが見えてきますか?天から下るパン〜マナ。そしてイエシュアは天から、地上の「パンの家」という町で生まれたのです。

そして、エッセイの子ダビデ、ダビデの家系からメシアが生まれたのです。

1サムエル 17:15 ダビデはサウルの所から行ったりきたりして、

ベツレヘムで父の羊を飼っていた。

 

このベツレヘムは、エルサレムの隣にある町であり、特別な町なのです。

ここは、神殿に捧げるコルバンである羊達を飼い、飼育する町であり、コルバンの羊を飼育していたのは、レビ族の祭司たちなのです。

だから、祭司である羊飼い達が、コルバンとして捧げられる子羊の

生まれた後置かれるその場所を知っていたのです。

ベツレヘム中探し回るなどしなくても、それがどの場所かピンポイントにスポットできたのです。

ベイトレヘムで、レビ族の祭司達により飼育された子羊が、大祭司により傷のないものかどうか判定され、そして神殿の祭壇に捧げられていたのです。

点と点の事実を、繋げて行くと、神の永遠からのメッセージ、

同じ福音が見えてきます。

過越のコルバンを判定できるのは、レビ族であり、同時にアロンの

家系の男子である大祭司なのです。

父ゼカリヤ、その名は「神が覚えられる」安息日を覚えてと同じ意味です。ザハル。大祭司である父ゼカリヤと母エリザベト、エリザベトはイエシュアの母、ミリアムのいとこです。

大祭司とイエシュアの母のいとこの子が、バプテスマのヨハナン

「神は恵深い」という意味の名であり、このヨハナンも大祭司なのです。

大祭司だから、イエシュアに向かって、タナックに記されて約束の

メシアであると内側から確信を持って知っていたから、「見よ、世の

罪を取り除く神の子羊」と宣言したのです。そうでなければ、コルバンを判定する権限のない人が、その宣言をしても意味がないからです。

全部、正当な宣言なのです。意味なく発言したのではない。タナックに記されたメシアである事実に基づき、大祭司として「罪、傷のない

コルバンの子羊」であるイエシュアを宣言したのです。

 

ベツレヘムで、コルバンの羊が飼われている場所は、祭司達は特定できるのです。野宿していた羊飼い〜これは12月であるわけがないのは、その当時には子羊は真冬に生まれる種類ではないものなので、

寒空の下出産を見守る野宿を羊飼いはしないのです。

雪が降る寒空に野宿しますか?

野宿ができる時期、羊の出産の時にイエシュアも誕生されたのです。

コルバンの羊が、ベイトレヘムで生まれる時期にイエシュアもお生まれになったのです。

全部メッセージが繋がっていることが、見えますか?

ボアズはナオミ(異邦人)を贖い出し、その子オベデ、エッサイ、

ダビデ、イエシュアの系図は全て、ベイトレヘム〜パンの家で生まれた、祭壇に捧げる子羊が飼育される町で生まれたのです。

そして、過越の祭りで祭壇に捧げられるコルバンの1歳の子羊が

エルサレムの神殿に入る日は、第一の月の10日です。

神の記念日は、第七日目以外は、週の曜日には関係ありません。

カトリックでは、クリスマス以外、全部日曜日が記念日とし、シュロの日曜日などと日曜日にしていますが、この日は曜日に関係ない、

毎年曜日が違う、暦を土台としているのです。

シュロの日、パームサンデーと言っている日の本当の意味は、

過越のコルバンの子羊が、エルサレムの神殿に入る日なのです。

聖書の暦の第一の月の10日に、子羊達がエルサレムに入ったのです。その日に、イエシュアもロバの子に乗ってエルサレムの神殿に

コルバンの1歳の子羊達と共に一緒に入ったのです。

シミも傷もない全人類の為に永遠から屠られている子羊の血の代価

神が最初から永遠の中から伝えた贖い、救いが事実である証明をされるために、イエシュアは最初の地上の到来をされたのです。

もし、聖書に書いてあることを、書いてあるだけでは、その意味が

事実である証明は不透明でしょう。人が信じないかもしれない、

証拠が言葉以外に無い。でも、その神の言葉=預言が実際に、地上で

福音の預言全てが成就することが行われたら、それは神の言葉が真実である証明なのです。人々、私たちのために、神は神の言葉が事実であることを、実際神が言われたことを実現して証明してくださるのです。

シュロ、やしの木の葉は、イスラエルの民族の旗なのです。これを

かざしても、ローマ帝国に対しての無礼にならない、だからシュロの

葉をかざし、振りかざし、皆でイスラエルの神、王の王であるお方に、それを示し、ホシアナ〜「救い出してください!」と叫んだのです。

1世紀当時のローマ帝国の弾圧も酷いものでした。法によりユダヤ人に対する規制、神の教えを生きたり、祭りを祝うことを高額なコルバンを売り付け、高額な両替料を課して、外から来る人を搾取していました。

そして、腐敗した祭司達と、そしてローマ皇帝に雇われた不当な王、ヘロデ王、イエシュアが居られた時代も、平和な時代ではなかったのです。だから、本物のユダ族の王である、イエシュアを殺そうと

たくらんでいたのです。自分の立場が危うくなるからです。

その後もずっとローマ帝国の弾圧、重税、法律により、神のトラー

モーセの五書、そして神の記念日を祝うことをずっと今に至るまで

禁じられて行ったのです。

悪徳皇帝達による不当な処刑、殺害、弾圧、迫害。

それに抵抗したユダヤ人が第一ユダヤ戦争を起こし、110万の

ユダヤ人が殺害され、9000人のユダヤ人がローマ帝国の奴隷と

なったのです。

イエシュアが来られて、この不当なローマ帝国の支配、圧力から救い出してくださるメシアを、当時のユダヤ人が期待していたのは、当然です。

でも、タナックには、最初は苦しみを受ける僕として来られるメシア、そして、未来は王の王として世界をエルサレムから統治する

メシアとして到来するという、この2つをはっきり区別して理解していないユダヤ人がいたから、最初のメシアの到来が、約束のメシアが来られたと認識できない人がいたのです。

1世紀、イエシュア昇天以降、ローマ帝国の弾圧は益々ひどくなり

神のトラーを生きること、シャバット、祭りを祝うことが法律で禁じられ、このローマ帝国に同調する西洋教父達と、その後のローマ帝国皇帝たちにより、神の教えが、曲げられ続けて行き、4世紀にはローマ帝国皇帝が作った宗教が正式に国の宗教となり、法律によりローマ帝国下に住む人々は、この新興宗教を実践しなくてはならなくなったのです。

聖書とは何も関係ない教え、混ぜ物の教え。神が神の教えを破棄したというその思想も、全てローマ帝国、ローマ教から出た作り物、神の教えを否定する冒涜思想であることを、クリスチャンは歴史の中で

起きた事実を正しく理解しないとならないのです。

神は人間が神の言葉、神の記念日を作り変えることを、断固として

禁じていること、この神の口から直接語られている警告に目を開いて理解しないとならないのです。

神を愛する人は、神の仰せ=トラーを愛して、神の仰せを生きると

イエシュアも、父の教えを繰り返し教え、そう言われたのです。

宗教の教えは、神の言葉に敵対する心を植え付け、神の言葉に敵対する思想=神の教えは破棄された〜不完全で古い悪い律法、恵を捨てる生き方だ〜と聖書のどこにも書いて無いローマ帝国の思想を、神の

教えであると、今日もクリスチャンが主張する、その矛盾に気がついてください。イエシュアは最初から至るところに記されています。

未来預言下矢印

イザヤ9:6 ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの

男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。

9:7 そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである。

62:11 見よ、主は地の果にまで告げて言われた、「シオンの娘に言え、『見よ、あなたの救=イエシュアは来る。見よ、その報いは主と共にあり、その働きの報いは、その前にある』と。

 

イザヤ53は、苦しみを受ける僕であるイエシュアが記されています。

出エジプト14:13 モーセは民に言った、「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救=イエシュアを見なさい。きょう、あなたがたはエジプトびとを見るが、もはや永久に、二度と彼らを見ないであろう。

 

ミカ5:2 しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちからわたしのために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである。

 
詩篇 110:1 主はわが主に言われる、「わたしがあなたのもろもろの敵をあなたの足台とするまで、わたしの右に座せよ」と。

110:2 主はあなたの力あるつえをシオンから出される。

あなたはもろもろの敵のなかで治めよ。

110:3 あなたの民は、あなたがその軍勢を聖なる山々に導く日に心から喜んでおのれをささげるであろう。あなたの若者は朝の胎から出る露のようにあなたに来るであろう。

110:4 主は誓いを立てて、み心を変えられることはない、

「あなたはメルキゼデクの位にしたがってとこしえに祭司である」。

<ダビデの家系のユダヤ族の王、天のメルキゼデクの位に属する大祭司イエシュア>
ダニエル7:13 わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。

 7:14 彼に主権と光栄と国とを賜い、諸民、諸族、諸国語の者を彼に

仕えさせた。その主権は永遠の主権であって、なくなることがなく、その国は滅びることがない。

 

ゼカリヤ9:9 シオンの娘よ、大いに喜べ、エルサレムの娘よ、呼ばわれ。見よ、あなたの王はあなたの所に来る。彼は義なる者であって

勝利を得、柔和であって、ろばに乗る。すなわち、ろばの子である

子馬に乗る。

9:10 わたしはエフライムから戦車を断ち、エルサレムから軍馬を

断つ。また、いくさ弓も断たれる。彼は国々の民に平和を告げ、

その政治は海から海に及び、大川から地の果にまで及ぶ。

9:11 あなたについてはまた、あなたとの契約の血のゆえに、

わたしはかの水のない穴から、あなたの捕われ人を解き放す。

 

出エジプト3:2 「イスラエルの人々のうちで、すべてのういご、

すなわちすべて初めに胎を開いたものを、人であれ、獣であれ、

みな、わたしのために聖別しなければならない。それはわたしのものである」。

下矢印未来預言

エレミヤ 23:5 主は仰せられる、見よ、わたしがダビデのために一つの正しい枝を起す日がくる。彼は王となって世を治め、栄えて、

公平と正義を世に行う。

23:6 その日ユダは救=イエシュアを得、イスラエルは安らかにおる。

その名は『主はわれわれの正義』ととなえられる。

23:7 主は言われる、それゆえ見よ、人々は『イスラエルの民をエジプトの地から導き出された主は生きておられる』とまた言わないで、

 23:8 『イスラエルの家の子孫を北の地と、そのすべて追いやられた地から導き出された神は生きておられる』という日がくる。

その時、彼らは自分の地に住んでいる」。

 

出エジプト 13:3 モーセは民に言った、「あなたがたは、エジプトから、奴隷の家から出るこの日を覚えなさい。主が強い手をもって、

あなたがたをここから導き出されるからである。種を入れたパンを

食べてはならない。

13:4 あなたがたはアビブの月のこの日に出るのである。

13:5 主があなたに与えると、あなたの先祖たちに誓われたカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ヒビびと、エブスびとの地、乳と蜜との流れる地に、導き入れられる時、あなたはこの月にこの儀式を守らなければならない。

13:6 七日のあいだ種入れぬパンを食べ、七日目には主に祭をしなければならない。

13:7 種入れぬパンを七日のあいだ食べなければならない。種を入れたパンをあなたの所に置いてはならない。また、あなたの地区のどこでも、あなたの所にパン種を置いてはならない。

13:8 その日、あなたの子に告げて言いなさい、『これはわたしがエジプトから出るときに、主がわたしになされたことのためである』。

13:9 そして、これを、手につけて、しるしとし、目の間に置いて記念とし、主の律法をあなたの口に置かなければならない。主が強い手をもって、あなたをエジプトから導き出されるからである。

13:10 それゆえ、あなたはこの定めを年々その期節に守らなければならない。