絶対に正されなくてはいけない、嘘、偽り、偽情報があります。
ネットで、メデイアで流されている情報には多くの嘘があると、
今分かるのは、正しい情報が裏で存在し、その真実にアクセスする事が可能になったからです。
ある県の知事の方に対する嘘情報、引きずり下ろすためメデイアと
議員が結託し、とことん一人の人を貶めるための偽情報ばかりが流されていますが、これは宗教の世界でも同じです。
真実ではない事が、真実の如く語られ、伝達され続けているのです。
クリスチャンの間に、19世紀以上に渡り浸透している、偽情報
神が神の言葉を変えた!というものが、それです。
こんな偽情報を本気で信じている、その偽情報の大元、出所は何か?全てのクリスチャンが知ってその上で、聖書の記述に基づき、嘘と
まことを聖書から見分ける権利があるのです。
どうして、聖書に書いてもない教え〜神の言葉が破棄されたという
教理、思想や、人間が作った記念日、聖書ではない事が、聖書であるとクリスチャンの間で教えられ信じられているのか?
その原因を、はっきり知る必要があるのです。
紀元前160年代のギリシャ帝国、それ以降のローマ帝国も、
神の教え、トラー=モーセの五書を生きることを、禁じました。
ダニエル7:25、11章に記されている、神に敵対するものの行為
です。どうしてだと思いますか?
日本の隣国も同じですが、ある信条=宗教を信じる人達が、集団で
決断し、団体となり国に反発する「異分子」となって暴動を起こす事を警戒するからです。国の言うことを聞かない人々。
国の政策に反対する、人々。それが集団であれば、支配できなくなるからです。
1世紀イエシュアが、イスラエルに生きておられた時代も、常に
ユダヤ人は、マークされていたのです。
いつローマ帝国に対して、ユダヤ人は暴動を起こすか分からない。
イエシュアが来られた時代も、ローマ帝国はユダヤ人を支配し、
圧力をかけ、そして、ヘロデ王もローマ帝国に雇われた王であり、
メシアを殺そうとしていた人です。
そして、大祭司カヤパ一家も、ローマ帝国と結託し、神殿を商売の巣にするような腐敗状態だったのです。
皇帝カリギュラ(37 – 41年)が、モーセの五書を実践し、生きる人達を、重税、70万円相当の金を支払うか、餓死刑を持って処罰しました。皇帝ネロ( 54 – 68年)は残虐な皇帝でした。
この人は、暴君として名高い、有名人です。
多分、サイコパス?又は悪霊に取り憑かれた人でしょう。精神異常、性格異常と思われるような行動を、生涯し続けた人なのです。自分の母親を殺し、妻を殺し、平気で残忍なことをする人だったのです。
自分の宮殿の裏庭でパーテイを開く時、ランプの灯りではなく、
ユダヤ人にタールを塗って、人々を燃やして、人間ランプで庭を
照らし、宴会を楽しんだのです。これが、患難ではなくて何ですか?
このネロが、ペテロやパウロを逆さ吊りに貼り付けにして、処刑したのです。
ユダヤ人、異邦人イエシュア信者をコロシアムに連れて行き、縛り
付けて、ライオンや猛獣の餌食とし、襲わせ、それを楽しんで観覧するという、狂った人でした。
ウエスパシアヌス皇帝は、息子たちに、ユダヤ人は神の教えに忠実であり、ローマ帝国に逆らう人達なので、厳重に法的に取り締まるように教え続けたのです。
そして、ローマ帝国でも、モーセの五書の教えを生きることを法律で禁じたのです。ローマ帝国の勅令に違反する人たちは全て処刑です。
そして、70年代の神殿崩壊、110万人のユダヤ人がローマ帝国により殺害され、9000人のユダヤ人が奴隷となりました。
それ以外の人は、イスラエルから出て、世界に散って行ったのです。
そして、それ以降も、ローマ帝国皇帝による弾圧はずっと続いて行きます。
ローマ帝国、皇帝〜のちに教皇、司祭、西洋教父達の間にあったスローガンは、クリスチャンが、今も言い続ける「信じたらユダヤ的なこと一切やめよ」と言うその大元の思想です。
ローマ帝国の勅令、ローマ教の教理は、トラー=モーセの五書に記された教えとは、全く違うことをすると言う教理に塗り替えたのです。
だから、今クリスチャンの間で祝われている記念日が聖書の記述にない教え、、聖書に記されていない記念日であり、曜日もローマ帝国の太陽神、異教の神々の祭りに由来する別の日、別の内容なのです。
トラーに記されたことと、全て違うことをする。
神の仰せ、永遠に祝われるわたしの記念日、祭りと言われたレビ記23章の神の記念日の暦に記されたシャバット、新月、春と秋の祭りは、祝わない。秋の祭りは全く代替えものを編み出していません。
でも、12月の冬至の時期、異教の神々、異教徒文化の祭りに被せて、
キリストが25日に生まれた事にし、その祭りを祝っています。
春の過越の祭りを変えて、イースターという異教の女神の名をつけた祭り、異教の女神、多産を祈る春の春分の満月のすぐ後に来る日曜日を復活祭〜イースターとローマ教、ローマ帝国が、宗教会議で決めたのです。
その前の週の日曜日が、パームサンデーとしシュロの葉でイエシュアの入京を歓迎した日としてそれが昨日の日曜日に祝われたのです。
でも、聖書には、レント=四旬節も、パームサンデーも、イースターもありません。春の記念日は、過越、種無しパン、初穂、そして
シャヴオートの祭りなのです。
全て、トラー、オリジナルとは違うことをすると言うのが、人造宗教の指針、教理なのです。
クリスチャンは、神が神の教えを破棄されたなどという、聖書とは
全く関係のない人間の思想、教理を聖書の教えであると疑いもなく信じているのは、ローマ帝国が作った新興宗教とその教理の主張を聖書だと、全く勘違いしていることによるのです。
それらを、ローマ帝国の法律で実践するように強要されたからです。
ローマ帝国支配下に住む人たち全て、有無を言わせず法律で、
彼らが作った宗教の教えや記念日を実践し、神の創造されたオリジナルの記念日、神の教えを生きること〜ユダヤ的なこと一切排除したからと言うのが、本当の理由です。
この間違いを絶対に正さない限り、神の本物の教え、聖書だけに戻る軌道修正はできないのです。混ぜ物の教えに留まり続けてしまう。
過越の祭りは、神が創造された祭りで、イエシュアの贖い、救い、
復活の命〜新しくされた人になった事実、そして、そのイエシュアの
命を神の教えに根付き生きることを全て表して教えているものです。
最初から同じ福音が語られ続けて、聖書記者達はそれを知って、
書いているのです。出エジプトは、体、物理的にエジプトから脱出しただけではない、イエシュアと共に死に伏して以前の肉の人からの
脱出、罪と死の支配〜(翻訳ではノモス、律法とある)からの解放を表しているものです。
イサクが薪木を背負ったことも、イエシュアが処刑される木を負ったことに重なっています。
この場所は、モリヤであり、מוריהこの場所の名前は、モレ、教師、
最初の雨という意味のある言葉です。ヤアは、神を表す言葉です。
この場所は、ソロモンが神殿を建てた場所、2歴代誌3:1です。
この言葉の語源は、いろいろな言葉に繋がっています。
トラー(神の教え)ヨレ(秋の雨、教える)、ヤラ(教え、雨、矢、的に当たる路線)、モレ(教師)ホレ(親)これ以上にも、もっと
繋がりのある言葉があるのです。共通の要素、意味があり繋がっていて、メッセージになっています。
創世記22:5 そこでアブラハムは若者たちに言った、「あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。
22:6 アブラハムは燔祭のたきぎを取って、その子イサクに負わせ、手に火と刃物とを執って、ふたり一緒に行った。
22:7 やがてイサクは父アブラハムに言った、「父よ」。彼は答えた、「子よ、わたしはここにいます」。イサクは言った、
「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。
22:8 アブラハムは言った、「子よ、神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう」。こうしてふたりは一緒に行った。
出エジプト 12:5 小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。
12:6 そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの
会衆はみな、夕暮にこれをほふり、
12:7 その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいに
それを塗らなければならない。
12:8 そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。
12:9 生でも、水で煮ても、食べてはならない。火に焼いて、その頭を足と内臓と共に食べなければならない。
12:10 朝までそれを残しておいてはならない。朝まで残るものは火で焼きつくさなければならない。
12:11 あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。
すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、
急いでそれを食べなければならない。これは主の過越である。
12:12 その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に
審判を行うであろう。わたしは主である。
勝利を得、柔和であって、ろばに乗る。すなわち、ろばの子である
子馬に乗る。
9:10 わたしはエフライムから戦車を断ち、エルサレムから軍馬を断つ。また、いくさ弓も断たれる。彼は国々の民に平和を告げ、
その政治は海から海に及び、大川から地の果にまで及ぶ。
詩篇 118:25 主よ、どうぞわれらをお救いください。
主よ、どうぞわれらを栄えさせてください。
118:26 主のみ名によってはいる者はさいわいである。
われらは主の家からあなたをたたえます。
ヨハネ19:6 祭司長たちや下役どもはイエスを見ると、叫んで「十字架につけよ、十字架につけよ」と言った。ピラトは彼らに言った、
「あなたがたが、この人を引き取って十字架につけるがよい。
わたしは、彼にはなんの罪も見いだせない」
<過越の子羊は、しみ、傷、ひずみのないものでなければならないのです。>
イエシュアがロバに乗ってエルサレムに入城された時、イエスは
タナックの預言を成就されました(ゼカリヤ書9:9-10、詩篇118:25-26)。その日、ユダヤ人の群衆は、メシアが子ロバに乗って入城するという預言を認識し、イスラエルの国の象徴、国旗と同じである
「ヤシの枝」を振り、広げました。イエスがローマ帝国に対する軍事反乱を開始するであろうという期待感からでした。当時の多くのユダヤ人は、ローマ帝国の軋轢から救い出してくださる王の王を待っていたのです。この日は、パームサンデー、日曜日ではありません。
過越の日に捧げられる子羊達が、ベツレヘムから到着し、コルバンに
相応しいかどうか判定、選別される日なのです。
コルバンの子羊達が神殿に入るのと同じ日、イエシュアは、神殿に
入られたのです。
彼らは叫びました。「ホシェアナ!」英語では「ホサナ」と訳されるヘブライ語の「今、救ってください!」という意味です。
主の御名によって、『来たるべき方』(メシアを描写する言葉)に
祝福あれ!」彼ら多くのユダヤ人が見落としていたこと、そして
殆どのクリスチャンが気づいていないことは、この特別な日こそ人々が過越祭の犠牲となる子羊を選ぶ日だったということです。
(出エジプト記 12:1-11)。毎年、ユダヤ暦第一の月(聖書ではアビブと呼ばれ、バビロン捕囚後ニサンに改名)の10日目に、人々は傷のない一歳の子羊を選び、その週の後半の過越の祭、15日になる14日の夕暮れ時に犠牲に捧げることになっていました。
人々がイエシュアをメシアと正しく認識していたにもかかわらず、
イエシュアがそこにいる目的を誤解していたことを嘆かれました。(ルカ19:41-44)。イエシュアは確かに彼らを救うために来られましたが、彼らが考えていた方法とは異なっていました。
しかし、神の摂理により、その週エルサレムにいたユダヤ人たちは、知らず知らずのうちに主の目的に仕えていたのです。
預言者達(預言者の言葉が預言書)が、出エジプトの出来事と、
未来の贖い、未来預言の両方を考えて書いています。
紅海が割れる、山が割れる。
ゼカリヤ14:3 その時、主は出てきて、いくさの日にみずから戦われる時のように、それらの国びとと戦われる。
14:4 その日には彼の足が、東の方エルサレムの前にあるオリブ山の上に立つ。そしてオリブ山は、非常に広い一つの谷によって、東から西に二つに裂け、その山の半ばは北に、半ばは南に移り、
14:5 わが山の谷はふさがれる。裂けた山の谷が、そのかたわらに接触するからである。そして、あなたがたはユダの王ウジヤの世に、地震を避けて逃げたように逃げる。こうして、あなたがたの神、主はこられる、もろもろの聖者と共にこられる。
出エジプトと、未来の贖いがイザヤ40−55章に記されています。
長いのでペーストしませんが、ぜひ読んでみてください。
イザヤには、単に他国の軋轢からの救出ではなく、罪から贖いに付いて書かれています。42,49,50,52,53章。
出エジプト12−14に記されていることが、未来に今度は、急いで出るのではない、神が前に行かれて導かれる未来が書かれています。
イザヤ 52:10 主はその聖なるかいなを、もろもろの国びとの前にあらわされた。地のすべての果は、われわれの神の救を見る。
52:11 去れよ、去れよ、そこを出て、汚れた物にさわるな。その中を出よ、主の器をになう者よ、おのれを清く保て。
52:12 あなたがたは急いで出るに及ばない、また、とんで行くにも及ばない。主はあなたがたの前に行き、イスラエルの神はあなたがたのしんがりとなられるからだ。
イザヤ53:5 しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲しめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。
53:6 われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。
53:7 彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。