ティシュアー・ベアーブ 記念日 アヴの月の第9日 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ティシュアー・ベアーブ、アヴの月の第9日の記念日は今日26日の日没から明日27日の日没までです。

 

歴史的にこの日には何が起きたのでしょうか?

 
1 12人の斥候がモーセにより約束の地カナンを偵察に入るのですが、たった2人の斥候、ヨシュアとケラブだけがこの約束の地に関して正しく理解し報告しました。他の10人は約束の地に関して神の見せている通りには見ずに絶望的な報告を民にしました。民数記13−14章。これにより神は裁かれて人々は約束の地に入る事が出来ませんでした。
神が見る通りを見ると言う事を学ばない=頭脳に割礼の無い、出エジプトした最初の世代の民は、ヨシュアとケラブ以外約束の地
には入れませんでした。
 
2 ソロモン王により建設された第一番目の神殿がネブカデネザルにより紀元前586年に破壊され、ユダに居た人々はバビロン捕囚へと追いやられました。

 

3 最初の神殿崩壊はアヴの月の7日に始まり(2列王記25:8)アヴの月の10日まで破壊が続きました。(エレミヤ52:12)

 

3 エズラとネヘミヤにより修復された第二神殿が70ADにローマ帝国により破壊されました。ユダにいる人々は散らされイスラエルの地からユダヤ人が追放されました。

 

4 ローマ帝国はこれに続きバルコクバの乱を潰し、ベタルの都市を破壊し、135ADのこの日に約580、00以上のユダヤ市民を殺害した。

 

バルコクバの乱の後、”悪のルフス”と呼ばれるローマ帝国司令官がエルサレム神殿の場所及び周辺を破壊一掃した。135AD

時を超えて、ティシュアー・ベアーブ はこれらの出来事以外にもユダヤ人に取り嘆きの日となった。後の時代の歴史の中でも

悲惨な数々の出来事がこの日に起きたからである。

これらの出来事に関するものは、ティシュアー・ベアーブと言う

典礼に記されている。

 

<以下アヴの月9日の出来事>

5 最初の十字軍が1906年8月15日、10,000のユダヤ人を最初の月に殺害し、フランスとドイツ西部ライン川周辺にあるユダヤ人コミュニテイを破壊した。

 

6 1290年7月18日(アヴの月9日)にイギリスからユダヤ人が追放される。

7 1306年7月22日 フランスからユダヤ人追放される。

8 1492年7月31日、スペインからユダヤ人が追放される。

9 ドイツが第一次戦争に入る。 1914年 8月1−2日

これによりホロコーストに繋がるユダヤ人迫害、激動が起きる。

 

10 1941年8月2日、司令官ハインリッヒ ヒムラーが

ナチスから”最終決断”を正式な認可を得る。

これにより、ホロコーストが始まりこれにより世界の三分の一の

ユダヤ人が殺害された。

 

11 1942年 7月23日、ワルシャワのゲットーからユダヤ人がトレブリンカ強制収容所に移送される。

 

12ブエノスアイレスのユダヤ人コミュニテイセンターアルゼンチン・イスラエル相互協会爆破事件が起きる。85名死亡、

300名負傷。1994年7月18日。

 

13 2005年、イスラエルはガザ地区全域とヨルダン川西側

一部の入植地からの撤退。

ホロコーストの期間の長い年月、宗教的ユダヤ人コミュニテイでは、一般に祈念されるホロコースト記念日ではなく、この日に

6,000、000人のユダヤ人被害者に対してテイシャべアヴの日に喪に服す事をしている。