シャヴオートの祝い方  | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

2022年は今日6月4日の日没から明日の日没までシャヴオートの祭りになります。

どの様にシャヴオートを祝うのでしょうか?

 

 

1 花を飾る

初穂を神殿に携え持って行き捧げた事から、花やフルーツなどを

入れたバスケットを飾ったりします。

 

2 ルツ記を読む

ボアズに買い取られたルツに因んでルツ記を読みます。

モアブ人=異邦人ルツは、イスラエルである夫の死後、義理の母

ナオミに付いて生きる決心をします。あなたの神はわたしの神

あなたの民はわたしの民、シンプルな信仰告白です。

ナオミの生き様を見て、ルツはイスラエルの神を信じ、

そして、イエシュアを生む系図、ダビデ王の先祖を生む事になるのです。贖い出され買い取られ花嫁とされた、その内容がこの

過越からシャヴオートまでの出来事と重なっている内容なので

ルツ記を伝統的に読みます。

 

異邦人ルツ!異邦人であっても、ダビデ王を生む系図に加えられている事実を考えれば、異邦人、ユダヤ人と分ける思想は神が

伝える真理とは全く異なる事に気が付きます。

 

出エジプトした人達、イスラエルとその中に異邦人も混じって

いるのです。そしてイスラエルの12部族の中に異邦人も加えられ、イスラエルの民として数えられている事実をトラーから

読み取れば神が何を伝えて何を教えているのか見えます。

長子=イエシュアに連なるイスラエルを代表し、全世界の民族は

同じイスラエルの神に繋がる、贖い出され救われる=イエシュアを通してそれが行われる。時代別もも人種別も関係なく同じ福音、同じ贖い救いの方法なのです。

 

3 シナイ山で婚姻契約=トラーを受け取った事を学ぶ

10の言葉<十戒>を学ぶ。

出エジプト19:1−20:23

エゼキエル1:1ー28

 

申命記14:22−16:17

ハバクク2:20−3:19

 

3 乳製品を食べる。

シャヴオートの祭りは、イスラエルと言う国を与えられた、

その国で神の子らの性質を生きる、神が祝福=作物を与えそれを

楽しむ事が出来る。そしてしゅうでは初穂を表していますから、

神が私達の所有者である事実を教えているのです。

長子、初穂=神に属していると神が教えています。神が私達の

命、人生の所有者なのです。

チーズケーキやピザ 乳製品を食べるのが伝統的です。

乳と蜜の流れる約束の地へ導き入れられ、神の祝福を喜び

楽しむことを象徴しています。

4一晩中 聖書を学ぶ

神の言葉を喜ぶ!異邦人の意識とは全く違います。

神の麗しい教え、神の思索、考えを人が知り生きる!

神の性質を生きる時内側から喜びが湧いて来る体験をします。

時には辛い事でも後でその収穫、実を見る体験をするからです。

これは日本の大晦日の様な感じです。

みんなでリビングに集まり、ゴロゴロして、食べたり飲んだり

それぞれが色々な解説やでいすカッションを」する。

疲れたら寝て、起きたらまたその会話に参加すると言う感じが

伝統的です。

 

シャヴオートの祝い方は自由ですが、シャヴオートの祭りの趣旨意味に沿ってそれに関連する事を学び祝います。

ユダヤ人の伝統で祝われている祝い方はこの様な感じです。

シャヴオートは1日の祝いなので短いですが過越から7週目、

春の最後の締めくくりの祭りとして祝うのです。ペンテコステを祝うと言うならば、ペンテコステ=シャヴオートの意味を知り、その祭りの性質通りを祝うと神が伝えている

教えが見えます。モーセの五書は廃れた!などと言う非聖書的な

教えは、聖書には書かれていません。

ペンテコステでは、トラー=婚姻契約を与えられた事を祝って

いるのです。そして使徒2章以降も、同じ記念日を一年に渡り

祝っている記録が書いてあります。

 

ハーラーのパンとキャンドルと灯して、この様な祈りをします。

 

バルーフ アタ アドナイ エロヘイニュ メラフ 

ハ オラーム

シェヒヤニュ ヴェキヤマニュ ヴェヒギヤヌ ラザマン ハゼ

 

私達に命を授け 命を維持し守り支えてこの時に至る事を

可能にしてくださった全世界の王の王 主の主であるお方を

祝福致します。

 

その他、キャンドルをシャバットと同じく灯し、ハラーのパンを

ワインを祝福し頂きます。

 

神の都上りの祭り、過越 シャヴオート、そして秋の祭りが来るたびにこの祈りをするたびに、日々を支え運び続けて下さるお方

に命を支えられ、こうしてこの日に辿り着き、そして神の聖別した記念日を主と全世界の聖徒達と神の前で祝う幸い、祝福を感謝し、そしてユダヤ人は神ご自身をも祝福する祈りを捧げます。

 

シャバットや祭りでは、必ずお互いを祝福する祈りと、

神ご自信を祝福する祈りを捧げます。記念日、祭りの度に、

心からジーンと味わい深く時を体験します。

エデンから、そして太古にイスラエルと少数の異邦人が辿った

同じ贖い、救い、そして神から永遠の保障である婚姻契約を

受け取った事実は、今生きている主にある一人一人に全く同じ

現実、事実であるのです。神の与えて下さった人生の道のり、

救いの事実をどの様に辿ったのか、それはイスラエルの歴史に

重ね合わせて、それぞれ個人個人主に出会うまで、そして出会ってからどの様な旅路を辿ったか回想し、主の中にぴったり一致して軌道修正する時でもあるのです。

 

そして、様々な不思議、奇跡が重なり、自分の命が今存在して

生きている事の重さを考える時にもなります。

 

神が呼び出した日に、神が言われた通りを実際に生きたら、

神がユニーク、特別な方法で触れて下さり体験をするのです。

それは実際に神の記念日を祝う場合のみ知り得る体験です。

神の記念日を生きない場合には、それが何か体験が出来ない

シンプルな事実です。神は神の言う通りを尊重し、敬意を払い

誠実に忠実に生きる場合、神は大きく報いて祝福して下さいます。分からないけどやってみる!それを始めて生きていくうちに

理解がどんどん深まるからです。知識と実践=神の言葉は実際に

生きたら実になる。それはどの世界でも同じです。

教えられた事を実際にやって、練習、訓練を続ける人が達人に

なるのです。実際に実践、行動に移さない場合、それを机上の空論と言うそれと同じです。

 

 

 

 

Shabbat Shalom and Chag Shavuout Sameach