誤解した読み込み解釈によりシャバットが変更になった根拠とされている聖書箇所  | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ヘブライ思索のヘブライの書を、異教神の国々に生まれた思想で

考え読むのと、オリジナルの書をオリジナルの言語で、

オリジナルの神の国の思索で、聖書が書かれた当時に聞いた人々の耳、頭脳が理解していた通りに聖書を読み直し、理解する

再構築、本物に復元する作業は、確かに時間がかかります。

どうしても自分の先入観が常に邪魔して来るからです。

しかし自分が考えていた世界とは全く違う視点の、違う意味の

ものが聖書に書かれている、神の言葉=トラーの再発見は生涯をかけて行う価値のあるものです。

なぜなら人は目に見えない本体=神ご自身に、影=神の言葉=

と言う照らし合わせる鏡を通して神と出会う様に神がデザイン

されているから。

 

聖書の最初から最後まで記されている、全ての問題の根、

敵が攻撃する事、それは”神の言葉”を神が言われた通りに、

神の言葉の真実の度合いを薄める事なのです。

神の言葉により世界の全てが造られて、この世界に満ちる全ては神の所有であると神が人に伝えています。

それを”敵対するもの”が最初から乗っ取ろうとしていた事、

それには何をしたのか?神が創造された人達に、神の言葉を

疑わせるために、曲げる、薄める、別物を混ぜる、神は本当は

そんな意味、度合いで神は言ってないさ、日本語で言うなら

”言葉のあやだよ”的な意味で、ヘブライ語の書かれ方がされて

います。サタンはイエシュアを試みる時も神の言葉を曲げて

伝えていますが、イエシュアは100%全てそれらに対抗する

ためにトラーの中に書かれた神の言葉でサタンと対決しました。神の言葉は力そのものです。

 

サタンとは、敵対するものと言う意味です。

ヘブライ語の世界は同じ意味で全く別、裏表の意味を持つ言葉があります。

”セラピム”も、神の使者と、そして蛇の両方を表す言葉です。

そして、サタンの特徴を知ればそれは容易に絵画的言語として

浮かび上がり、理解する事が出来るものです。

 

蛇とセラピム=神の使者、メッセンジャーと同じ言葉が
蛇にも使われています。翻訳では見えない世界があります。
神のメッセンジャー=神の言葉を神の意図通りに伝える者。
サタン=神の言葉をネジ曲げ、薄め、変えて、別物と混ぜる。
 

民数記21:8 そこで主はモーセに言われた、「火のへび=サラプを造って、それをさおの上に掛けなさい。すべてのかまれた者が仰いで、それを見るならば生きるであろう」。

 
申命記 8:15 あなたを導いて、あの大きな恐ろしい荒野、
すなわち火のへび=サラプ<単数>や、さそりがいて、水のないかわいた地を通り、あなたのために堅い岩から水を出し、
 

イザヤ6:6 この時セラピム<複数>のひとりが火ばしをもって、祭壇の上から取った燃えている炭を手に携え、わたしのところに飛んできて、

6:7 わたしの口に触れて言った、「見よ、これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの悪は除かれ、あなたの罪はゆるされた」。

14:29 「ペリシテの全地よ、あなたを打ったむちが折られたことを喜んではならない。へびの根からまむしが出、その実は飛びかけるへび=サラプとなるからだ。

 

神の言葉、神の創造、神のデザインを曲げるもの、敵対するもの

です。神の言葉は神ご自身、DNAであり命の全ては神の言葉から

発生した事実があります。

神の言葉が大きなカギになっているのです。

神の実態イコール=言葉と聖書には書いてあるのです。

神の真理を表す言葉は、אמת ヘブライ語のアルファベイトの最初の文字、丁度真ん中の文字、そして最後の文字の3つで出来て

いる言葉です。神の言葉は最初から最後まで全てにおいては真理であることを表しているものです。そして嘘は、שֶׁקֶר 

アルファベイトの最後のコフ レイシュ シンの三文字を

ひっくり返してそしてツイストした形になる言葉です。

 

詰まり、蛇は嘘つきとある通り、神の言葉をツイスト=ねじ曲げて、薄めて、人に疑わせる事をする事を表しています。

それを歴史の最初から現在までずっとしているのです。

 

サタンは知っているのです。神の言葉を曲げて人に伝えれば、

人は神から距離が出来てしまう事を。顔と顔を直接合わせる

親しい関係の度合いとはずれた距離、鏡=神の言葉が曇れば、

はっきりと真実を映しだす事が出来なくなるからです。

 

神に創造された人が神に取りどれだけ尊く貴重で価値のある存在であるのか、サタンは人に知らせまいと躍起になっているのです。だから神の伝える、人の本当の姿=神の似姿そっくりに

造られた自己像を妨害する教えを流し続けているのです。

 

そして神に属さない、疑い、恐れを人に放り込み混乱させる。

アダムとエバが神の言葉を軽んじて、もしかして神は死ぬなんてそんな真剣な意味で、そう言う意味で言ったのではないかも?

この実を食べたら、人は神の様になってしまうのが嫌だから

そんな風に言っただけなのかもしれない。人は創造の初めに既に完全な姿に造られ、しかも神の性質そっくりに造られていた事実を蛇は人に忘れさせ、神の言葉を疑わせて、人は神が創造された

その状態以上にもっと何か付け足しする必要が残っていると

考えさせたのです。完全なる神の言葉、神の創造を疑わせた。

 

この様に神に言われた通りを曲げる、神の言葉に勝手な解釈を

付けて、理由付けし、勝手な思想を作り出し、勝手な神学を発想

編み出して、神の純粋な言葉から離れて、神との間、人と人との本来の関係から一気に飛び出てしまった事が書かれています。

人の命をガードする”秘訣” ”警告”である神が言われた言葉、

命の重さに匹敵した重要な事であるのに、世界は神の言葉を

薄め、神の言葉から離れ、そして迷い出てしまったのです。

 

神が創造された記念日はレビ記23章にある通りのもので、

変更も無い、神が代々に永遠に祝われる”わたしの記念日”と

紹介しているものです。

人が神の記念日を変えた事を重大問題にも感じないほど、

西洋宗教が作った教え、伝統に神のオリジナルの教え、

記念日が人の教えにより塗り替えられて染まって

しまっているのです。

神の創造された記念日は、ユダヤ人だけの記念日ではなく、

”わたし=創造主の記念日”と神が紹介しています。

ユダヤ人しか主に神の記念日を祝わないから、そう考えているだけなのです。長男がお手本になり世界へ神の福音を伝える役割を

担っているからです。そして、誰でもイスラエルの神を信じ、

イスラエルの神の婚姻契約=神の家族に加えられた人達は

神のオリジナルに創造された記念日を祝うとずっと神は

神の言葉で何度もなんども紹介しているのです。

 

ちゃんと聖書を読めば創世記から黙示録の最後まで神は神の

言葉や記念日を変更されていない事実がはっきり記され、

書かれています。聖書を書いてある通りに曲げずに読み、

先入観を捨てて、神が何を話しているのかだけに注意を払い

人の教えを通さず、神の言葉だけを考えれば、

はっきり神の語る真実に気が付く事が出来ます。

自分は人の教え、西洋宗教の伝統、慣わしを生きているのか、

それとも神のオリジナルの言葉=教えを生きているのか?

下矢印

神の記念日が永遠不変である聖書に書かれた事実

 

シャバットが昇天以降変更になった根拠とされている

使徒〜黙示録の中にある箇所はたった5箇所程度です。

そこに書かれている内容はシャバットが変更になった意味など

ゼロ、一つも無いのですが、そう言う読み込みをしてしまって

います。

これらは何度も書いていますので、詳しくは書きません。

下矢印

シャバットが変更されたと誤解する箇所

 

続く