ローマ 11章11 パウロの書簡は一貫して同じ トラー預言書から話している | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ローマ11:11 そこで、わたしは問う、

「彼らがつまずいたのは、倒れるためであったのか」

断じてそうではない。かえって、彼らの罪過によって、

救が異邦人に及び、それによってイスラエルを

奮起させるためである。

 

<神はあらゆる手段を用いて神のプランを遂行される。>

 

エゼキエル18:23 主なる神は言われる、わたしは悪人の死を
好むであろうか。むしろ彼がそのおこないを離れて生きることを好んでいるではないか。
18:32 わたしは何人との死をも喜ばないのであると、
主なる神は言われる。それゆえ、あなたがたは翻って生きよ」。
 
神は敢えてイスラエルのつまずきによって、世界が神のトラーに
戻りそれを生きている喜びを見て、ユダヤ人は自分たちに与えられた祝福、恵みの生き方を失われたいた事に気がつき
奮起させるためとあります。
今実際にそれが世界中で起きているのです。
異邦人が”神の愛”それは”契約の愛”の中の中に生きる
修正をしている、異邦人が彼らの喜びの源である神の聖別された
記念日を生きている。
 
11:12 しかし、もし、彼らの罪過が世の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となったとすれば、まして彼らが全部救われたなら、どんなにかすばらしいことであろう。
 

11:13 そこでわたしは、あなたがた異邦人に言う。

わたし自身は異邦人の使徒なのであるから、

わたしの務を光栄とし、

11:14 どうにかしてわたしの骨肉を奮起させ、

彼らの幾人かを救おうと願っている。

11:15 もし彼らの捨てられたことが世の和解となったとすれば、彼らの受けいれられることは、死人の中から生き返ることでは

ないか。

<イスラエルが捨てられるとは、”厳しい訓練”の中を通らせて

婚姻契約=トラーの生き方に戻るための神の手段なのです。>

 

パウロは神の聖別された定めの時、祭りを通して

教えています。それは神の記念日は福音の中心を生きて表すものイエシュアのされた業を表す預言的祭りであるからです。

 

11:16 もし、麦粉の初穂がきよければ、そのかたまりもきよい。もし根がきよければ、その枝もきよい。

 

<パウロは神の記念日、祭り<過越、種無しパン=マッツアを食べる7日間の週>で行われる”初穂”=イエシュア の実態に

預かった事を話しているのです。パウロの教えは福音=

神の記念日を巡り多く語られているのです。

かたまりはきよい。神の前にマッツアとされた人は”罪”が

そぎ落とされた状態にされているのできよい。

 

1コリント5:7 新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。わたしたちの過越の小羊であるキリストは、

すでにほふられたのだ。

5:8 ゆえに、わたしたちは、古いパン種や、また悪意と邪悪とのパン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンをもって、祭<過越の祭り>をしようではないか。

 

この春の一連の祭り=過越の祭りをイースターと訳している

翻訳がありますが、それはヘブライ聖書に書かれている祭りの名ではなく、ローマが4世紀に作ったヘ祭りの名の造語翻訳です。

イースターと言う名に変えられているものは ”初穂”イエシュア の命に連なる事実を畑の収穫で表しているものです。

 

神のオリジナルの祭りのデザイン日程は復活の命を表すものは、初穂、新しい粉の塊=イエシュアの命に繋がれた実態を表す

記念日は、過越の祭りの種無しパンを食べる1週間の間に

祝われる日なのです。

 

そしてたった1日だけではない、初穂の命と繋がり生まれ

変わった人達は婚姻契約を受け取るまでの7週の間、

復活の命の実態を日々吟味し、日々生きる事でシャヴオートの祭りを待ち望む準備期間があるのです。それがイエシュアが復活後

弟子たちに現れた40日間なのです。

神のオリジナルの福音の祭りのデザインはすごい。

福音=イエシュアの業の全部が網羅されている。>

 

イースターはヘブライ語の神の祭りの名前ではないのです。

だから”イースター”と言う名なのです。不思議に思って考える。聖書に登場する神のオリジナル創造の記念日=レビ記23章にある祭りはイースターと呼ばれる祭りは無いのです。

その語源はイシュタル、アシュラ、イスタールなどなど。

 

ギリシャ語のヘブライ語の翻訳名でもない名前のつく祭りの

語源は一体どこから取られたのか?

異教の神々、女神の名をつけているのです。

 

 11:17 しかし、もしある枝が切り去られて、野生のオリブ=

<異邦人達>であるあなたがそれ=<イスラエルの神イエシュア >につがれ、オリブの根の豊かな養分にあずかっているとすれば、

 

<異邦人は同じオリーブの木=イスラエルの神に繋がれると

書かれています。同じ1つの木!二つ別の木と書いてない。

ユダヤ人と異邦人は1つの神=同じ木=イエシュアに繋がれる

1つの大家族である事実が聖書の至る所でずっと神から

教えられているのです。>

 

同じ家族は同じ婚姻契約の中、その軌道修正の方法は唯一

贖われた人は神の教え=トラーを生きる。

それが天の国を治める人たちの生き方と書かれています。

 

11:18 あなたはその枝に対して誇ってはならない。

たとえ誇るとしても、あなたが根をささえているのではなく、

根があなたをささえているのである。

 

11:19 すると、あなたは、「枝が切り去られたのは、

わたしがつがれるためであった」と言うであろう。

11:20 まさに、そのとおりである。彼らは不信仰のゆえに

切り去られ、あなたは信仰のゆえに立っているのである。

高ぶった思いをいだかないで、むしろ恐れなさい。

 

不信仰=神の教えを聞いて生きていないこと。

信仰=神のトラーに根付いて生きる事。

 

肉の生まれであるイスラエルでも、神のトラー=神の性質を

生きない人は、切りさられる=異教の神々の地に彼らは追放されて厳しい訓練を神から受けたのです。

だから、トラー=神の教えから離れた生き方をしてはならない。

 

続く