詩篇78:4 われらはこれを子孫に隠さず、主の光栄あるみわざと、その力と、主のなされたくすしきみわざとをきたるべき代に告げるであろう。
頭脳に割礼のされた、良い地=神の言葉を理解する頭脳に
根付いた生き方をする人達の子孫には、神が語られていることが
覆い隠されない=神の意図通りが見える。
賛美、祈り、褒め称える事を持って神のされたくすしき業=
まさに出エジプト、贖い、救い、イエシュアの業の全貌を
次世代へ告げる、その世代の子らは皆神の語られている事、
直球をそのまま受け止める状態の頭脳になっている事が書いてあります。次の世代の子らは、神のトラーに書かれた全てを理解すると書かれている。神の言葉を理解する=同時にそれは
神の言葉=トラーを生きる事をする人達と言う意味です。
神の奥義は割礼された頭脳にはクリアーに見える。
神のされたくすしき業の全てをこの時代の人達はしっかり
割礼された頭脳に刻まれている状態が書かれているのです。
告げ知らせる<サファ>=強調の形で書かれている言葉です。
神の言葉通り、神の意図通りを宣言、考える、はかる、
カウントする。
78:5 主はあかしをヤコブのうちにたて、おきてをイスラエルのうちに定めて、その子孫に教うべきことをわれらの先祖たちに命じられた。
主は証を立てとある言葉は、とても強い形で表されている
言葉です。神が彼らに証を立てさせた。
ここで、証=エドウトとはトラーです。
トラーに書かれた神の全てのくすしき業、人間の生き方を
証明する人を、証=神の家族=エダとも呼ぶのです。
カハール=神の声に呼び出された人達と相互で使われる
神の家族を表す言葉です。
よく注意して見ると、神が伝えようとしている真実が見えるでしょう。
”神のトラー”=言葉=婚姻契約に、神の声=コル、カハールの
ルート文字と同じコル=声に呼び出され、神の言葉に応答した
人達=義とされた実態を信仰により受け取った人達。その人達は神の教え=トラーを生きる=その集団家族を”天の国の家族”
=カハール、エダ=神の証人と呼ぶのです。神の教え=トラーを捨てる人、人に捨てるように教える人は、天の国では疎遠な
関係、神の国を治めるには価値の無い軽い存在、位置=天の国で一番小さい者と呼ばれるとイエス様が言われたでしょう。
ヘブライの聖書の世界では、聖書自体を、セファ ハ トラー
と呼ぶのです。聖書が聖書に名前を与えているのです。
トラーの書、または証=エドウトと呼ぶのです。
気が付くとも、知らずとも、認めずとも、どちらにしろ、創世記から黙示録の中に書かれている言葉は、全て婚姻契約用語です。
聖書は最初から最後まで書かれている内容は変化しない。
神は、神の言葉は永遠不変なのです。
守るとか、覚えるとか、愛するとか、様々な聖書に書かれているそれらの言葉は、全部モーセの五書=トラー=婚姻契約の中の
用語、婚姻契約の詳細を生きる話をしているのです。
その事実に気が付けないのは、トラー=モーセの五書=婚姻契約は呪いの律法で2000年前に破棄された、特に異邦人には
関係ない教えになったと言う聖書では無い人間の作った教えを
信じていて、神が語る”永遠に変わらない、代々守るべき、
生きるべき神のトラー=教え”と言う、神の言葉を退け続けるから、神の語る言葉の意味が見えないのです。しかも、翻訳だから、真相がなおさら見えない。
聖書の事実、ヘブライ語を辿って読むだけでもずっと同じことが
書かれている事にいやでも気が付きます。不適切な翻訳用語を
元のオリジナルヘブライ語の意味が表す日本語の言葉に直すだけでも、違いが見えてきます。
もし誰でも、神の愛とか、贖い、許し、祝福、恵、救い、
主の日を覚えてとか、仕えてとか、様々な言葉etc
聖書の言葉から語るなら、それはトラーの中身、詳細を知らないままトラーの事実を語っているのです。それに気が付いて無いだけなのです。イエス=イエシュアを言う言葉だけでも、
トラーを指しているのです。イエシュア=救い=イエシュア=
トラーとイエシュアが言われたでしょう。
神は愛です。その愛の詳細は婚姻契約=モーセの五書の中に全て書かれているのです。もし、モーセの五書とは異なる神の教えであると言うなら、それはパウロが言う、別の福音を知らない間に語っているだけなのです。呪いの律法と言う聖書には無い不適切な言葉を考えて、知らない間に、トラーの中に
書かれている事を話しているのです。いや、トラーを否定する
教えを語るなら、それは聖書とは異なる人間の考えや、思想、
人造神学、聖書とは異なる教えを、聖書に被せて語っているだけなのです。
聖書は、全てトラー=婚姻契約に繋がる、まつわる内容が書かれているのです。ヘブライ語では顕著に分かる事実です。
そして、おきて=トラーと書かれています。
78:6 これは次の代に生れる子孫がこれを知り、みずから起って、そのまた子孫にこれを伝え、
この知ると言う言葉も婚姻契約の中で使われる言葉です。
人間の世界で一番親しい、夫婦間の関係の中で一番近い、親しい性質の間柄での知ると言う言葉です。だから、神の婚姻契約の
姿を生きないなら、神との親しさ、人との親しさ、神がデザインした麗しい関係の中に入る体験が出来ないと言う事なのです。
それほど裏も表も神との関係の中で知り尽くす人達が、次の世代へ神のトラーを伝えると書いてあるのです。これが最後の終わりの時代の特徴。
しかも、神の家族、一員になるとは、一人一人個人の勝手では
無いことが書かれています。自分さえよければなんでも良い。
どんなライフスタイルでも良い。そんなのでは無いのです。
人間の家族でも同じでしょう。勝手な事、違反、好きなように
生きたら、周りに害、悪い手本を見せ、人に悪影響、不快を
与える。シャロームが崩れるから、ダメである事がちゃんと
トラーに書かれています。好まざるとも、認めざるとも、
人は始めから1体に造られているから、互いに影響を与えるのです。良い意味でも悪い意味でも。一人が違反したら、一人が菌を
保持したら、周りに影響が行くのです。
割礼された頭脳にトラーが刻まれた、神との親し関係=トラーの
中で培った神との関係、神の言葉を知る、生きる事を得た、
学習した人達の次の世代はどうなるかが書かれています。
その人達に生まれる子らも同様に、トラーを割礼された頭脳に
深く刻まれて知る=ヤダ=神の教え=トラーを知る、生きる事
から離れないで、次の世代にも永遠不変の同じ神のトラー=
教えを伝え続けて行く状態になる世界が来ると書かれているのです。
詰まり、最後の世代以降は、エレミヤ31:31に書かれた様に
新しい契約=同じトラーを、割礼された頭脳にはっきりしっかり
刻まれた人達で構成されるコミュニテイ=トラーを皆が生きる=誰も主を知ろうと言わなくても、皆が頭脳に腹に生活の行動
思索、習慣、生きる全てにトラー=神の教えが浸透して生きる
人達で構成される新しい契約=契約再更新状態が生まれる事が
書いてあるのです。
そして次の世代へこの世代は、強い強調を持ってトラーを宣言し、教えると書いてあるのです。
伝えと言う日本語翻訳だと見えませんが、ヘブライ語では
強調で書かれています。
神の言葉を神の言う意図通りカウント、測る、取り扱う。
これが強調形で表されているのです。神の言葉を捨てたり、
ないがしろにしたり、終わった、破棄されたなどと言う事を
言う人は地の面からなくなる時代が来ると言う事が書いてあるのです。世界中が、イスラエルの神のトラーを生きて、神の記念日を全世界が祝うようになる世界が来ることが預言されているでしょう。
78:7 彼らをして神に望みをおき、神のみわざを忘れず、その戒めを守らせるためである。
そしてその世代の人達、次の世代も神のトラーを忘れず
神のトラーをガードして皆生きると書いてあるのです。
戒め=ミツボット=トラーに書かれた神に教えられたガードすべき教えの事なのです。
78:8 またその先祖たちのようにかたくなで、そむく者のやからとなり、その心が定まりなく、その魂が神に忠実でないやからとならないためである。
以前の先祖、イスラエルが失敗して来た、トラーを忘れ
神の教えを生きない様な状態は終わる!と書いてあります。
続く