ドイツでの宗教改革が起きた当時は、
ローマ宗教、カトリック教会しかありませんでした。
カトリックと言う教えから、宗教改革で枝葉したのが
”プロテスタント”と呼ばれるグループです。
プロテスト=抗議、異議申し立て、不服、不満、
反対をすると言う意味の言葉です。
何に対して“プロテスト”したのか?と言う事ですが、
当時の宗教で造られた教え、階級制、人が人を支配すると
言うピラミッド体制はその中でも大きなものです。
そして、リーダーの立場にある人々の腐敗などなど。
”宗教改革当時、プロテスタントは、新宗教グループと
呼ばれたものですが、宗教改革後も、オリジナルの聖書、
ヘブライのルーツには戻らず、全て神の言葉
=元のトラーに戻ると言う事にはなりませんでした。
多くの点に於いて、信条は相変わらず、
トラーが終わりとした上での教理であったのです。
4世紀にローマ皇帝により造られた新宗教の教えが、
その信仰のルーツであり、ローマ皇帝の造った宗教を
土台にしたものであり、カトリック宗教と同じ要素を、
根本的な部分で共有する信条は、継続して行ったのです。
カトリックとプロテスタントは、信仰の上で、少々形が
異なれど、同じ土場、根を共有しているので、多くの
共通点を所有しているのです。
ですから、ヘブライ、イスラエル、トラーに書かれたもの
とは異なる、同じ様な神学、同じ様なライフスタイル、
同じ様な宗教活動、同じ様な組織、
同じ宗教儀式や、同じ宗教記念日があるのです。
1世紀の”ハ デレッフ”と呼ばれた、イエシュアの
フォロワー達が、信じて生きていた内容=トラー=
聖書にある、使徒達や、ユダヤ人イエシュア信者達との
信仰の中身、ライフスタイルとは、
大幅に異なった形を取ったままのものが継続されたのです。
トラー=契約の命を生きる事とは、基本的に異なる
トラーは終った、破棄されたと言う教えから、
原罪と言う神学を土台に、時代線上に物事を見る
ギリシャローマ哲学思想で語られた神学の世界。
その教えがそのまま継承され、部分宗教改革、
西洋ローマ宗教と言う宗教内だけでの、改革が在ったと
言う事実。
言って見れば、宗教の枝分かれ、姉妹版の誕生です。
そして、宗教改革が起こった後、ローマ宗教教区内に
生活していたユダヤ人の立場は、増々悪化、不利になり、
危険にさらされて行く事になるのです。
世界はいつも、反トラー、反ユダヤです。
何故なら、ルタ−派は、晩年反ユダヤ主義立場を取って
行く過ちを犯してしまったからです。
ルターは、ヘブライ語聖書を学ばなかった人です。
トラーを破棄した教えに根付いた宗教を信仰していた人です。
トラーの中身に、本当は何が書いてあるのか知らないと、
ルター自身が、告白しています。そして、もっと若かったら
ヘブライ語聖書を学ぶべきであったとも言っているのです。
オリジナルの中身を知る事が出来ない事は、
神の言葉を教える教師として、
ものすごくハンディがあります。
ドイツ文学、英文学の教授でありながら、
ドイツ語や、英語の原文を読めず、
翻訳だけに頼ると言う事と同じだからです。
教師が居ないと言う現実は、重たい。
お家元を捨て、離れたら分からなくなるのです。
神の選びで、”神の言葉”のオリジナルを教える
教師達となる国民を神が、選び、立てたからです。
なぜなら、オリジナルが分からなければ、
翻訳を探るだけでは、見えて来ないものがたくさん
あるからです。
ルターの様な人でも、ヘブライ語聖書を知らないのなら、
この様な反トラー、反ユダヤ主義的考えや教えが出て来ても、
何ら不思議ではない、仕方無いのです。
お家元=ヘブライのトラーを退けたら、原型が
分からなくなるのは当然だからです。
16世紀後半から、まずはイタリア、ついで、
オーストリア帝国に導入されたのが、
ゲットーです。
日本でもこの言葉は、皆が知っている言葉です。
ゲットーとは、閉鎖された鋳物工場のある、ベネチアの島の
名前を付けたのです。
在ベネチアのユダヤ人は、一カ所に集められ、隔離して、
ローマ政府が監視するために、ゲットーに送りました。
この政策は、ヨーロッパ、カトリック圏の他の国々にも
取入れられて行ったのです。
ヒットラーが、同じ目的=ユダヤ人排除のため、
第三帝国=ナチス ドイツにゲットーを取入れています。
18世紀のカトリックの法学者 ロベルテイは、
ユダヤ人ゲットーは、神学者のあらゆる学問にまさり、
イエスキリストの宗教が真実である事を
証明していると言いました。
ここで、訂正しなくてはならないのは、
イエス、キリストは宗教など造っていませんし、
イエスキリストは、トラー預言書、諸書のみを教え、
生きていた事実があるのです。
宗教を教えたのではなく、生ける神の言葉のみを教え、
それをそのまま丸ごと生きるお手本を示したのです。
4世紀にローマ皇帝が、太陽神信仰を混ぜて変えてしまった
教えなど、聖書のどこの箇所にも書かれていないし、
イエシュア、使徒、パウロも、トラー以外の別の教えなど、
教えてなんかいなかったのです。
この事実を、はっきりと、明らかに認識しない限り、
都市伝説の誤解は世界をずっと駆け巡り続けてしまうのです。