シャバットとは宗教活動ではない | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

シャバット=この日は、宗教活動の日ではない。
いいえ、宗教活動は、人間が造り出した教え。

家族で、あなたの住居に於いてとはっきりと書かれている。
自分の為に、そして自分の大事な家族、仲間とのためのもの。
この向合う時間、濃密な関係と、修復、回復がおろそかになる
と、自分、家族が破壊されて行ってしまいます。

主の仰せの中に生きる。

人間の造り出した、人間のコンセプトなる
”宗教活動”などはない。人間の教えはどこまで、人をせわしなく
追い立てる。罪悪感を必ず駆り立てる。主の提供して
下さるものは”憩い”、主と自分と他者と、憩い 本来の姿、
関係に入る 修復、回復の時を持つのです。

私達が頭の中に想像する”礼拝” この翻訳もピッタリ来ませんが
西洋人が造った、人の造ったある一連の行事、もろもろの儀式が
礼拝と思っていると思います。そう教えられて来たからです。

でも、聖書に書かれている、礼拝と訳されているものは
私達の”生きる全て”です。 ”アボダー” と言う原語で
書かれている。

”生きる全てが主の前での本当の姿だからです”
何かの形の宗教活動=礼拝ではないのです。
下から上への努力でもない。
主の前で、努力して、パフォーマンスして、認められる
そんな世界ではないのです。

生けるコバーン=本当の自分=主の似姿の自分で、
主の意図通りの関係を、主と他者と結ぶ。
その前に”主の意図通りの関係を結ぶ”には、
”本当の自分=主の似姿の自分をまず知らないとならない。
本当の自分に出会わないとならない。”

主の意図通り、主の指示した通りに主に近づく事をする。
それ以外の近づき方しても
それは意味がない、本物ではない。
ただの偶像礼拝と主が言われるもの。

それが、”ナファーシュ” =安息=憩い=主がデザインした
オリジナルの純粋な関係の世界。

そして、シャバットに、とまる、とめるのは、
”創造的活動”クリエイティブな
活動=仕事です。自分の命を支えるためにする仕事です。
または、様々な努力 勉強や、修練。それを止める!
”メラハー”と言うヘブライ語です。

自分の命を支えるその活動=メラハーをストップ。

アボダーはどの時にも、停止しない。

一つの側面が分かります。

私達は、気がつかないままこの世の生活の中で、
エジプトで学習したこの世の基準で物事を眺めている。

誰々はどんな特技、能力を持ち優れているのだとか、
自分は大した事ない人間さとか、
絶えず比べている。
社会的地位、職業に付いて、どれ位の人に影響を与える
凄い仕事をしているなどなど などなどetc etc etc
どれ位人から認められ、どれ位の賞賛を得ている人なのだとか
それら全部のメガネを外す。

私達は、どんな事も100%主から全て与えられただけ。
能力も、チャンスも環境も財も只只与えられただけ。

主に造られた只の1人、この世の人がレッテルを付ける、
この世の評価、その価値観から人を、1人1人を眺めない 
そう言う事もやめる、とめる。ズレているから。その考え。
1人1人 純粋に、只只神に造られた子として、お互いを見て
お互いに関わる。

そうしたら分かるでしょう。
誰かが誰かの上だとか下だとか、偉いだの劣っているだの、
年齢が低いから尊敬に値しない存在だとか、
そんな事が変な考えである事が分かる。

比べられない。なぜなら、それぞれがそれぞれに”陶器師”の
意図通りに造られた、別の目的の上に主の上に
“聖別”=主の目的に従って造られ、分たれているから。

まっさらに、主の目から見る自分と、他者
1人1人が主の前に尊い”主の子”として、この日を
祝う。

宗教の活動は、誰がどれだけ立派に主に仕え、どれだけ
真剣に何かをして主に喜ばれ、どれだけ熱心に主に捧げているか
など、そんな色眼鏡で頑張りを要求してくる。

主の求めておられるのは、そんな人間の努力や活動ではない。

主が与えた全てを子供達がフルに満喫して生きる!
喜び 楽しみ、光輝いて 溢れて生きている姿。

ただただ主の前に楽しみ喜び、創造の原点に戻る。
世の光=月、星、太陽が造られる前に出現した
”主の光” ヨハネ1章でヨハネが語ったその光を内側に
頂いている事を思い出して。


親であれば分かりますね。
子どもが、幸せに、満ち足りて その子らしく 生き生き
伸び伸び 喜び溢れて生きて居る姿
それが親の何よりの願い。


Shabbat Shalom