何とかなるさ...の世界!? -217ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

2003年2月、私は長男ヨシヨシを日本で産みました。その前年9月に私たち夫婦は、日本に暫く居を構えるつもりでイギリスの地を後にしたのでした。

帰って来た当初、両親の経営する駅前の喫茶店を任されたのですが、その店というのが、床も壁もトイレも水周りも、とにかく全てが汚くボロボロで、よくこんな所で今まで店をやっていたものだと、変な意味で感心したのを覚えています。

そんな状態の店を、兄の手伝いも借りて2ヶ月半くらいで修復し、何とか店を開けれるようにまでしました。その間にも、色んな事はありましたが、ここでは省略します。

そして、その年の12月初めに私達の喫茶店がスタートしました。

しかし、過疎化が進行中の街での喫茶店、いくら駅前という立地条件が良くても、多くの客の入りを望むことは難しいことでした。だから、私達の前に店を任せられていた人達も、結局家賃を払えなくなり、辞めざる終えなかったという訳です。

でもとりあえず、私が子供を産むまでは、何とか頑張ろうということで、主人と二人、その喫茶店をやっていました。

こんな状態の喫茶店に、しばしば愚痴をこぼしながらも、暇な時間を利用して、主人は何とか日本語を覚えようと、平仮名とカタカナ、それに漢字を練習していたのを思い出します。今となっては、殆ど覚えてないようですが...。

さて、そんな生活を2ヶ月おくり、私の出産予定日まであと2週間と近づき、無事病院の検診も終えたその夜、私達二人は実家の近くの焼肉家で、なぜかその時は焼肉ではなくビビンバを注文して食べました。ちょっと辛かったのですが、まあ、このくらいだったら大丈夫だろうと思い口にしたのです。

焼肉家を後にして、私は久しぶり、主人は初めてのカラオケボックスへ行き、思う存分歌った私達でした。今は全然ですが、当時の私はまだカラオケなるものが好きでした。

そんな夜を過ごした次の日の朝、私は台所で母にこう言ったのを覚えています。

私 「何だか胃の調子がおかしいみたい。」

母 「大丈夫なの?」

私 「たぶん、昨夜辛いの食べたせいかもしれない。」

そんな母との会話の後で、主人にも自分の胃の調子がおかしい事を伝えると、今日は大事をとって店を休んだ方がいいんじゃないかと促されたのですが、私はこのお腹の痛みは、あくまでも胃の調子が悪いのが原因だと思い込み、いつものように、駅前の喫茶店へと出かけたのでした。勿論、私の運転で...。


to be continued
...



music cabinetWhen God Has Another Plan music cabinet3
by The Greenes

  昨年3月11日の震災一週間後に、主人と子供達は津波の被害や原発事故、とても心配した主人の親族がイギリスに非難するよう促したのと、主人の希望もあり、イギリスへと戻って行きました。

当初、私も一緒に行こうと言われたのですが、何しろ地震後の後始末や、子供達の学校に連絡しなければならなかったのと、その他にも色々やることが山済みになっていたので、それを残してイギリスに一緒に行く訳にはいきませんでした。それに、あの時行ったら日本に当分戻ってこれないような気もしたからです。

という事で、私は子供達や主人と離れるのはとても辛かったのですが、後から彼等を追う形でイギリスに行くことを約束し、一人日本に残り今現在に至っています。


7年ちょっと暮らしたイギリスに、嫌気と疲れを感じた私の我侭、それと子供達に日本語を習得させるために、長く居るつもりでやって来た日本でしたが、結局主人と子供達が日本に滞在した期間は、ほんの半年ばかりでした。

この時点で、私は思いました。
「ああ、神様は私を再びイギリスに戻そうとしているんだ」と...。

さて、主人と子供達が去ってから、当然一人の時間が増えました。そのため、今まで怠っていた神様との交わりの時を前より保てるようになった気がします。幸い、母が買いためていた多くの信仰書を手に取り、読む時間も与えられています。

そして、その神様との交わり(祈り)や聖書の学び、信仰書を通してイエス様の御霊である聖霊が私に伝えようとしていることも、今まで以上に分かってきたようにも思います。時には異言の中で私に語ってきます。


11月末頃に母が十二指腸潰瘍で大量出血をし、輸血をするため病院に2週間ほど入院しました。私は、はっきり言ってあの時母が死んでしまうのではないかと思いましたが、お医者さんが母の十二指腸を検査した時には、既に傷口が塞がっていたらしく、不思議がっていたようです。感謝なことに神様は一夜の内に、母の出血部分を塞いで下さったみたいです。

また母曰く、あの時私が居なければ本当に死んでいたかも知れないと言っています。このことからも、私が日本に残ることが神様のご計画だったと思えてなりません。

またまた不思議なことに、母が退院して3週間後くらいに、今度はイギリスに居る主人が、大腸憩室炎破裂で敗血症になり、これまた生死をさまよう状態になってしまいましたが、今は落ち着いているとの事です。心配ですが、幸いにして、彼の家族が色々手伝ってくれているようなので、とりあえず安心です。

なので、時期を見て私もイギリスに向かおうと思っています。がしかし、私がイギリスに行く時期も神様に祈っていくつもりです。私のイギリス生活再出発の心の準備が出来てから、神様はきっと私をイギリスへと向かわせるでしょう。それまでは、いま少し神様は私を日本に留めて置かれるようです。


「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私達は知っています。」 ローマ人への手紙8章28節