使徒パウロの歩み | 何とかなるさ...の世界!?

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いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

 

 

 

ベニヤミン族の子孫としてタルススに生まれたパウロは、父の古くからの友人であるパリサイ派のガマリエルの下で8年間受けたユダヤ教の律法と伝統についての教育によって、かなりの知識を持っていました。

 

ガマリエルによってサンヘドリンの協議会に推薦されたパウロは、ステパノの石打に賛同し、クリスチャンへの迫害を率先してやっていました。

 

しかし、エルサレムからダマスコへの道中で、パウロの人生のコースが180度変わってしまう出来事が起こります。

 

眩いばかりの光に打たれ目が見えなくなり、イエス様の「なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞きます。

 

そして、アナニアに手を置かれ、聖霊によって目を癒されたパウロは、神が誰であるのかはっきりと分かって回心し、御言葉を詳しく調べ上げ、それから広く宣教活動を開始します。

 

その後の彼の生涯はローマで斬首刑にされるまで、常に迫害と隣り合わせの波乱万丈人生でしたが、彼は最後まで神の栄光を現わし続け、彼に与えられた神の御心の人生のレースを走り終えました。

 

使徒パウロの書いた多くの手紙は、初期のキリスト教思想に大きく貢献する深い神学と哲学の知識に反映しています。

 

彼は少なくともヘブライ語とギリシャ語、またおそらくラテン語も話す事が出来たようです。

 

 

 

 

 

第二ペテロ3章

15)また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵(先に簡単に書いたとおり、この奥義は、啓示によって私[パウロ]に知らされたのです。エペソ3章3節)に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。

 

16)その中で、ほかのすべての手紙でもそうなのですが、このことについて語っています。その手紙の中には理解しにくいところもあります(この方[キリスト]について、私たちは話すべきことをたくさん持っていますが、あなたがたの耳が鈍くなっているため、解き明かすことが困難です。ヘブル5章11節)無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の箇所のばあいもそうするのですが、それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています。

 

17)愛する人たち。そういうわけですから、このことをあらかじめ知っておいて、よく気をつけ、無節操な者たちの迷いに誘い込まれて自分自身の堅実さを失うことにならにようにしなさい

 

18)私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。