エコ社会の矛盾 ーContradictions in an eco-societyー | 何とかなるさ...の世界!?

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いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

 

なぜ、世の中は石油自動車から電気自動車(EV)へと移行しようとしているのか。その矛盾...。

 

理由1)EVは環境に優しくない。

 

EVに電力を供給しているのは何か?

 

米国では、電気の60%以上が炭化水素から生成されている。つまり、石油やガスがEVの充電に一役買っている可能性が高い。

 

EVは二酸化炭素排出量を削減するのではなく、単に排出量を移動させるだけなのである。

 

これらのEVは、リチウムやコバルトのような希少元素に大きく依存しており、環境に優しくない状態で排出され、しばしば有毒廃棄物につながる。

 

要するに、EVが環境に優しいという考えには疑問があり、政府がEV産業への多額の税金補助を正当化するための口実となっている。

 

理由2)政府の支援がなければEVは競争に勝てない。

 

政府の支援がなければ、EV市場は崩壊し、殆どの消費者には手が届かなくなるだろう。

 

要するに、EV市場は政府の介入に大きく依存しており、このような大規模な支援の背後にある動機について、汚職や無知によるものなのか、或いは、もっと不吉なものである可能性があるのか、疑問の声が高まっている。

 

理由3)EVはあなたをコントロールするもの

 

EVは強力な監視道具であり、膨大なユーザー数を誇り、政府も簡単にアクセスできる。

 

要するに、権力者達はあなたの自由と独立したエネルギーへのアクセスを制限しようとし、農家が家畜を管理するような包括的な管理を目指している。左矢印まるで、ジョージ・オーウェルの「アニマルファーム(動物農園)」のような...。

 

これは、ガソリンからEVへの交代を推し進める彼らの目的に合致している。

 

結 論

 

一言で言えば、電気自動車は見た目ほど環境に優しくなく、競走するためには政府の支援に大きく依存し、成長するハイテク制御システムの中で、重要な役割を果たす可能性があるということである。

 

解決策は簡単で、政府による補助金や支援を全て廃止し、完全な自由市場で、EVがそれぞれのメリットで競争できるようにすることだ。

 

しかし、それは起こりそうにない。

 

その代わり、EVの推進が強化されることを覚悟しなければならない。

 

当初は、環境意識の高いエリート達のための政府補助金付きステータスシンボルに見えるかもしれないが、現実はもっと深刻なのである。

 

これらのEVは、不吉な「グレートリセット」、つまり、グローバルエリートによって作られた暗黒世界的未来像の無意味な構成要素なのかもしれない。

 

このいわゆるグレートリセットは、技術的に進歩した封建制の形態に似ているが、世界の多くの人々はまだ気付いていない。

 

更に、落胆させられるのは、多くの個人が知らず知らずのうちに、この計画を支持し、より大きな善のために世の中を救っていると勘違いしているということである。

 

この変革は既に進行中であり、今後数週間がその展開において、窮めて重要な意味を持つかもしれない。

 

リチウムやコバルトのために、僅かな賃金で、健康に害を来たしながら奴隷のように働かされている、コンゴの労働者やその家族、そして子供達。