新しいホームステイ先の中国人のお母さん(私たちはそう呼んでいました)は、私より調度一回り上で、誕生日が私と同じ日だったのです(ちょっとビックリ)。
そのお母さんに、私が教会を探そうと思っている事を話すと、彼女は、自分もクリスチャンなんだけれど、教会と云うものに違和感というか、窮屈なものを感じ、今では教会には行かず、自分で聖書を読み、祈っているんだと打ち明けてくれました(彼女は預言の賜物を持っているようでした)。
それを聞いて、私はすごく分かるような気がしたのです。
私は、幼い頃から教会学校、そして教会へ通っていました。
子供の頃は、何の違和感もなく楽しく通っていたのですが、中学に入った辺りから、すごく窮屈な場所、リラックスできない場所へと変わり始めたのです。
また、牧師婦人の勘違いな嫉妬からくる、母への嫌がらせもあり、いい気持ちはしませんでした。
そして、母がその教会と関わりを持つようになって、10年が経った頃、その教会の牧師は夫人の影響を受けて、結局、牧師職を退く事になってしまったのです。
牧師自身は、信仰のしっかりした方だったのですが、夫人を通しての悪魔の攻撃に、残念ながら打ち勝つ事が出来なかったのでしょう。
そんな事があったのが、私が高校に入った辺りだったっけかなー?
牧師を失った教会ではありましたが、近隣から同系列の教会の牧師さんが来て、とりあえず教会は続いていました。
その教会に、私が大学2年か3年の頃まで行っていたのですが、ある日、別系列の特別集会に母が行き、火の消えかかっていた教会から、その新しい教会へと移ることに決めたのです(勿論私も一緒)。
私達が、その新しい教会の、最初の会員となったのでした。
それから数年後、昔通っていた教会は無くなってしまいました。
しかし、新しく通いだした教会も私にとっては窮屈なものでした。
教会の中でリラックスできないのです。
牧師婦人と仲良くお話したいと思っても、牧師がいると、何だか監視されているようで、心を割ってお喋り出来ないのです。
だから、私にとって礼拝後の交わりの時は、とても苦痛なものでした。
それに、牧師の説教を聞いていても、全然心に響いてこないのです。
何時も似たようなお話で、ライバル心が強く、牧師の行動は、次第に神様の栄光を表わすというよりも、自分の栄光を表わしたいのではないかというように、私と母の目には写っていました。
そんな牧師夫妻も、教会を開いて10年後くらいに、生まれ故郷の南の国(日本国内)に戻って行きました(ずっと前に、預言で南の国に行くと言われたみたいです)。
現在、牧師が去った後の教会には、専属の牧師はいないようで、同系列の牧師先生方が順番で回って来ているようです。
こういうことが過去にあったので、お母さん(ホストマザー)の言っている事に、とても共感できた私でした。
しかし、そうは言っても、このバンクーバーでは教会に行く事が、私に対する神様の御心であり、とても大切な事に思えました。
事実、そうである事は確かだったのです。
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余談)
私自身としては、どちらかというと、こちらの教会を重視しています。
エペソ2:20)あなた方は使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト-イエスご自身がその礎石です。21)この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、22)このキリストにあって、あなた方もともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。
「御霊の神殿」=私たちの体
そして、以下の御言葉も、私にとっては納得できるものです。
使徒7:46)ダビデは神の前に恵みをいただき、ヤコブの神のために御住まいを得たいと願い求めました。47)けれども、神のために家を建てたのはソロモンでした。48)しかし、いと高き方は、手で作った家にはお住みになりません。預言者が語っている通りです。49)「主は言われる。天は私の王座、地は私の足の足台である。あなた方は、どのような家を、私のために建てようとするのか。私の休むところとは、どこか。50)私の手が、これらのものをみな、造ったのではないか。」
ちょっとした聖書の学びでした...。