科捜研の女をご存じだろうか。沢口靖子主演のドラマである。
京都府警で科学捜査研究員として、活躍し難事件を解決していく。
その16の7「爆弾配達人」に出てくる言葉に、思わずうなった。
最も忘れられない、嫌な思い出が生きる軸になるというものであった。
誰にも、深く傷ついた思い出や、忘れたい過去が、一つはある。
それは、文字通り、頭からなくしたいものである。
その出来事を、生きる糧とするというものである。
これは、逆転の発想である。自分にとって、マイナスな出来事を教訓として、心に持ち続けるというのは、、口で言うほど簡単なことではない。
何とかして、克服しよう、あるいは、忘れようとするのが人間だと思う。
消化しきれなければ、精神的な異常をきたすであろう。
悩み、もだえ、苦しむ中に、その出来事と折り合いをつける。
いや、その出来事を基礎として、自分を作り上げていく。
そんな強さを、持ち合わせているだろうか。
逃げ出さずに、目をそらさずに、向き合えるであろうか。
向き合えば、涙も出るし、感情的になり、恨みも出てくる。
その恨みを糧として、自分がどれだけ成長できるかが、カギである。
これができれば、無敵になる。普通の人間ならば、くじけるだろう。
感情的でない性格でも、心にトラウマはある。
その体験をもとに、暗い気持ちで生きるか、前向きに生きるか。
昇華させる手段は、それぞれ人により違うであろうが。
それを肥料にできるか、あるいは、そのアクに負けてしまうか。
土門刑事が新米神原刑事の、刑事としての軸について語る。
「何があってもぶれない軸。落合刑事の強烈な毒に最初に出会って、
信用し、裏切られ、そして亡くなったこと。すべての事実を飲み込んで
糧としたとき、刑事としての軸ができる。」というのであった。
これを普遍化して、人間としての生きる軸ととらえたらどうであろうか。
人生を生きる上で、ぶれることのない、軸を持つということである。
それは、その人の行動規範であり、人生哲学になる。
それにより、その人の、生き方が決まり、価値観も生まれてくる。
誰しも求めている、人生観。それは。
精神的なものか、肉体的なものか。
心情的なものか、心霊的なものか。
相対的なものか、絶対的なものか。
自己中心的なものか、他己中心的なものか。
その人の基準により、守備範囲が決定する。
その人の水準により、レベルが判明する。
どれだけの人を幸せにでき、喜びを与え、幸せに出来るか。
その人の人生観の軸の広さと深さにかかっている。
ここで、自分にとって、必要かどうかの検定法がある。
それは、それを受け入れたとき、救済感があるかである。
別な言い方をすれば、心が軽くなるか、重くなるかである。
つまり、幸福感を感じるか、義務感を感じるかである。
教えには、まったくの悪なるものはない。
あるのは、その広さと、深さである。
自分がそこに当てはまるか、そして、満足できるかである。
合っているものに会えたなら、心が震えるから、判るはずである。
気持ちが明るくなり、満たされたなら、あなたの人生観として、取り入れるべきものであり、生きる糧となる。
高尚な教えであり、頭で理解できても、心が満たされなければ、あなたにはふさわしくないのである。
また、初めは喜んでいても、成長するにつれて、違和感が出てきたならば、その教えからは、卒業ということである。
教えには、個性があり、長所と短所がある。また、レベルの高低もある。それぞれ、学びつつ、自分を見つめていくといい。
それにしても、沢口は、女優一筋に演技を追及している。
無邪気な研究員役だが、20年近く務めるのは、並大抵のことではなく、ドラマが事実になっていく。
つまり、架空の人物が、現実化していく。「フーテンの寅さん」化である。
科捜研の女は、もはやドラマではなく、現実の中で起こっている、ノンフィクションになっているのである。
とすれば、沢口もまた、女優ではなく、榊マリコと同一化し始めている。
天職ともいえる、その役は、彼女を愛してやまないファンの支えになっている。
彼女の真実探求への貪欲さに、ほれぼれするばかりである。
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