「中田英寿 誇り」に見る孤高の研究 | 人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記

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ここでは、内的な孤独について、語りたい。

「彼は、孤独な戦いをしている」と、感じたはずである。

それは、彼の最後のサッカー人生の大きな大会である、ドイツワールドカップの時のことであった。

 

ワールドカップ予選後、記者会見の席でも、一切、楽観的な言葉は発せずに、「このままでは勝てない」を繰り返していたと記憶している。

その姿は、まるで神風特攻隊の隊員のように見えた。

 

結果は、クロアチアと引き分けたものの、オーストラリアとブラジルに完敗し、予選通過はならなかった。

次世代で出てくる本田が同じ役割をしているように見えるが、決定的に違うところは、中田の言葉は悲観的であるのに対して、本田は楽観的な言葉を吐くことである。

 

しかも、中田がチームから完全に一人浮いているように感じたのだが、本田は溶け込み、全員を引いているように感じていた。その違いは、南アフリカ大会の結果である2勝1敗に如実に表れている。

 

中田は、一つ上から冷静に見つめて、チームを判断している監督のようであった。もし、彼が監督であったら、選手もついていったに違いない。しかし、彼は、一選手であった。

 

中田との意識のずれと、心情的な不一致が、十分な結果を出すことができなかった原因の一つであろう。では、どうしたらいい方向へ進めたのであろうか。

 

それは、中田信奉者の存在が大きい。その人がいなかったからである。本の中で、述懐しているが、それは、ずばり、名波浩である。彼は、すでに日本代表からは遠ざかっていた。

 

サッカーとは、個人プレーではなく、連係プレーのスポーツである。その個人技が生きるかどうかは、アシスト役が重要なのである。それが、中田にとって、名波であった。

 

1998年のフランス大会を振り返り、中田がパスを出したいところで名波が待っていてくれ、また、最高のタイミングで中田を名波がフォローしてくれたという。つまり、名波は信頼して任せられるプレイヤーであった。連係プレーの最も重要な、意志の疎通できる相手であったのだ。

 

それを十分にできなかったから、チームは、一つにまとまらず、勝利することはできずに終わってしまった。それは、本田も同様に高い目標意識を持っていたが、まとめようとする意識と、そうでない場合との違いであろう。

 

チームがまとまりを見せると、そこに、一人一人の、技量がかみ合い、大きな力を発揮して、思わぬ良い結果を生み出すのは、スポ-ツの世界には、よく見られることである。

 

内面は孤独であっても、外面は孤独であってはならない。孤独の人には、誰もついていかないからである。孤高の人。その意味を、もう少し、考えてほしい。

 

「相棒12の孤独の研究」で書いたが、心を通わせる人がいなくても、人との付き合いでは、相手を無視するような言動はいけない。右京を、まねるといい。右京は、自分の意見は押し付けずに、黙々と仕事をするタイプであり、ある意味、本田に似ている。

 

本田のような有言実行タイプではないが、あれは、チームへの鼓舞であり、パフォーマンス的な意味合いがある。それにより、意識を高く持たせようとしているのである。否定的な言葉は、暗くするだけであり、意気消沈してしまう。

 

逆切れして、頑張ることによりうまくいくのは、個人プレーのスポーツであろう。それも、短期的にしか保持することは難しい。怒りが収まれば、自己満足しか残らないからである。それと、恨みだろうか。

 

私が、いつも感じるのは、どのようにして、試合まで持っていくかということである。生徒に言う場合は、試験当日を迎えるかということになる。ただ、闇雲に、練習、あるいは学習すればよいというものではない。

 

どうしたら、最高のパフォーマンスができるか、最高に頭をさえさせられるか、ということになる。それがわかれば、勝利は、見えてくる。チーム内のごたごたや、学習不足であえいでいるようでは、まったく、勝利はおぼつかない。

 

中田は、孤独であった。それに尽きる。たぶん、ヨーロッパでもそうであったのだろう。だから、チームにうまく溶け込めず、思うような成績を残すことができなかった。人のポテンシャルとは、それが発揮しやすい環境が必要である。それは、心と心が通じて生まれていく。

 

孤独といえば、いや、今は、孤高となりつつあるが、イチローがいる。

マリナーズのイチローは、移籍する直前は、孤独であったに違いない。それが、マーリンズに来て、チームメイトと打ち解け合い、驚くべき42歳の成績を残した。

 

彼は、いつも、心は、孤独であろう。他に類を見ないプレーヤーだからである。しかしながら、コミュニケーションを取り始めたときに、彼は、変化した。孤独から、孤高になった。

 

彼の心情は、まったく計り知れないが、一つだけ言えることがある。それは、4000本を達成した時の涙である。彼の野球に対する真摯な姿勢、それは、日本人のみならず、アメリカの野球ファンの心を鷲づかみにした。イチローフィーバーが続いた昨年であった。

 

この歴史上未曽有の選手には、まさしく脱帽を超えて、ひれ伏すしかない。その選手をして、馬鹿にされたと、幼少時代を振り返り、語っている。そこに、いつまでも変わらぬ野球へのひたむきな情熱を感じた。

 

孤高の人、中田。そして、イチロー。本田。エールを送りたい。

 

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