アメリカ放浪記 10 | 人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記

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人生と読書は切り離せない、体と心のような関係です。人生は旅であり、また、読書も旅です。徒然なるままに書いていきます。コメントお待ちしています。

 

12月31日の夜、3日間の修理を終えて帰ってきた車に乗り、グランドキャニオンに出かけた。

 

寒い日であった。空気は澄んでおり、さらに乾燥した外気は、車から降りると、刺すような刺激を顔に残した。

 

かの地に降り立つと、もうすぐ夜明けが訪れる時刻である。夜空に輝く星々の世界は消え失せつつあった。

 

新年をここで迎えることになるとは、夢想だにしなかった。一番アメリカらしい新年の迎え方は何ぞやと、三人で考えた結果、ご来光を感動する地で迎えようとなったのである。

 

数分後には、新年の太陽を拝める時になる。しかも、下を眺めれば、深い渓谷が口を開けて、大蛇のような様である。

 

空が白けて、太陽の光の筋が差してきた。お互いの顔の表情がはっきりと確認できるようになった。

 

この地形を創り上げるのに、どれだけの時間が流れていったのだろうか。この日の体験は、一生忘れられないだろうとこころに刻む。

 

太陽に向かい、祈願する。アメリカは、広い。いや、とてつもなく、でかい。日本とは、けた違いだ。そんな中で、これからの旅の無事を祈る。

 

さて、外に30分もいれば、寒さがジャケットを通して、しみ込んでくる。車に戻り、エンジンをかけてしばらくすれば、その暖かい風がジャケット内の冷たい空気を追い出してくれる。

 

追伸

グランドキャニオンには、アメリカンインデイアンの城のようなものがあった。詳しいことは記憶していないが、ここは、白人により開拓される前は、原住民の天下であり、この茶色の谷間を野生馬に乗って走り回り、幸せな自然との生活をしていたに違いない。

 

日本でいえば、アイヌ民族のような存在であり、その歴史は、悲劇であるといえる。歴史は、強いものが勝つという法則のもと、展開されるのであるが、それが、平和的な話し合いではなく、殺し合いという弱者にとっては征服され、悲惨な結果にになるのである。

 

ちなみに、アメリカンインデイアンの握手を、酒場で教わった。確か、ミグイッシュといっていた。はっきりとは覚えていないが、お互いに拳骨を作るように握り合い、、親指を立てて、合わせるものであった。中年の男であった。西部劇に出てくるような、バーで会ったのを覚えている。

 

 

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