読み始めて30年が過ぎた。村上氏は、小説を通して救いを書いてきた。
それは、文学者としての、彼のテーマであり、スタンスである。
男は東奔西走しながら旅を続け、女に救いの手を差し出そうとする。
女は自分の世界で、自己完結し、結局は男のもとを去っていく。
ジャズ音楽から、交響曲が流れ、ポップミュージックまで登場してくる。
サンドイッチや、生野菜に代表される食事を作り、洋食を好む。
ビールやウイスキーを飲み、バー通いの浪漫的な生活をする。
乾いた性格と、義理深い性格が同居する主人公が悪戦苦闘する。
学生から社会人に成長し、塾の数学の教師の傍ら小説を書いている。
20代は自殺した友人の穴埋め期間に追われ、
30代は諦観を得た。
主人公は、自己の救いと、関係する女の救いを心がけ、迷路にはまる。
現実を変えるには、人を救うには、過去を清算する必要があると気づく。
精神世界と現実世界は、一つではなく、並行して別の世界がある。
あちらの世界でなされることは、こちらの世界にも大きく影響する。
人を救うには、両方の世界をで、解決しなければならない問題がある。
現在は、影に代表される過去の変革により、本来の自分を取り戻せる。
1Q84は究極の時空移動小説であり、地球規模のタイムトラベラー。
塾は間違えた情報を調整する場所であり、数学は規則性を正す学問。
小説はねじれた人生のよりを戻す個人的手段で、疑似体験する場。
柔道は精神と肉体の鍛錬をする道であり、殺人は懲悪の究極の形。
すべてが備わった環境で、二人は、世界を救う役割を担い動き出す。
青豆と天吾がカルト教団教祖と戦い、夜空の二つの月を一つに戻す。
月は、精神世界の象徴であり、私たちの本来の姿を映し出している。
風はどこにでも吹いている。その声を聴くのが、私たちの辿る道である。
追伸
風の歌を聴けのデビューは、鮮烈であった。初めての文体と内容は、日本文学とは異質なものを感じ、のめり込んでいった。
30歳の村上氏の処女作は、大学生の僕の風来坊的な生き方に共鳴できない自分に共鳴していた。まるで違っていて、想像もできない学生生活が展開されていたからである。
文学といってしまえばそれまでだが、過激な内容をオブラートで包み、ソフトに仕上げた、サンドイッチみたいな感触だった。ほとんど、おにぎりしか食べない当時の私には、新鮮で、美味しかったのである。
村上文学には、哲学らしき言い回しと、デカダンスの風が吹いていた。ビールを好み、バーボンウイスキーの香りが、部屋に漂っており、まるでその小説は異国情緒であった。
乾いた主人公の性格にも、興味をひかれた。まるで、日本人気質である、湿った感じが全くなく、ドライであったからである。それでも、義理深く、友達には、一肌脱ぐようなところがあって、日本製だけれどアメリカン、つまり、ホンダのスティードみたいなバイクを思わせる感触がある。
夏の午後の倦怠感と、青年の怠惰な生活が、優柔不断な性格と相まって、物語の異色さを引き立てていた。その頃の村上氏には、ノルウェイの森を書くとは、夢想だにしないことであった。だから、ノルウェイの森が出て、300万部が一気に売れ、世の中が大騒ぎしているときに、私といえば、蚊帳の外状態であったのを覚えている。
なぜ、この小説が、村上氏の力作なのか、まったくわからない状態であり、読後感は、ひどいものだった。私にとって、雰囲気が、アメリカンから、和風になり、まったくついていけずに、戸惑い、驚くばかりであった。村上氏は、豹変したのである。
その偉大さに気づくのは、十年の時が必要となる。ダンスダンスダンスで気をよくした私は、しばらくそれで満足して踊り続けられたからである。内容も忘れたころに、再会の時は来る。読み返すと、その切ない内容に、涙が止まらない。
大学時代に、友人から、「自殺を考えたことあるかい。」と真顔で尋ねられたことがある。その時まで、まったく自殺という言葉さえ意識していなかった私は、面食らい、返答に困った。別の世界のことだと感じていたからである。
その質問が、このノルウェイの森を通して、再び私に突き付けられた。直子は、自殺する。失恋のためである。キズキも自殺する。何のために?わからない。「俺はわかるよ。」と、私に質問した、学生時代の友人の声が聞こえそうである。
彼は読書家で、思索家であった。その純粋さと、青臭さのために、真理を追及してやめず、ついに大学を辞めて実家に帰っていった。今は、どうしているのか。彼のアパートで風呂から帰って食べた、たくあんの味を思い出すことがある。
ノルウェイの森は、村上文学の核であり、それが動機になって、作家により小説を通して、救いをしていると感じてならない。彼の小説が読まれるわけは、面白いというだけではなく、一つの菩薩業なのである。
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