「海辺のカフカ」には救いがある。
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」にはない。
世界の終わりは、1985年、村上氏の執筆初期に当たる。
海辺のカフカは、2002年であるから、17年が経過している。
世界の後、ノルウェイの森・ダンス・ねじまき鳥と進化していく。
ダンスあたりから、村上氏は救いを描くようになっていった。
主人公僕が旅を終えると、愛する対象を手中に納めていく。
ワンダーランドで私はシャフリングシステムの故障で死を待つ。
世界の終わりでは、精神的な死の中で暮らす方を選択する。
肉体的な死と精神的な死は、解決されないまま結末を迎える。
世界の終わりの僕の救いは、図書館の女である。
ワンダーランドの私の救いは、ピンクの彼女である。
それはメタファーとしては機能するが、不確実な暫定要素である。
つまり、本人の自己同一性を取り戻す根本的な解決に至らない。
世界とランドの救いはなされず、両世界は分断されたままである。
海辺では、二つに世界を入口の石で開通し、解決させている。
それをしたのはナカタさんという、知的障害を持つ老人である。
トラックのホシノこと中日ドラゴンズ熱狂的ファンも助け人になる。
世界とランドでは、一角獣の頭骨が、つながりを示唆している。
それは象徴的だが、救いのヒントがあると言いたいようである。
佐伯さんは、自伝を書いて過去を清算し、僕を救い一生を終える。
一角獣の頭骨は、過去の記憶が明らかになるときに光を放つ。
その光は、誰かが救われた時、印として発生するに違いない。
どちらの物語にも、過去の戦争や社会組織との軋轢が描かれる。
世界からカフカへ、救いは17年の時を経てなされたのである。
追伸
そろそろ「救い」について書かなくてはなるまい。
救いとは、魂を取り戻すことである。
私は、58年間生きてきて、そう感じている。
何かが起こり、つまり、外的な刺激により、影響を受ける。
それは、精神的でも、肉体的でも、同じことである。
肉体的には、回復すれば、救いはなされる。
精神的には、その回復が、自分でもはっきりわからないことがある。
それは、大きな精神的衝撃により、自己を失ってしまう場合である。
自分の判断基準が破壊され、絶望の淵に立つときに、人は壊れる。
自殺という選択を実行しないまでも、精神的に死んだ状態になる。
外見は、痩せる。目つきがうつろになり、自信がないように見える。
目の焦点が合わず迫力がない。笑顔が消え、笑っても目は笑わない。
そんな、状態が長く続いたらどうだろうか。徐々に回復しているのか、あるいは、していないのか、本人もわからない。
天気でいえば、曇り空の下で、ひとり彷徨う精神状態である。
その時期は、長く、険しいものになる。心は、違うところにあるから、目の前のものに集中できない。あるいは、あえて、自分から目をそらして、何かに夢中になるのもいい。しかし、ふと、あの記憶が戻ってきて、憂鬱にさせる。心から喜べない自分に気付く。
そんなとき、救いになるのは、言葉である。言葉が、そんな救いを求めている人の心に入ってくると、人は、目を開く。心が開く。周りの風景が一変する。今までの冬景色が初夏の若葉のように輝いて見える。それは、明らかに違いが分かり、自覚できる。その感動は、忘れられないはずである。
救いは、神からくると、宗教家は言う。もちろん、広い意味では、そうかもしれないが、私は、あえて言う。救いは、言葉からくる、と。その言葉を見つける旅が、人生である。人生とは、救いの言葉を見つける旅であり、その旅を支えるのが、読書である。
もし、その言葉の本に出逢えたなら、それが座右の書になる。
ビブリア古書堂の事件手帖はその一冊の本をめぐる旅の物語である。
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