#669 レビュー『エウリーピデースⅤ ギリシア悲劇全集9』 | 歴史に遊び!歴史に悩む!えびけんの積読・乱読、そして精読

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『バッカイ』『アウリスのイーピゲネイア』『レーソス』『キュクロープス』の4作品で構成される『エウリーピデース V ギリシア悲劇全集(9)

唯一現存のサテュロス劇『キュクロープス』が収められている断片ではないギリシア悲劇作品の最終巻(10~12巻は断片集)

 

エウリーピデース V ギリシア悲劇全集(9)

ギリシア悲劇全集 全13巻+別巻 月報揃 岩波書店 K0562

 

  内容やレビュー

『バッカイ‐バッコスに憑かれた女たち‐』『アウリスのイーピゲネイア』『レーソス』の3本の悲劇と、唯一現存しているサテュロス劇の『キュクロープス』の4作品が収められています。

 

ギリシアのアテナイで毎年春に開かれるディオニューシア祭では、悲劇競演の参加資格を得た詩人は、悲劇三編に加えて、サテュロス劇を上演します(合計4編)。重い悲劇3本の後に観客の心を軽くする効果として期待されているのがサテュロス劇です。残念なことに作品としては全く残っておらず、唯一現存なのが『キュクロープス』です。

◆『バッカイ‐バッコスに憑かれた女たち‐』

最晩年にマケドニアにて創られたエウリピデスの遺作、死後にディオニューシア祭で上演されて一等を取った作品。

酒神ディオニューソスの名前からのディオニューシア祭において、ディオニューソスを題材にした作品はほとんど残っておらず、その点でも貴重な作品。

 

小アジアからディオニューソスがバッコスにとりつかれた女性たち(バッカイ)を連れてギリシアのテーバイにやってきます。ディオニューソスについてはテーバイ王カドモスの娘のセメレーと主神ゼウスの間に生まれた酒神で浅からぬ縁がありました。

 

テーバイは、ディオニューソスの祖父カドモス王は年老い、孫のペンテウスが王として治めており、ディオニューソスを信じるバッカイらの淫靡で乱れた状況からテーバイを乱すものとして迫害することに決め、バッカイを捕らえ、ついにはディオニューソスをも捕えます。

 

ディオニューソスは、ペンテウスを破滅させることに決め、ペンテウスの母アガウエーらもバッカイとなり、その狂乱の中でアガウエーらによってペンテウスを首や手足、胴体をバラバラにして殺害させます。

 

小アジアからやってきた東方宗教と融合したディオニューソスを崇める新興宗教と既存社会との軋轢を、勢いにのりブームと化した新興宗教の前にペンテウス王の残酷すぎる最後で既存秩序が破壊されることを描いた悲劇です。

 

◆『アウリスのイーピゲネイア』

『エウリーピデースⅢ ギリシア悲劇全集7』の『タウリケーのイーピゲネイア』の前の話になります。こちらは、アガメムノーンの娘のイーピゲネイアが、占い師のカルカースの予言で生贄にされる話になります。

 

アガメムノーンの弟メネラーオスの妻ヘレネーがトロイア王国パリス王子にさらわれたのを取り戻すためにトロイアにギリシア軍を率いて戦いに行くために合計千艘もの船がアウリスに集結していますが、出発できない状態でした。そのことを占い師カルカースの予言によると、アガメムノーンが娘のイーピゲネイアを生贄に差し出せば出航できるというものです。悩んだ末にアガメムノーンはイーピゲネイアを英雄アキレウスと結婚させると偽って呼び寄せるも・・・という話です。

 

この劇を楽しむポイントはこのカルカースの予言に対して、アガメムノーンも、メネラーオスも、騙されて連れてこられたイーピゲネイアも、何も知らずに勝手に結婚相手とされたアキレウスも、感情の動きが両極端に動いていく様です。

 

アガメムノーンは娘のイーピゲネイアを生贄にすると決め、アキレウスと結婚させるからとうそをついて呼び寄せるも、途中でやはり心変わりしますが、それを気にしていたメネラーオスに知られ口論しているうちに、イーピゲネイアが到着してしまったので生贄にすると腹を決めます。

 

一方のメネラーオスは、兄アガメムノーンが娘を生贄にすることを考え直すに違いないと、その手紙を取り上げて兄にギリシア軍総大将としての振舞を求めて口論に及ぶも、姪のイーピゲネイアの到着を知って会うと、逆に兄に生贄にすることを止めて、ギリシア軍を解散させようなんて様変わりします。

 

英雄アキレウスは、アガメムノーンの娘と結婚するなんて知りませんでしたが、それをイーピゲネイアと共にやって来たアガメムノーンの妻のクリュタイメーストラーに教えられ、知らずに名前を使われたことに怒り、イーピゲネイアを救おうとしますが、イーピゲネイアの生贄になることを受け入れた姿勢に、むしろ妻に迎えたいと好意を寄せながら、その生贄の儀式にも望むことになります。

 

イーピゲネイアは、父から母は女神という英雄アキレウスとの結婚のはずが生贄にされると知り、父のアガメムノーンに命乞いの嘆願をしますが、のちに自らの名誉のために生贄になることを受け入れます。

 

とそれぞれがどのようにそのように変わっていきながら、生贄という悲劇に向かっていくのかが楽しむポイントだと思います。

 

『タウリケーのイーピゲネイア』についてはこちら

 

◆『レーソス』

エウリピデスの作品ではないという話のある作品です。

 

ホメロスの『イーリアス』を題材にしたものです。アキレウスがアガメムノーンとのいさかいで戦うのを止めたため、ヘクトール率いるトロイア軍に一気に攻めたてられ、翌日にはギリシア軍の船が焼き払われてしまうのではないかという危機的状況の中で始まります。

 

ギリシア軍が夜のうちに船に乗って逃げてしまうのではとヘクトールは弟のアイネイアースの提案で偵察を出します。その偵察として名乗りを上げたのがドローンです。

 

一方のギリシアでも、トロイア軍の動きをつかむべく偵察を出すことに、こちらはオデュッセウスとディオメーデースが名乗りを上げます。

 

偵察合戦が行われようとするときに、悲劇のタイトルのレーソスが、トラキア―軍を率いてトロイア―の援軍に駆けつけます。女神アテーナ―はレーソスはギリシア軍にとって非常に危険な人物であるとにらんでいました。

 

オデュッセウスとディオメーデースはドローンを捕らえて、ドローンからトロイア軍の話を聞き、そして女神アテーナ―の導きもあって、レーソスを殺します。

 

がここら辺の展開は結構あっさりしています。登場人物の感情の動きなどからみると、確かにエウリピデスの作品ではないのではというのも分かるようなあっさり、あっけない展開です。

 

◆『キュクロープス』

ホメロスの『オデュッセイア』で、オデュッセウスらが一つ目巨人キュクロープスのポリペーモスのところに行き、ゼウスも恐れぬポリペーモスに仲間を食べられながらも酔わせて、眠ったところを目を尖らせて焼いた木の槍でついて潰して脱出を図ったという話をもとに、サテュロス劇として、面白く、そしてちょっと性的な味付けをした作品。

 

3本の長編悲劇の後の口直し的な意味合いなのか、他と比べると半分くらいの行数です。

 

話の展開は、ホメロスの『オデュッセイア』を踏襲しますが、設定として違うところは、酒の神ディオニューソスの従者のシーレーノスとその息子のサテュロスたちが先にポリペーモスに捕らえられて召使として使われているところにオデュッセウスがやってくるという設定で、このシーレーノスとオデュッセウスのやりとりや、シーレーノスとポリペーモスとのやりとりや性的関係をにおわせるところなどが面白いところです。

 

『エウリーピデースⅤ ギリシア悲劇全集9』

訳 者:逸身喜一郎、高橋通男

    片山英男、中務哲郎

発 行:株式会社岩波書店

価 格:4,600円(税別)

  1992年3月17日 第1刷発行

図書館で借りてきた本のデータです。

 
 
 
 

 

 

 

 

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