#54 春秋の五覇とは ~史記のからみる中国の歴史 | 歴史に遊び!歴史に悩む!えびけんの積読・乱読、そして精読

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春秋時代の五人の覇者

前回の春秋戦国時代のうちの”春秋時代”のつづきで、春秋時代には”春秋の五覇”という存在がいます。今回はその”春秋の五覇”についてです。

 

  <参考:春秋戦国時代の区分>

 

<春秋戦国の時代区分>

春秋時代:紀元前770年~紀元前403年

戦国時代:紀元前403年~紀元前221年

 紀元前770年:周が諸侯の力を借りて、東に国を遷す(東遷)。

 紀元前403年:晋が、下剋上により韓・魏・趙の三国分立した年

  ※紀元前403年を区分にするかについては諸説あり

 

  春秋十二列国

 春秋時代は、大小あわせて200以上の諸侯が独立状態のような形で争います。

 その中で、主要な国として”春秋十二列国”という存在があります。

 点線赤丸の衛 ・ 魯 ・ 晋 ・ 鄭 ・ 曹 ・ 蔡 ・ 燕 ・ 斉 ・ 陳 ・ 宋 ・ 楚 ・ 秦が、その春秋十二列国にあたります。

 

  春秋の五覇

春秋時代の周王朝の存在を認めつつも、200以上の国が争う中、権威を失った周に変わって、天下のことを取り仕切った5人の諸侯を”春秋の五覇”といいます。

ただ、この五覇については、書物によって違いがあり、10人超がその”覇者”という扱いを受けているようです。

 

周時代の地図ですが、中華(周の世界)の東西南北に、東夷・西戎・南蛮・北狄という蛮族があり、周はその西戎の犬戎に首都を落とされています。

中華エリアでも200超の国々が争う中、その外の世界からも中華に攻め込んできます。これを権威失墜の周王朝の下で、周王朝を尊重しながら、各国の諸侯を率いて、蛮族を追い払う(尊王攘夷)を行うそのときの中心人物が”覇者”ということになります。

 

代表的なその”春秋の五覇”が以下の方々になります(書物によって異なる)。
 

ただ、この時代は周を滅ぼすまでには至らないのが特徴でした。

 

 

 

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