
ここ最近、自分の中でなかなか答えが出せなくてもやもやしていたことがあったのだが、
今日散歩している時にふと、納得できる気付きがあった。
ちょっと焦りがあったな、と思った。
「ハッキリとした」直感や確信がないのに、「このままでいいのかなマインド」で不安から動こうとしてた自分に。
それでは物事は上手く行かないのを、経験として知っている。
「不安ベース」「焦りベース」発進のものだと、本来の自分の願望ではないから、だいたい変なことになる。
焦りや不安からではなく、むしろ安心した状態で本当に純粋に自分が「こうしたい」というベースだと上手く行く。
それも、そういう状態の時に色々な情報が入ったりシンクロが起きたり、「流れがきているな」と直感的に感じるし、そういう内側も外側も準備が整った時に「よし、流れに乗ろう」と思えるはず。
焦って無理に「to do」をしなくていい。
今の環境でも、「being」として輝くこと。
自分という人間を大切にしつつ、感謝の気持ちを持って人に優しく、「少しだけ」利他的に生きてみる(少しだけというのが大事なのだと学んできた)
そうしていれば、その先にハッキリとした「今だ!」のサインがあるはずだから、その時を待とうと。
「待つ」って受け身ではなくて、実は能動的であり、積極的という話を聞いた。
確かにそうかもな、と歳を重ねた今なら思う。
「待つ」方が難しかったりする。
動く方が簡単なのだ。
手っ取り早く対処療法的に不安を解消できるから。
でもそれだと、長期的には意味がない。
ありのままでちゃんといい方向に流れてると信じる。
今はゆっくり行く時なのだと理解する。
勇気を持ってゆっくり行こう。
慌てず騒がず、どっしりと構えていて、
内側も外側も整えて、
「その時」が来たらすぐ動けるように。
そう決意をしたら、なんだか心軽くなって、スキップしそうになった。
手をぶんぶん振って歩く。
心スッキリ、家路に着く。
そうと決めたら、今の与えられた環境に感謝しながら、受容と許容できる日々でいられるように、また明日から過ごそう。
そんなことをお風呂で考えていた、今日の寝太郎。
おやすみ寝太郎。夢の中でも「待つ」ことのできる人になろう。