『会津幕末歴史検定』 を受けてきました。
今回、3級と2級が行われたので、併願で。(笑)
会場は、会津若松・東京・京都の3か所だったのですが、日帰りの為、楽に行ける東京を選択。
久々のお江戸行きで、なんだか思いっきりアウェー感を味わってきました。
うん、会津の方が地理も大体つかんでるし、人に尋ねやすいし…会津にしとけばよかったよ。
東京会場は 「王子駅」 から徒歩5分ほどの某専門学校校舎。
朝、5時起きで6時51分発の特急と山手線、京浜東北線を乗り継いで王子駅着。
って、開場の2時間前だよ
仕方ないので、とりあえず会場の場所を確認後、王子駅前に戻ってスタバで時間つぶし。
開場時間となって座席に付いたところ、受験者は意外にも男の人の方が多かったように思いました。
そして、おじさんが多かった。
これが 「新選組検定」 だったら、きっと若い女性が圧倒的なんだろうな。
説明の後、13時~14時に3級試験。
同じく、15時~16時に2級試験。
ちなみに両方とも、4択問題で100問中70点以上が合格。
これが予想以上に難しく、テキストとされる 『「会津幕末歴史検定」オフィシャルブック よくわかる会津藩』 にも載っていないような内容まで含まれておりまして…。
っていうか、飯盛山の「鶴ヶ城を望む隊士の像」 がどちらの手を額にかざしているか?なんて、歴史に関係あるのか?
京都の福井藩邸跡に建っているホテルなんて知らないし。
(ちなみに長州藩邸跡に建ってるホテルならバッチリ覚えてます。/笑)
文久3年1月5日、徳川慶喜が入京して宿舎にした寺院なんて知るかっ!
うかつだったのが、鶴ヶ城の現住所。(笑)
何度も行ってるのに、住所はチェックしてなかった…。
以上、3級問題より。
そして2級問題なんてホント、新式銃の威力に翻弄される鳥羽・伏見の戦いでの幕府軍状態でしたよ。
銃撃されてケガをした近藤勇に容保様が見舞金をいくら贈ったか?なんて何の資料を見れば載ってますか?
唐津藩の世子小笠原長行が会津入りして宿舎とした場所…って、唐津藩のことまで手が回りませんよ。
いくら地元の守護やってた小笠原長時の流れをくんでても…。
ホント、思っていたよりもずっと広い範囲で細かいところまで突っ込んでくるので難しかったです。
笑っちゃったのが「徳川慶喜」と「松平春嶽」についての設問がことごとく撃沈したこと。
どんだけこの二人のこと嫌いなんだよ、私。
そして、長州はともかく、薩摩の知識がほぼ皆無。(笑)
知識が偏りまくっています。
結果は4月中旬以降に送られてくるらしいですが、3級は2割、2級は4割、を推測というか勘で答えたので結果は…期待しておりません。
今からリベンジ体制を整えておくべきでしょうか?