【長年努力し切望し続けてきた事が叶う、それにより人生がガラリと変わる】
これは、ネットのカードリーディングを使い、私が受け取っている守護霊からのメッセージ。
以前も記事にしたが、占法やリーダーが違っても、私が受け取る必要があるメッセージの方向性は終始一貫している。
これが何を意味するのか・・・私には直感でわかっていた。それは、根本的な体質改善をするという事だ。
前回の記事にも書いた通り、現在の私は【冷えのぼせ】という体質になる。事故当時より体調は良くなったが、完全回復はしてはいない。病気とまではいかないけれど、もうひとつ体調が優れないという、いわゆる【未病】の状態が続いているのである。とにかくすっきりとした体調になりたい一心でここまできた。
根本治癒には至っていないと言うことは、根本的な依存状態から抜け出せていない訳だ。強制的に中庸状態を作り出すために東洋医学の知識に頼り切ってしまっている。
断っておくが、東洋医学そのものを否定しているのではない。知識をもって体調を管理する事はとても有用な事だと思っているし、実際に効果がある。問題なのは、自分で出来る事まで医学という知識に依存している私の状態だ。
私は、未だに依存をしていたのか・・・断ち切ったかに見えた依存の根の深さに愕然とした。依存をしているうちは、根本的な解決には決してならない。
【変容せよ!自分を取り戻せ!】
身体からのこのメッセージは、根の深い依存というループから自分自身を解き放つ事を意味している。真の意味での【自立】を果たすのだと。
山城の城主の一件で、某宗教団体の住職からの威圧的なエネルギーに太刀打ちできないと感じたのも、祖父や叔父から受けていたモラハラも、おそらくここに起因している。自分を取り戻さなければ、どこまでもハラスメントの被害にあうだろう。
また、霊的な干渉も受けやすくなる。神や霊的な存在がどれだけ強固に守ってくれていたとしても、そこに甘んじてはいられない。自分で自分を守る事ができなければ、それこそ依存になってしまう。
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体調を崩し治療院を訪ね歩く中で、共通したアドバイスがいくつかあった。
【暴飲暴食を控えるように】
【可能な限り身体を温めるように】
【夏の間の冷えには特に気をつけるように】
【口当たりの良いものをとり過ぎないように】
【甘いものをとりすぎないように】
これらのアドバイスは全て五臓の【脾】に関するもの。養生の基本は【脾】を健全に保つことに集約されていると聞いた事があるが、私は人間にとってとても大切な【脾】のバランスを崩してしまっているという事になる。
以前、食養生で【肝】と【腎】を強化する事で【脾】のバランスをとるように教えられていたのを思い出し、改めて五行図を見てみた。

インターネット検索サイトより引用
そうして気が付いたのである。私の恐怖は【脾】のバランスを欠いた事によるものからきていると。【腎】は恐れを司り、【脾】は【腎】を傷つける相克の関係性になっている。
【腎】が弱まる事により、相生の関係にある【肝】へパワーがいかない。【肝】は怒りを司る。昔から怒りの感情を出すのが苦手だったのだが、それは怒りを表現するのが怖かったからに外ならない。
【脾】のバランスを欠いた事で【腎】を弱めている・・・これで、もうひとつ思い出した事がある。
以前、東洋系の占断で生まれた時から【腎】の気が弱かったと聞かされた事があるのだ。これは両親から受け継ぐものらしい。早世した生母は身体が弱かったので、こちらの影響が大きいと思っていたのだが・・・最近になって、父自身から【腎】の弱さを感じさせる発言を聞くことになる。思い返せば、父方の親戚には【腎】の弱さを感じさせる症状が出ている人達が多い。ここから、父方の家系の影響も大きく出ていたのだと思い知らされた。
もともと【腎】が弱い事で【肝】も弱まり、【肝】の相克の関係にある【脾】に大きく影響が出てしまったのかもしれない。
という事は、今感じている問題点というのは、まさしく生まれつきもっていたものと言える。そこに、交通事故というトラブルが重なり問題が大きく複雑化してしまったのではないだろうか。そう考えると、核心まで行きつくのに時間がかかってしまったのも頷ける。核心だからこそ、簡単には理解できなかったし、どうする事もできなかったのだろう。
交通事故というトラブルを俯瞰して見てみると、人生の転換点としてとても重要な出来事であったと思える。これがなかったとしたら、問題の核心まで到達できなかったかもしれないからだ。無意識下にある問題点を意識するというのは非常に難しいが、このトラブルで問題点が表面化し、意識する事ができたわけである。
病気やトラブルというのは無意識にある問題点を意識して見つめなおす大きなきっかけになるのかもしれない。そこから何かを学ぶ事で、人生が大きく変わっていくような気がする。
私のように、無意識下にある問題点を強制的に表面化させるというのは、かなりハードな事だ。本来はゆっくり時間をかけて表面化していくのが自然だと思うが、その分解決も早い。私は、この人生で何が何でも乗り越える事を決めてきたのだろう。人生の早い段階でトラブルが起こったのは、そのためかもしれない。
この世に生を受ける魂は、カルマを抱えているといわれている。それがどういったものなのかは個人個人で違うのだが、基本的にカルマを清算する目的で人生を歩んでいるという。私の場合、個人的な事だけではなく、家系の問題も含めてのカルマを今生で乗り越える設定をしてきているのかもしれない。
先祖霊が住職の呪詛を跳ねのけて私を守ってくれている・・・というのもわかる気がする。私が無事に役割を果たすのを、見守り応援してくれているのだろう。何とありがたい事だろうか。
先祖霊にとっても家系のカルマを乗り越えるというのは悲願なのだろう。それを、子孫である私に託しているのかもしれない。