コロナ禍の影響により、様々な情報が飛び交っている。
どんな情報があるにせよ、妄信はしない。
誰かを100%信じるのは、宗教と同じ。
信じていいのは自分自身。
これが私の考え方なので、様々な情報を自分の中で振り分け精査する時間が格段に増えた。
思考を停止しない事は大事なので、これ自体は間違っていないと思う。
問題は、脳がオーバーワーク気味になってきた事だ。
テレビや新聞もほぼ見ていないのだが、それでも溢れるように情報が押し寄せてくる。
私の場合、思考過剰に陥ると身体がのぼせて、下半身が冷えるという状態がひどくなってしまう。いわゆる【冷えのぼせ】だ。
【頭寒足熱】という言葉を聞いた事があるだろうか?
本来、人間は頭ではなく足元に暖かさを感じるのが理想的な状態で、これを東洋医学的には【上虚下実】という。この状態の時、人間は本来の力を発揮できるのだそうで、【冷えのぼせ】というのは、これの真逆状態であり【上実下虚】になるわけだ。病気とは言えないが、体調がどこかすっきりしない【未病】という状態を抱える事になったのも、この体質になった事による。
自分の体質を強く感じ始めたのは、20歳で交通事故にあい、むち打ち症になってからだ。ここから、急速に身体の調子が狂い始めた。
この体質が生まれつきのものだったのかどうかは、実はわからない。それでも、むち打ち症になるまでは身体に異変は感じていなかった。亡くなった母の体質を受け継ぎ、貧血気味であった事と、身体能力が低く運動面でのコンプレックスを抱えていた事を除いては、さして気になるような状態ではなかった。
それが、一気に微妙な状態へと変貌する。妙な不安感や急に始まる動悸、眠れず、倦怠感があり、食欲もない。肩が鉄板のように重く、体調の悪さから生理が乱れる。やる気も起きず、鬱々とした毎日の中、リラックスすらできないという状態に。今思えば、これは自律神経の乱れからくるものだとわかる。
しかし、そういった知識もなかった当時の私は、訳のわからないこの症状に憔悴し、戸惑っていた。誰に相談したらいいのか、どこに治療をお願いしたらいいのか見当がつかない。とりあえず親の勧めで、ある個人病院にかかることになり、医師から入院を勧められた。入院して多少は体調が改善されたが、精神的な不調は相変わらずな状態が続く。だんだんと何かが違う感が強くなってきて、いつまで続くのかわからないこの入院に疑問を持ち始めたところに、職場から退院予定を聞かれる流れに。院長に退院の目途を訪ねるも煮え切らない態度でかわされ、しびれを切らせた私はついに一か月ほどで自己退院を決意する。「このままいけばもっと悪くなるから入院を続けるように」と脅されだが、私の意志はかたかった。
退院後、他の病院に罹るように周りから言われたが、全くといっていいほど探す気にはなれなかった。病院疲れを起こしていた事もあるが、効果がいまひとつだった西洋医学での治療に疑問をもった事が大きい。納得できる治療法を探して、様々な治療院を訪ね歩く生活が始まったのはここからである。
結果、東洋医学に可能性を感じた。
できれば本格的な治療を受けたかったのだが・・・そういう治療院はかなり遠方で経済的な負担も大きい。鍼灸・整体・カイロプラティック・各種マッサージ等の治療院にかかり続けることですら経済的な負担があるため、少しでも自分で何とか出来ないか?と思い始めたのは必然だった。
ここから、東洋医学を勉強する方向性になっていったのである。
【依存はよくない】
という強い閃きがあったのは、ちょうどこの頃だっただろうか。依存の対象は数々あるが、その中に病院や治療院も含まれていると直感していた。必要に応じで病院や治療院を頼る事は良いが、そこに依存しすぎる事が問題なのだというメッセージである。
ここから、依存を断ち切る方向性へシフトしなければいけないと知った訳なのだが、事はそう簡単ではない。なかなかにハードな依存と自立のせめぎ合いを乗り切るには、自分で自分のコントロールが必須。その術を、自分の体調管理から学ぼうとした訳だ。
今思うに、すでにこの時から【中庸】という状態への道筋を歩き始めていたように感じる。究極にバランスのとれない状態から、中庸に向かうプロセスを体感していく流れだったのだろう。これも、生まれる前に私が全て計画してきた事なのだろうが・・・一歩間違えれば中庸どころの話ではなく、依存から這いだせなかった危険性もあった訳で、なかなかにスリルがある人生を歩んでいると思う。
ちなみに、【中庸】という言葉に触れたのは、東洋医学を勉強し始めてから。過不足なく調和のとれた中庸という状態に近づける事が医療の核心という事を知り、西洋医学とは根本的に考え方が違うと感じた。
自分の身体を中庸に近づけるべく、様々な文献を読み漁り、知人から食養生を学び、季節の過ごし方も勉強し、時には漢方薬を使い、時にはプロから鍼灸等のメンテナンスを受けるという日々を過ごしてきた。根本的に治癒した訳ではないが、それでもかなりましになった事だけは間違いない。
さらには、年齢的な問題が出てきた事で食養生や薬、鍼灸などの治療方法だけでは限界があると感じた。ここ10年ほどの間で、ウォーキング、マラソン、登山への流れから、自分自身の身体を立て直す方向性になっていったのは偶然ではないだろう。中庸を求めて、運動療法に移行していったのである。
ツインソウルの彼と向き合い始めたのも、ちょうどこの頃。この事で、身体だけでなく魂から中庸を求めているのを体感し始めていた。
運動療法で中庸を目指す流れになった訳だが、そもそも運動が苦手だった私は、これまた極端にバランスの良くない状態から中庸への道を歩む。しかも、また手探りに近い状態からである。その為、死と恐怖が隣り合わせというかなりハードな体験を何度もすることになるのだが、ここで経験した数々の失敗をじっくり考察する事で身体について深く学べた事はとても大きい。
人間の身体というものを心身両面から深く学びつつ【中庸】を目指す・・・というテーマが私の魂にはあるのかもしれない。たくさんの情報を得るためにハードな環境を選んできているのだろう。我ながら、呆れるほどにチャレンジャーな魂である。
一か八かという危ない橋を渡っている感があるが、そこは霊的な導きと守りがある事を信頼しての事。魂が設定した人生を歩めるか否かは、守護霊と如何に連携をとるかにかかっているのではないかと私は思っている。
さて。
以前は、丹田という言葉に馴染みはあったものの意識すらできなかった・・・と過去記事に書いた事がある。若かりし頃、強力に精神的な方向へ意識が向いていたためだったのだが、身体を立て直している現在は、常に丹田へ意識が向いている。これが、徐々に徐々にゆっくりと核心へ近づいてきていたのだが、核心に近づくにつれて、このままでは良くないという思いもまた強くなってきた。
中庸とは、可もなく不可もない状態を言う。これが自然の状態であるのが理想なのだが・・・
東洋医学の知識をもって私が行っているのは、実は自然な状態ではない。アンバランスな心身を強制的に中庸に保つ努力をしているのである。だから、「こうしたい」という気持ちに反して我慢を強いられる場面が多く、かなりストイックに体調管理を強いられる感があった。
抑圧された欲求は羽目を外すという状態で爆発する。ストイックに体調管理をし続けた事で、次第にバランスを崩した生活がしたくなり、また体調を崩すという繰り返しの生活。せっかくの努力を自ら水の泡にしてしまうのだから、どこまでも救われない(+o+)私はこれに、ほとほとうんざりしていた。
「こうしたい」という気持ちに素直に従う事が健康に繋がらなければ意味がない。今のままでは、ずっと我慢をし続ける事になるし、これは大きなストレスだ。本当の意味で自分を大切にするならば、この不毛な状態から抜け出す必要がある。
ここで気が付いたのだ。
これこそが心身の問題の核心であり、私がどうしても乗り越える事が出来ないでいる【恐怖】の根本原因であるという事を。
【変容せよ!自分を取り戻せ!】
コロナ禍で情報収集をしすぎた身体が私に強く訴えてきたのは、まさにこれだったのだ。