トモちゃんはすごいブス(1) (アクションコミックス)/双葉社
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- タイトルがとても強烈だが、この漫画すごい!と思った。
死・病気・性・引きこもり・虐待・介護・精神的な病・トラウマ・・・ありとあらゆる人々の心に潜む闇を表現しながらも、そこに変ないやらしさや暗さはない。どちらかというと、飄々と表現されているという感じ。生きるとは、光も闇もすべて包含したもの。そういったことを真剣に考えさせながら、でも、時々クスッと笑わせる物語にグイグイ惹きつけられた。起こることをありのままに受け止めるとはこういうことを言うのだろうなと思う。非常に哲学的で感動すらあたえてくれる。
個性的な顔立ちのトモちゃんだけれど、彼女の心の美しさは誰にも負けない。引きこもりがもとで中学1年生から教育を受けず、家族も友達もいない天涯孤独なチコちゃんに対する、情のかけ方は半端な気持ちではできないと思った。他人同士だけれど、この心の支え方は血をわけた家族以上。トモちゃんは、人の痛みを知っているからこそ、その痛みに寄り添い見守ることができるのだろう。
お話の最後は感動のハッピーエンド♡
心がじんわりとあたたかくなる物語である(^^)
このお話を読んでいて、改めて思ったことがある。
それは、人の痛みには寄り添うことはできても、その人の痛みを取り除いてあげることは誰にもできないものなのだなと。痛みを緩和させることはできても、痛みはまたどこかでぶり返す。最終的になんとかしようと自ら立ち上がらないと、何も変わらないんだなと。
立ち上がるには、自分がそんな「痛み」をもっていると気づかなければならない。でも、痛すぎるが故に心の奥底にしまいこんでいるのが「痛み」だったりする。それは、無意識に奥へ奥へと追いやった感情。だから、自分では簡単には気づけない。
劣等感だったり、失望感だったり、とにかく嫌~な感じがする負の感情。そんな負の感情を感じる瞬間が、人と接しているとあったりする。「あの人嫌だ」「なんか感じ悪い」と。そんな感情を感じるのは、自分の中の「痛み」が訴えている証拠。「お願いわかって、気づいて」と。人は鏡とはよく言ったもので、相手の中に自分自身の痛みを見てしまう。「痛み」を「痛み」として、ありのままに感じることができればいいのだが、それがまた簡単ではなかったりする。
なぜならば、認めたくないから。そんな感情をもった自分は自分ではないと思いこみたいから。だから、相手を批判することで、見て見ぬふりをする。しかし、見て見ぬふりをしたところで「痛み」は無くなるわけでもなく・・・
どうすればいいか?
それは、「痛み」に気づいて、向かい合うこと、自分自身の光も闇もすべて受け止めること。自分自身をさらけ出して、ありのままの自分を見つめる。これは、自分自身を愛することに他ならないと私は思う。
さらけ出すには、恐怖をともなうだろう。それは、想像を絶する恐怖。パンドラの箱を開けるようなもの。だから、そこから逃げ出したくなる。開けたはいいけれど、怖気づいてすぐにバタンと閉めてしまいたくなる。
以前の私も、そうだった。自分が自分でなくなるようで、怖くて怖くてしかたなかった。
幾重にも鎧をみにつけ、妙なプライドで自身を守ろうとしていた自分。人に弱みを見せることを恥だと思っていた自分。でも、そんなプライドは生きていくうえで何の役にもたたない・・・役に立たないばかりか、生きづらさを抱える原因になるんだ、ということを嫌というほど思い知らされた。どこまでも追い詰められ、逃げ場を失い、あるとき鎧を脱ぐ決心をする。そうして、心の傷に深く深く向き合っていくことになっていったのだ。
正直、簡単ではなかった。
心の奥深くに押し込んで見ないようにしていた「痛み」だったから。しかし、パンドラの箱を開けてしまった以上、それを押し隠すことはもはや不可能。箱の蓋を閉じたところで何の意味もない。
だから、腹をくくって必死で向き合っていった。たくさんの負の感情が吹き出してきた。ずっと、心の奥におしこめて感じないようにしていた感情。怒り・哀しみ・恨み・・・そういった感情を、ひとつひとつ受け止め感じていった結果、気づけば心が軽くなっていて、ありのままの自分をさらけ出すことに恐怖を感じなくなっていた。
出来ない自分、情けない自分、そういった自分からも目を背けなくなった。そんな弱味をもっていても自分はいいんだ!と思えるから。ありのままの自分でいることで弱味と捉えることがなくなった。だから、変なプライドで自分を保つ必要もなくなった。
これこそが、等身大の自分自身を生きていくことであり、愛することなのではないかと思う。強くしなやかに生きる術であり、自分らしく幸せに生きる術なのだと私は思う。
自分がどうにかなってしまうような嵐の中を、どうして乗り越えてこられたのか?
それは、「支え」があることを信じていたから。私にとって、それはツインソウルという存在だった。この支えなくして、乗り越えることはできなかっただろう。
以前、ものすごい形相のお化けが私を襲ってくる夢 をみたと書いたことがある。恐怖で身をかたくしていたあの時、私が必死につかんでいたのは「枕」。これは、安心感や優しさ等の心の支えの象徴なのだそう。「その枕をつかんでいろ」という夢の中の言葉には、支えの存在を心にしっかりととどめ、信じなさいという意味があったのではないかと思う。
冒頭で紹介した漫画でも、登場人物がトラウマを克服していくときには、「支え」の存在があった。それは、そっと痛みに寄り添う優しさ、どんなにひどく傷つけられても、相手を恨むことなく許し、傷ついた心を支え抜く強さをもった「真の愛」の存在だった。
痛みをもった人に寄り添うのは、生半可な覚悟ではできない。そんな覚悟を試練をものともしない、しなやかで強い心が真の愛にはあるのだろうと私は思う。
もし、あなたの近くに真の愛の存在があると感じるのならば、それは、ありのままの自分を思い出すため、本来の自分自身にかえるための絶好のチャンスが来ていると思って欲しい。そんなチャンスを逃すことがないよう、諦めないで頑張って欲しいと思う。
ありのままの自分自身に還るために。