かのんのお部屋 -73ページ目

かのんのお部屋

日々いろいろ思ったことを☆

今回の遺産相続と養子縁組解除の一件、私が実際に関わるべき問題は遺産相続の法定相続人としての立場のみであり、あとは祖母自身の問題である。

 

が、血縁のない中にひとり取り残された身の上で、しかも高齢ときている祖母にその問題を対処するだけの力はないと判断した私は、祖母を守るため手足となるよう必死で動いていた。

 

しかし、養子縁組解除で動いてもらうように頼んでいた弁護士にこう言われる。

 

「遺産相続にしても養子縁組解除にしても、まずは、本人(祖母)の口から直接(叔父に)伝えるべきだ。そうしなければ、こちらとしては動くことができない」と。

 

そもそも、それが難しいと思っていたし、出来ないとみていたから私が動いていた。弁護士に相談したのは、私だけでは限界があると思ったからだ。だが、弁護士が動くのにも限界があるとはっきり言われてしまった。外野でなんとかするには、これ以上無理ということなのである。

 

正直なところ、一番やりたくない事をしなければならないと思った。

 

だが、これを言われた時、確かにそうだなと感じた。今回の一件は、私と祖母が叔父に対して「言いたいことを言っていない」のが、一番の問題点だと思ったからだ。

 

私は、「祖母には出来ない」と過度の心配をしていたのかもしれない。 でも、考えてみれば、身体の自由がきかないだけで意識はしっかりしている…ならば、出来ないことではないのだ。

 

ただし、それは三者が揃ったところで発言するのが妥当だと思う。なぜならば、祖母が「認知症を患っている」と思いこんでいる叔父に対して、「認知症ではない」と言うには祖母の言葉だけでは説得力がないからだ。私という存在からの発言は大きいのではないかと思う。今まで、少しずつコミュニケーションをとりながら、たくさんの方々に祖母と面談してもらい、しっかりした意識をもっていることは実証済みである。だから、叔父の思い込みに対して意見はできるのではないかと思うし、それはしなければいけないのであろう。

 

言わなければならないときには、言う。
怒るべきときには、怒る。

 

タイガーアイのブレスレットをもったことで、私が感じたことそのまま
なのだ。

 


モラルハラスメントの原因は、ここにあるのだろうと私は思う。

 

もちろん、これはモラルハラスメントを受ける人にとって簡単なことではない。過去の私自身もそうだったから良くわかる。

 

相手のパワーにおされ、事態を冷静に判断する力を削がれ、自分を責めるのがモラルハラスメントを受ける人の特徴だ。だから、自尊心を傷つけられる事を言われても、それを疑問に思うことも反論することもできない事が多い。

 

だが、そこを相手に許してしまうと、いつまでたってもモラルハラスメントは終わらない。自分の身は自分自身で守らなければならないのである。それが出来てこそ、自立した人間なのだと私は思うのだ。

 

こう思えるようになったのは、ツインソウルの彼のおかげである。

 

彼の存在があったからこそ、自分自身を見つめることができ、自尊心のなさを認識することができ、同時に自己肯定感を育むことができた。自分を愛することに意識を向ける事ができた。そうするうちに、自分を取り戻し、強さもまた取り戻していった。彼に逢うまで、ずっと「自分」というものがないままだったのだと今ならわかる。

 

自分を取り戻す過程で、様々なサポートを受けながら強さを磨いていった。おかげで、流されることがなくなってきたし、自信がついてきた。土台がかたまりつつあるのだろう。

 

確固とした「自分」という土台なしでは、言いたいことも言えないし、怒りたくても怒れない。私自身、それを嫌というほど体験してきたから、土台の大切さは身にしみてわかるのだ。

 

以前の私は、「優し過ぎる」と言われていたが、その意味がよくわかる。

 

優しいことは決して悪いことではないのだが、「過ぎる」のよろしくない。それは、自分が我慢をして流されていることに甘んじている状態だからだ。その状態で、モラルハラスメントを受けるのは、ある意味致し方ない。自分でそれを許しているのだから。モラルハラスメントをする人だけを責めることはできないのだ。

 

本当の優しさとは、弱さを土台にしたものではない。強さが土台にあってこそ。そこを履き違えていた、「弱さ」が私の大きな闇だったのだろう。10年前のセッションで言われたことは間違いがなかったのだ。当時、全くわからなかったこの事実に真から気が付くことができて本当に良かったと思う。

 

10年という歳月をかけて、少しずつ確実に「立て直し」ができてきた。崩れかかっていた土台固めができてきた。

 

その大きな導きに心から感謝する次第である。