かのんのお部屋 -65ページ目

かのんのお部屋

日々いろいろ思ったことを☆

パーン!という鋭い音とともに、目の前で弾け飛ぶ石たち。

出先で、身につけていたパワーストーンのブレスレットの糸が切れたのだ。

慌てて石を拾い集めたが、全てを拾い集めることはできなかった気がした。



(そろそろ、手放す時だろうか・・・?)



しかし、このブレスの中で一番の要になっていた石は残ったため、全てを手放す感覚にはならなかった。



このブレスを購入するきっかけになったのは、ツインソウルの彼であった。私が持っていたタンブルを彼に譲りたくなったのである。それは、ある種の直感のようなもので、「どうしても」という感じだった。石の意味合いからしても、その当時の彼にとても必要だったと思う。



その石というのが、スギライト。



タンブルを購入した当時、お店であまりみかける石ではなかった。探して探して・・・ようやく見つけたときは「やっと手に入れることができた」と思ったものだった。そんな思いで手に入れたこの石を、いとも簡単に彼に「譲りたい」という気持ちなったことが不思議ではあったが、手渡すことになんの未練も感じなかった。それは、この石の役目が終ったのだろうとすんなり受け入れられたことも大きかったのかもしれない。



ところが、である。



彼に手渡した数日後に、流れでブレスレットを購入することに。このブレスの要になっている石というのが、スギライトだった。スギライトを手放したのに、またスギライトがやってきたのだ。タンブルのスギライトは黒っぽい紫だったのだが、ブレスのそれは見事な紫。同じ石だけど、役割が違う・・・と直感で思った。



タンブルのスギライトは「癒し」「守る」という感じだったのが、ブレスのスギライトは「高貴な精神性」「真理」と感じていた。スギライトをとりまくのは、ルチルクォーツとアメジスト。なんというのか、精神性を強化する強力なサポーターという感じのブレスだったのである。



このブレスが手元にきてからというもの、私の方向性は明らかに真理を追究する流れになっていった。ツインソウルの彼との向き合いで、それが磨かれているとも感じていた。若い頃より、私の目指していたのは「真理の追究」だったように思うが、より現実的に追究することを促されていると感じたのである。



タイガーアイのブレスレット がやってきたのは、その後。



タイガーアイによって、現実に生きることをサポートされるのを感じながら、私はバランスをとることを促されていると思った。精神だけを鍛えても意味がないということを、暗に示されていたのであろう。



タイガーアイのもつ現実性を受け入れることに必死だった間、スギライトのブレスをほとんど身につけていなかった。身に付ける必要性を感じなかったと言ったほうが良い。不思議なほどに「身につけたい」と思わなかったのだ。たぶん、それほどに「現実を生きる」ことに集中したかったのだと思う。



それが、再び身に着けよう、と思い始めたその矢先のブレスレットの崩壊。弾け飛とんだ石を拾い集めながら、これは一体、何の意味があるのだろうかと自問していた。



拾い集めた石を持って、ラリマーの指輪 でお世話になった知人に糸換え修理を依頼した。しかし、弾け飛んだ石は全部拾えていなかったらしく、「これではサイズが小さすぎるんです」ということで、リメイクをお願いする流れになる。



それが、先日できあがってきた。



見た瞬間、同じブレスか?と思うほどに、ステキに仕上がっていた。なんというのだろうか、より女性らしく、より親しみやすくなったという感じなのだ。以前の「厳しさ」が和らいだ感じで、非常に調和がとれている。ほどよい「甘さ」が取り入れられた感じだ。



身につけてみて、これが驚くほどに自分に似合うことに気が付く。以前のブレスにはない華やかさがとても気に入った。



この瞬間、あぁ!と思った。

私は「厳しすぎた」のだと。



もとから、厳しい側面が自分にあることは実感していた。それは私の個性であるし、どうすることもできない。これが私の「ありのまま」ならば、これで良いではないか・・・と思っていた。



でも、生きづらさも感じる。



なんでなんだろう?と思っていたところへ、他人から直接「厳しさ」を受ける流れになる。それは、心身ともに衝撃を受けるものだった。



以前の私は、厳しく叱責されると「自分が悪いのだ」と自分を責め、自分の感情をおしこめ厳しさに追従していた。厳しくされることを、「ありがたい」と思うふしもあった。だからだろうか、ことさら厳しくする人ばかりを呼び寄せていたように思う。いつもいつも厳しくされていたため、厳しさに耐性があると思っていたのだが、それは自分の感情に嘘をついていたからこそ耐えられたのだった。



本当は厳しくされたくなかった。一生懸命頑張っている自分の努力を認めてもらいたかった。優しくしてもらいたかった。



ツインソウルの彼と出逢い、愛を受け取ることの気持ちよさを知り、自分が本当は「優しさ」を求めていたのだと気づく。だからだろうか、「厳しい」だけの叱責には、違和感を感じるようになった。その裏に「優しさ」を感じられないと「ありがたい」とは到底思えなくなったのである。



今回の「厳しさ」は、自分が正しいと思うことをずばり言い放つものだった。それは、相手の事を思ってというより、「自分の意見の正しさ」を認めさせる気持ちが優先されたものだった。自分が出来るがゆえに、出来ない相手を許せない・・・そんな気持ちからの叱責。それが、人の心にどれほどの衝撃を与えるのか、身をもって体感させてもらった。



その人は、若さゆえに「多様性」を認められないのであろう。だから、そう言ってしまう気持ちもわかる。だが、叱責によって相手をコントロールしようとするのは違う。以前の私は、そのコントロールに甘んじて耐えていたが、今は、耐えることをよしとしなくなった。だから、衝撃をうけたのである。



そうされて初めて、厳しく叱責される人の気持ちがわかった。これは、辛い。メンタルが弱い人ならば、ひとたまりもないであろう。



・・・自分の厳しさを反省させられたのである。



若い頃は、正義感強く悪をどこまでも切り捨てるような厳しさがあったが、ツインソウルと出会ってから厳しさがかなり和らいでいた。相手を「許す」というスタンスがとれるようになってきていて、かなり丸くなっていたのだが・・・私は、未だアンバランスの状態だったようである。



それが、私の生きづらさになっていたのであろう。それを、このブレスが教えてくれたように思ったのだ。


私には、もうすこし「甘さ」が必要なのであろう。厳しすぎた自分をも許す「甘さ」が。


弾けとんだ石達は、私の厳しさの象徴であり、新たに加わった石達は、私に必要な甘さなのではないだろうか。

このブレスを身に付けることによって、心身のバランスを磨いていくのかもしれないと思った。

そうしてのち、今の私のテーマが成就するような気がしているのである。