かのんのお部屋 -39ページ目

かのんのお部屋

日々いろいろ思ったことを☆

陰陽説では、陽を始まり、陰を終わりとする。

これは、生命の営みも同じで、陽の男性から陰の女性へ流れていく。

人間の誕生も、精子→卵子。虫から動物に至るまでほとんどの生き物でも、順番としては、同じで、オスからメスへアプローチをかけている。

そのことを示唆する神話があるのだが、ご存知だろうか。


国産みの場面、イザナギとイザナミが互いに大きな柱を回って、二人が出会ったところで声をかけ合うシーンがあります。 最初は女のイザナミから「あゝ、いとしいあなた・・・」と声をかけ、男のイザナギが「おゝ、いとしいおまえ」と返して子供が生まれますが、ヒルのように骨がなくグニャグニャなものが生まれ(ヒルコ)、国産みに失敗します。 そして他の偉い神様たちにも相談して再挑戦、柱を回って今度は男のイザナギから、「おゝ、いとしいおまえ」と声をかけます。そうしてようやく、まともな子供が生まれ、国産みに成功します。   

          インターネット検索サイトより引用

神話の世界でも、女性→男性ではなく、男性→女性が順番としては自然となっている。

ひとつ断っておくが、陰陽説がとか、神話にあるからとかで、男女関係云々を語るつもりはない。これは、自分の経験を踏まえ、男女の心理も含めて考えるようになった結果なのである。陰陽説が唱えるこの順番がとても自然なものだと思えるようになってきたからなのだ。


基本的に、男性は愛する女性のために一生懸命頑張るもの。その頑張りを認めて、受け入れてくれる女性を心から大事にする。大事にされればされるほど、その男性を立てたくなるのが女性というもの。立ててもらった男性は、さらに愛する女性のために頑張る・・・そこに、愛の循環が生まれる。

これが逆だとどうなるだろうか。

女性が愛する男性の気をひくために頑張らなければならなくなる。その結果、男性は頑張らなくなる上に、心から女性を大事にしなくなる。男性が男らしさを発揮しなくなり、女性が男性のぶんまで頑張らなくてはならなくなる。しかし、そんな女性でも男性に男らしさを求める。だが、それを得られるはずもなく、大事にもされない。男性の方も、女性に女らしさを求めるが、自分の言うことを聞かず、立ててもくれない女性に失望をつのらせていく。男女ともに、不平不満が溜まっていくのである。

この不平不満が、「暴力」「モラルハラスメント」「家庭内別居」「離婚」につながるのだと思う。家庭崩壊をまねく多くは、こんな感じではないだろうか。

私の生母方の実家では、「モラルハラスメント」が行われていた。祖父や叔父は、「女は黙って男に従うもの」という考え方の人達だったのだが、彼らに対して祖母や生母は、心からの服従は示していなかったと思われる。そこで行われたのが「モラルハラスメント」だった。言うことに従うよう精神的にコントロールしていたのである。祖母や生母は、無意識に我慢を強いられていたのだと思う。そうして、私の幼少期に相次いで早すぎる死をむかえることになる。

叔父との遺産相続トラブルがなかったら、このことに気が付けなかったと思う。距離をおいて付き合う分には実害がなかったので、そこに「モラルハラスメント」があったなど考えもしなかった。

考えてみると、私自身の恋愛もこれと同じだったような気がする。ツインソウルの彼と出逢う前は、女性→男性というパターンを繰り返していた。いつも自分が一生懸命で、大切にされず、不平不満をつのらせていた。私の場合、不平不満は募るものの、「私が悪いんだ」と自分を責めることにより、我慢をすることになる。そう、無意識のうちに祖母や生母と全く同じ生き方をしていたのである。

反時計回りの太極図では、物事は逆に流れていく。
ということは、男女の関係性も逆回しになるということ。
逆回しの男女では、絆が壊れやすい・・・そう感じたのである。

ちなみに、現在のお雛様は東飾りが主流である。陰陽説を重視していた古来の並べ方は、京飾り。この飾り方の特徴は、内裏雛の男女が逆転をしていることにある。この並びは西洋の儀礼にしたがったものらしい。近代になってから東京で流行ったものだそうだ。

近代になってから女性が台頭するようになったのは、周知のとおり。それにより、時代が大きく動いた。これはこれで、とても大事な事なのだとは思う。しかし、水道の蛇口よろしく、開けっ放しというのはどうかと思うのである。なんというか、土台が崩れていくような気がしてならない。国家の礎そのものが、崩れかかっている感じがするのである。

だから、エネルギーの方向性というのは大事なのでは?と思った。

ただし、これにはひとつ条件がある。

それは、自分自身を心の底から愛すること。これが抜け落ちたままでは、陰陽の摂理に従ったとしても、片手落ちになると思う。自分を不幸にするような相手を呼び寄せてしまう可能性があるからだ。相手選びを間違ってしまうと言ったらいいか。それは、男性であっても女性であっても同じことだ。

女性→男性の恋愛を繰り返していた私だが、唯一、男性→女性というパターンを経験したことがある。それが、ツインソウルの彼に出逢う直前につきあっていた彼だった。この彼は、非常に男らしい人で私はそこに惹かれた。グイグイとひっぱっていってくれる彼に「私が求めていたのはこの人」だと思ったのだが、違う事に気が付く。独占欲で私を束縛することを、男らしさと大いに勘違いしていたのである。相手を間違えたと思った。

自分自身を愛せていないままアプローチされれば、相手を見極めることなく受け入れてしまう。また、相手を見極めることなく、アプローチしてしまう。私は、自分の失敗からこれを強く思うのである。

自分を愛することが出来るようになると、自然と結ばれる相手がわかってくる。男性→女性という流れも、ことさら意識しなくても自然になってくる、とツインソウルの彼との経験から思う次第。


ワルツでも、最初の一歩は男性から。その一歩を女性が受け止め踊りが始まる。ただし、男性の動きが曖昧だと、女性も受け止めきれなくてスムースなダンスはできない。また、女性が男性に身をゆだねられないと、これまたスムースなダンスにはならない。男性は男性らしく、女性は女性らしくである。男女がお互いの役割をしっかりこなし、宇宙の摂理に基づいて行動するとき、幸せな太陽と月のワルツは踊れるのだと私は思う。宇宙の摂理にともなった、愛と調和にみちた関係性が築けるのだと思う。


そんな事を、時計回しの太極図をみて思うのである。