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かのんのお部屋

日々いろいろ思ったことを☆

先日、何げに円空仏を鑑賞していた。

「円空が最後に彫ったのは歓喜天なんですよ」

案内の方の言葉に固まった。

「歓喜天!?」

私が驚いたのには、訳がある。

数週間前に引き出しの整理をしていたのだが、その時、和紙に包まれた御札が出てきた。これが出てきて初めて、もう何年も、この御札の存在を忘れていた事に気が付く。和紙をはずし、直接、御札を見て驚いた。

(ツインソウルそのものだ!)

象の頭をもった男女が抱き合う姿を象った仏像を「歓喜天」と呼ぶと説明には書いてあった。

(見る必要があったのだろう)

どうして見る必要があったのか深くは追求していなかったので、この事を忘れかけていた。その上での円空仏だったのである。

かなりシンプルに彫られた仏像だったため、「歓喜天」のことを知らないままで見たら、何が彫られているのか、私には理解できなかったと思う。そういった意味で、御札を見る意味があったのであろう。


歓喜天 古代シヴァ神の子で、象頭人身のガネーシャ(毘那夜迦王)という粗暴で邪悪な魔神が、人々に害を及ぼしていました。そこで十一面観世音菩薩は、象頭人身の女天(ビナ-ヤカ女神)に化身してガネーシャを誘い、仏教に帰依することを誓わせた上で、和合・合体して、この神の暴悪を鎮め(調伏し)ました。以後、ガネーシャは、善神となり、歓喜天・聖天と呼ばれ、仏法の護法(守護)神となったとされます。一般に、象頭の女天と男天が抱擁している、二天一体の双身像が歓喜天と呼ばれます。

                インターネット検索サイトより引用



この歓喜天を最後に、円空は即身成仏になるため入定したのだという。生涯に2万体という仏像を彫り続けた円空が、最後の作品としたのがこの「歓喜天」。


日本での歓喜天の像容には「多臂の象頭単身像」もありますが、上記の伝説に因んだ「歓喜天双身像」が最も多いとされます。この像容は、「象頭人身の特異な姿の男女二天が抱擁している双身像」です。しかし、歓喜天双身像を祀る寺社のほとんどが本尊を「秘仏」扱いにしていますので、一般の目に触れることは少ないようです。

                インターネット検索サイトより引用



歓喜天という仏像は、上記のとおり秘仏とされていたもののようである。おそらく、男女の秘事は、禁欲的な仏教の世界からは、隠されてしかるべきものだったに違いない。


その「歓喜天」を円空が最後に彫り上げた。
そこに深い意味がある・・・案内を聞きながら、そう心の中で思っていた。


性の営みがあって、万物は豊かに繁栄する。そこから目を背けて、いかに高尚に生きようとも、逃れることはできない自然の摂理。そこを認め受け入れてこそ救われる。その境地に円空は至ったのではないだろうか。円空は「悟った」のではないか?


これは、私の勝手な憶測なので、間違っていたならばご容赦願いたい。


ちなみに、ツインソウルの彼との間で、私が一番大切だと感じていたことがある。


性は聖なるものであり生につながる


彼と向き合いだした当初から、これが根底にあってこそのツインソウルだと思っていた。


ツインソウルの彼と向き合いながら、私はこのテーマと向き合っていたと言ってもいい。

生の本質を如実にあらわすのが性の世界である。男女和合の秘訣でもあるのだが、とても深淵で、本質を捉えることがなかなか難しいのもまた性であるように思う。その本質に気づかせてくれる存在が、ツインソウルなのかもしれない。


そんな事を、この「歓喜天」で改めて示されたように感じる次第である。