ホロスコープとは、ある瞬間の天体配置を図にあらわしたものである。誕生時のホロスコープをつかえば、個人の性格・恋愛・結婚・適職などを、読み取ることが可能である。
さて。
私のホロスコープには、はっきりとある問題点が示されていた。それは、人生でかかわりあう男性についてのもの。「問題ありな男性」と縁があるという暗示なのである。
若かりし頃、ホロスコープを読み解きながら、この男性運のなさをなげいていたものだった。私はそういう星のもとに生まれたのか、幸せにはなれないのか・・・となかば諦めにもにた思いをもっていた。
しかし、である。
ホロスコープというものは、人生の青写真。これは、あくまで傾向であり、あぶり出された問題点である。何もしないままでは、このような人生傾向になりますよ、という暗示にすぎない。
私のホロスコープには、女性としては些か強すぎるという事も同時に暗示されていたのであるが、この部分を横に置いて男性運のなさを嘆いていたのだから笑ってしまう。自分の欠点を顧みず、結果に文句を言っていた当時の私が非常に恥ずかしい。
ちなみに、この男性運は恋愛としての相手だけでなく、関わりあう全ての男性を指す。近親者の男性も含めての「問題ありな男性」だったということ。そういう男性ばかりを自分自身が呼び寄せてしまう、私の心の闇だったのである。
この問題点は、簡単には気づけない根の深さがあった。こんなに分かりやすく暗示されていながらも、根本的な事にまったく気が付いていなかったし、無意識の傾向性に流されまくっていたのだから。
以前、ある方をとおして守護霊様からのメッセージを受けたことがある。
出来る事は試されることが多い。
日々、そなたは学びを得ている。
その学びを深く理解出来たか試験が出される。その試験に、そなた受かれば次に進む。受からねば、また一から学ばせる。そなたに限らず、皆、御魂の成長のためには、カリキュラムのようなものが作られ我ら霊人たちが、サポート・支援いたし御魂を成長させるために共に歩んでおる。それが仕組みである。
そなたの御魂、今生どこまで磨けるか、そう思えば生きる気力も大きくなろう。
磨くとは何かを申そう。
「他」を理解いたすことだ。そなたが生まれた世界は、宇宙のあらゆる「他」が存在いたしておると思えばよい。そなたの理解出来る世界を含め、ありとあらゆる想念・姿かたちがある世なのだ。
どこまで「他」を理解いたし、喜びに変えることができるかが学びの対象である。
己に近いものばかりを探して生きるならば、自ずと喜びは小さくなろうなぁ。違うのがあたりまえの世界に今おるのならば、その違いを楽しめるものとなろうと決めたならば、大きく御魂、成長いたすぞ。
姿かたちだけ見てもよかろう。
まずは「男」理解いたせば、喜び大きくなるなぁ。
人以外、「動物」理解いたせば、喜びはひろがる。
「草木」、そのようにひろげていけばよい。
そなたが生きられるのは、この地の神の中におる故のこと。そこに気づくならば、地の神にありゆる、ありとあらゆる仕組みに目をむけ理解を深め、感謝いたすならばもっと御魂は大きくひろがる。そのように、どこまでも己をひろげるということ、「他」を理解いたす、喜びに変えるということがなされておるのだ。
生きる目的、あらすじはこれで分かったな。
それが修行ぞ。いらぬものに囚われてはならんぞ・・・
ここでも、「男性を理解する」ことに言及しているのが興味深い。
おそらく、私の中には「男性に対する不信感」があったのだと思う。
それが歪んだ男性感の原因であろう。
男性を歪んで見てしまう傾向性をもって生まれてきたということは、生まれる以前に何かしらの問題があったのだと思う。いわゆる、前世というものだ。数々の転生を経て、性を歪ませるに至った何かしらの経験があったに違いない。それが、潜在意識下に残っていたのだろうと思う。
私がこの世に生まれてきた第一の目的は、この歪んだ男性感を癒すためだったのかもしれないなと思う。ホロスコープ上でこれだけはっきりと問題点として顕されていた事も、守護霊様から指摘を受けたということも含め、もっとも腰を据えて取り組まなければならない課題だったのだと感じる。
この課題を解消するために、私は「男尊女卑」な家族を選び、母を早くに亡くすことを選び、その後に展開する様々な苦悩を選んだに違いない。
愛に溢れた幸せな家庭に生まれたのでは、到底、気づき得なかったことだと思うし、乗り越えるだけの気概を持つことはできなかったと思う。
そうして、ツインソウルという存在によって、人生をひも解き癒す「スイッチ」をいれてもらった。私の人生を振り返り、深く深く追求していく、自己回帰への「スイッチ」を。
ツインソウルと相対しながら、悩み苦しみもがいた事で、気づきはより深くなったと言っても過言ではない。
全ての経験が、私という花の糧になったという訳だ。
蓮が大輪の花を咲かせるには、泥の中で大きな根を肥やさなければならない。悲しい別れも、苦しい経験も、全て、私を育てるための神の愛だったのかもしれないなと思う。
生まれてこれた事に感謝。
経験させてもらえた事に感謝。
今、生きている事に感謝。
ありがたい導きに感謝する次第である。