責任ある行動がとれない割に、理想ばかりが高い男性がいる。
高い理想を持つことは決して悪い事ではないのだが、現実をみて行動する事を忘れてはならない。彼の場合、現実を顧みていない事が多く、そこが原因で起こる問題に向き合わず、夢ばかりを追っているところが問題だ。向き合わないので、問題は先送り。結局、問題を大きくしてしまい、収集つかなくなって途中で投げだす事を繰り返している。
彼の尻ぬぐいをするのは、決まって周りの女性たち。彼が掲げる高い理想の下に集まった人達で、彼のシンパともいえるだろう。彼を神のように崇めている人達だ。
彼には息子が3人いるが、この息子たちは絵に描いたような俺さま気質。出来ないでいる人を上から見下し、我が物顔でいる。彼らが問題のある行動をしていても、父は息子たちを叱る事はしない。代わりに、息子たちの問題行動を注意するのは周りの人達。年長の男性もいるが、だいたいは女性たちになる。注意喚起に猛烈な反発をして素直に従う事はほとんどない。まれに従う事はあるのだが、無理やり従わされたと常に不服を抱いている。素直に反省するところは、まずもって見た事がない。こんな感じで、非常に扱いにくく面倒くさいので、自然と注意する人も少なくなってきた。
高い理想を掲げているのはこの息子たちも同じで、その理想の下、自分達のスキルアップをすることに余念がない。ストイックにスキルを磨き続ける様は、ある意味で尊敬に値するし、そのスキルに憧れて彼らの下に集まってくる人も一定数いるにはいる。ただし、それは彼らより人生経験が浅い年下がほとんど。初めのうちこそ、可愛がり何かにつけて面倒を見る感じがあるのだが、努力をしていないと見るやいなや、途端に厳しい態度に出るので二度と一緒にやりたくないと去っていく人達もまた多い。
私から見て、彼らのスキルに人間性が伴っていない感覚がどうしてもする。私的に尊敬できるポイントがスキルしかないので、今のままでは、この人達と長く一緒にやっていけるとはどうしても思えない。
父の方は一見すると人当たりが良くて人間性が出来ているように見えるが、よくよく接してみると人の話に聞く耳をもっていないのがわかる。物わかりよく聞いているように見えるのだが、彼に意見した事で行動に移された事はほとんどない。何度もそんな事があって、話を右から左に流しているのだなと思うようになった。聞けば息子たちの意見ですら聞いていないということ。息子たちは父を尊敬しておらず、みんなの前で父を罵倒する事もあったりする。
同じ趣味を持つ父子だが、その関係性は微妙だ。彼らを見ていて、ここの一族の女性たちは相当苦労しているのだろうなぁと感じている。私の一族もそうだったのでわかるのだが、おそらく色々と我慢を強いられているだろう。女性の我慢の上に成り立っている事に感謝もないだろうし、それが当たり前だと思っているのかもしれない。それとなく、この一族の女性の一人に聞いてみたのだが、やはり我慢をしている口ぶりだった。
私は、この父子と同じ趣味の人達が集まる団体に入っているのだが、この父子が入ってきてから団体の居心地が格段に悪くなったと感じる。長らく一緒にやってきていた人達も辞めて行っているのだが、この方達は本来ならばこれから団体を率いていくはずだった方達であり、スキルも気骨もある方達だった。彼らも団体の雰囲気が変わってしまった事を肌で感じ取っていたようだ。
何が変わったのか?
団体に全くもって【愛】が感じられなくなってしまったのである。
殺伐としているというか、隙がないというか、父子の理想を実現するために敷居が高くなってしまった。
楽しさより厳しさ苦しさが先にたち、続けていくことが嫌になってしまう。
運営側にいる時、出来うる限り何度もアドバイスしたが暖簾に腕押しだった。というか根本的にわかってもらえなかったと言ったらいい。これらを理解できる人は運営側以外にもまた少なく、全体の約一割程度しかいない感じだ。
上手くなる事を目標に掲げて練習に励んでいるが、その熱量は強豪校の部活のように見える。上手くなること自体は悪くはないが、グループ全体の力量を見ていないのが問題だ。社会人ともなれば、仕事に家事に育児に介護にと趣味に熱量を注いでばかりはいられない訳で、それは個人個人で違ってくるし練習量も格差が出てくる。全体的な開きが生じてくるのは、学生以上になるだろう。
同じグループで続けていこうとする以上、この全体的な開きを無視してはいけないと私は考える。この開きが行く行くは分断の元になるからだ。熱量が高い人はどこまでも先を行こうとするし、熱量の低い人はついて行けなくなり脱落していく。そうして、グループの団結は崩れていくのである。
同じグループでの登山では、グループの歩みに開きが出た時、一番体力のない人に合わせていくのが肝心になる。そこを見極めて指示を出すのがリーダーの務め。これが出来ないリーダーにはついて行けないと、体力が一番ない私自身が身をもって感じている。出来る人はどこまでも先へ行こうとするから、私のような人は自然おいていかれてしまう。こうやってグループはバラバラになってしまう訳だ。山の中では命の危険がともなうので、団体行動をとる際に一番気をつけなければならい事でもあるが、おろそかにされやすい事でもあるのが残念だ。
出来る人には出来ない人の気持ちがわからないとよく言われる。痛みを経験した人でなければ、出来ない人の気持ちを推し量る事は難しいだろうと私も思う。
たとえスキルがあったとしても、出来ない人の気持ちがわからないというのは団体行動をする上で致命的な欠陥になる。この欠陥を補うためには、出来ないでいる人の意見に聞く耳を持つ事が必要だと私は思うわけだ。もちろん、出来る人の意見も大事なのだが、出来ないでいる人の意見に耳を傾ける事で違った目線からの意見が聞ける。そこを無視する事なく、皆で話し合いお互いの意見をすり合わせる。場合によっては、出来る人が出来ないでいる人に合わせる勇気が必要になってくるだろうし、出来ないでいる人の頑張りも必要になってくるだろう。そうやっていけば、自然とこの団体の身の丈というものも見えてくるし、どうやって活動をしていけばいいかもわかってくる。
これが話し合いであり、相手を尊重し、信頼する行動になる。これは愛がなければ出来ないと私は考えているわけだ。
父子はこれがわかっていない。自分達の信じたやり方を上から押し付けている状態だ。異論を唱えればそれは無視か反論である。聞いた話では、この父親は何度もグループを作っては失敗したという過去があるらしい。同じ事を何度も繰り返しているのに、本人は全く気が付いておらず、今度こそと理想の団体を作るための夢を見ているのだろう。
私は、役員を外されたので運営については意見をすることはまずないが、おかしいと思う事や自分自身の尊厳に関わる事については、意見を言い続ける姿勢は崩していない。おそらく、私のような存在は運営側からしたら目の上のたんこぶだ。面倒くさくうつっているに違いない。しかし、危機意識が薄い今の団体を守り、かつ自分自身を守るために必要な意見だと私は信じている。こんな状態なので、現団体が公的なところでなかったら、私はとうにここを離れていたであろう。
「ここは【縛り】があるから良いんだよ」
公的に簡単には身動きできない様を【縛り】と称しているあたり、この父親が団体運営について支配コントロールで行おうとしているのがよくわかる。彼が団体運営に失敗し続けてきたのはここが原因だとわかる日はいつかくるのだろうか。
今の状況では、この団体から離れるのが私の身には一番楽である事はわかっている。だが、それでも続けるようにという守護霊からのメッセージもあるので、ここを乗り越えていく事を求められているのかもしれないなと思った。また、私にしかできないここでの役割もあるような気がする。
そんな訳で、今は静観を続けているが、事と次第によってはここを離れる事を視野において、当たらず触らずのスタンスで活動をしているところ。どうなっていくのかはわからないのだが、全て天に委ねていこうと思っている。