亡くなった祖母の件でバタバタしていた昨年の3月、あるブログにご縁があった。
人気のブログなので、ご存知の方も多いかもしれない。このブログを読む事により、私は守護霊の存在をかなり強く再認識させられた。カードリーディングで守護霊からのメッセージを確信をもって読み取るようになったのは、このブログの影響によるものである。
ここで私が意識するようになったのが【背中の穴】に関する事だった。詳しい事はブログを読んでいただきたいのであるが、背中の穴が空いている状態だと霊的に干渉されやすくなると言う。しかも、そういう方々は多いのだそうだ。
以前、東洋医学の手ほどきをして下さった方から邪気は首元あたりから入ると教えられていたので、ブログ主さんの仰る事がわかるような気がした。ブログによれば【背中の穴】は、その方自身の前世人格が成仏していない事が原因であり、穴がある事で守護霊との結びつきが弱くなるとのこと。山城で起こった歴史、成仏していない城主、前世の自分、祖母の死、呪詛、先祖の守り・・・様々な事が相まって、自分は大丈夫なのかと大いに気になった。空いている可能性は多分にある。しかも、このタイミングで読む事になったという流れ。これは、守護霊の導きに他ならないだろうと思いこのブログ主さんに【背中の穴】の鑑定をしてもらう事になった。
ところがである。
その1のブログ内で”身体的なアプローチだけでは根本的な修正は難しいかもしれない”と書いたのは、私の背中に穴があいているかもしれないと言う事だったのだが・・・鑑定結果は、背中に穴は開いていなかった。思っていた鑑定結果ではなかったが、安定した魂の持ち主と太鼓判(?)を押されたので良かったと思う。ただ、私自身が未浄化霊から視える存在という結果には驚きを隠せなかった。
未浄化霊という存在は、この世界のものがほとんど見えない状態で彷徨っていて、視える人をみつけると霊の方は喜んで近づいてくるのだそうだ。彼らには悪意はないが、近づかれた事で波動に影響がでるため、心身に負担がかかりやすくなるという。
実は、これには思い当たる過去がある。
昔、私を霊的精神的に導いてくれた師が未浄化霊を成仏させる事ができる人だった。当時の私は未浄化霊に関与されると異様なまでに肩が重くなるか気持ちが悪くなるため、度々、浄霊をお願いしていた。師と縁が出来てからというもの、海外など場所を問わず頼られるようになり、それがあまりに多かったので、この事を質問してみた事があるのだ。
「あなたの先に光が視えるので、この人を頼れば成仏できると、あちらの世界でわかるからだよ」
この時は、私自身が師と未浄化霊の仲介役となっているだけなのだろうと思っていた。やがて、精神の勉強を進めるにしたがい霊的耐性ができたのだろうか、酷く体調を崩す事は少なくなる。時々、体調を崩す事もあったが自分自身をメンテナンスする術を見つけた事もあり、また、老齢だった師自身も他界され、浄霊という事は特に考えなくなっていたのだが・・・ブログ主さんの鑑定結果を見てさらに驚く事になる。
私自身が未浄化霊を冥界へ送る事ができるというのだ。積極的に未浄化霊を冥界へ送ることにより、守護霊との関係は強固なものとなると。
私自身にそのような事ができるなど思ってもみなかった。
そんな霊的な力があるなど考えた事もなかった。
しかし、なるほど。
そういった意味でなら、祖母や山城の城主の成仏を助ける事ができるかもしれない。
このブログでは、未成仏霊を冥界へ導くために般若心経を唱える事を勧めている。祖母の供養でも最終的にいきついた私の答えが般若心経だった。その事からも、ブログ主さんのおっしゃる事はかなり信ぴょう性があるのではないかと思っている。
登山中に切り立った岩場で「立てるのに立とうとしていない」と知人から言われたと書いたが、霊的にも「出来るのにやろうとしていない」という同じ状態だったのかと思い知らせらた。
この結果が意味する事はただ一つ。
心身共に本来はやれる力を備えているのに、それがうまく発揮できていないという事に他ならない。以前から、「(霊的に)早く目覚めなさい」と言われていたのだが、私にはそんな力はないと思っていた。でも、そうではなかったという事がこの鑑定結果でわかったのである。
私には、やらなければならない事があり、自分の真の力を思い出すために一連の流れがあったのだと思った。つらつら考えてみると、この流れは生まれた時から用意されていたものだったように思う。
10年前、宮古島の御嶽へ導かれていった際に沖縄の神んちゅの方から【あなたは根っこの扉を開く人です】とメッセージをいただいた。今、まさにその扉を開こうとしている感じがする。現在の流れからするに、最終的な心身の調律を行っているところなのだろう。
御嶽へ導かれていった後の10年間、心身ともに非常に厳しく妥協を許さない流れでここまできているのを感じていた。中途半端では済まされないものだったのだが、何故なのか今ならわかる。霊的にも身体的にも本当の意味で自立させるためだ。守護する相手が横道に逸れていかないよう、正しい方向へ導き、かつ見守ってくれていた守護霊の働きがなければ、ここまではこれなかったように思う。
私という軸がしっかりする事で、守護霊との結びつきがもっと強固になるのだろう。そうした後、私の中に眠っている強力なエネルギーが自力で使えるようになるのだろう。そこまで行ってようやく、自分で自分の身を守る力を発揮する事が出来るようになるのだろう。肚ができて、何事にも物怖じする事がなくなるのだろう。
ネットのカードリーディングで終始一貫して伝えられているメッセージは、私自身の著しい変化変容を示すもの。
今まで感じていた悩みがガラリとなくなる・自分の軸を取り戻す・今まで苦労してきた事がようやく日の目をみる・自分自身の霊的な能力を発揮する方向性になっていく・・・という結果が出ている。
長い時間をかけて努力をしてきた【どうしても叶えたい事】がもうすぐ叶います。それにより、あなたは心身の平安を得るでしょう。全てがガラリと変わります。
守護霊の大きな愛に導かれている幸せに感謝。
私を守って下さっている先祖霊や霊的存在にも感謝。
全ての、ありがたき導きに感謝する次第である。
