無償の愛【その4】 | かのんのお部屋

かのんのお部屋

日々いろいろ思ったことを☆

友人の娘さん姉妹より、誕生日プレゼントをいただいた。




私が主催する教室の生徒でもあるその姉妹は、時々こうやって私にプレゼントしてくれることがある。それは、子供らしい創意工夫がこらされたもので、すべて手作り。




友人によると、彼女たちはこれを自発的に始めたらしい。

母親が何か言った訳でもなく、誰かに言われたからでもなく、もちろん私が請求した訳でもなくである。




私に贈りたいと彼女たちの方から言い始めたのだそうだ。




何を贈ろうかと考えて考えて考えて。

そうやって、手作りで手渡される品は心がこもっている。



だが、何より嬉しいのはその気持ち。見返りを求めず私のために動いてくれた、その気持ちが何よりのプレゼントなのだ。



愛の本質は、「無償の心からの奉仕」である。与えっぱなしのものなのだ。自分にどう返ってくるかを考えて与える愛は本物ではない。ボランティアをしているから、自分は愛深い人だと思っている人の愛は、本物にはほど遠い。また、相手に同情して与える愛も似ているが全然違うものだ。

               加納眞士著 「愛ダス」より 

                   

そう、彼女たちがした行為とは、まさしく愛に基づいたものなのだ。彼女たちが、そういう気持ちになってくれた事がとても嬉しく、教え子の成長をみるようで誇らしい気持ちになった。




だから、私も彼女たちに何かしてあげたいと心から思える。愛には愛をもって応えたいと思う。そうすると、温かくて心地のよいエネルギーが流れるのを感じる。


これが愛の循環というものなのではないかな・・・とふと思った。






本物の愛は、自分を「無私」にし、相手の意識の進化のために自分ができる方法で奉仕することである。その結果が祈りや奉仕活動や援助になるのである。宇宙の法則は変わらず、「与えれば与えられる」である。だがたった一つだけ秘訣がある。それは、与えっぱなしで忘れてしまうことである。


              加納眞士著 「愛ダス」より




愛の循環があるところには、争いはない。

あるのは、無限の愛のエネルギーである。



無限の愛につつまれて生きることは、この上ない幸せであろう。

愛に生きる幸せ。
極上の幸せを生きる悦びを、教えてもらったことに感謝をする。