以前、私にひどい言葉をなげかけて縁を切っていった人がいる。
その言葉とは、私の心的な問題の核心部分をついたものだった。急所であるだけに、一番ふれてほしくないことだった。
さんざん、私の問題点を挙げ連ね、さらにはその場に居ない共通の友人の問題点まで私にさらしたあげく、「死なないで、生きて」と言ったその人は、皮肉にもカウンセラーの資格をもった人だった。
カウンセラーの資格をもつだけあって、私の心的な問題点は非常に鋭く見抜いていた。だが、心の問題は急所であるほど慎重に扱わなければならないことは、彼女も当然知っていたはずだ。それを、本人の心が折れる可能性もあると知ったうえで、あえて責めたうえに言った言葉が「死なないで」だった。確信犯的な言動だったのである。当時は、なぜそれを言われるかわからなかったが、その言葉が優しさからでたものではないとは何となく感じていた。どこかに悪意を感じていたのだった。
ずっと信頼していたし、優しい人だと思っていたこの人の突然の豹変に驚き、戸惑い、かなり苦しんだ。私の何が、彼女をここまで豹変させたのかわからなかったのだが、共通の友人の言葉で謎がとけた。
「嫉妬」なのである。
彼女がご執心だった男性に私が色目をつかっていると思い込んだというのが真相のようなのだ。共通の友人の問題点を挙げ連ねたのも、やはりこの男性絡みのイライラをその人に感じていたからなのだ。
ちょうど、女性性を解放し、それを外に出し始めたころだった。だから、私はよけいに目についたのかもしれない。私としては、まったく普通に男性と接していただけだったのだが。終始にこやかに過ごしていたが、ことあるごとに刺のある言葉をそれとなく口にしていた彼女。多分、すでにこの段階でかなりのイライラを感じていたと思われる。
その様子を、好きなおもちゃをとられて、我慢をしていた子供のようだったと友人は言った。その我慢している気持ちを、私に理解してもらえない気持ちが時間とともに肥大していき、ついに爆発。絶縁宣言をするに至ったのだと。
彼女は、私に絶縁メッセージをよこす前に、こんな事を言っていた。
「あなたは、何にもわかっていない」と。
彼女はSNSで、小さい頃の親からの理不尽な態度をとうとうと語り、どれだけ自分が不幸だったかみんなに訴えていた。
「こんなに我慢している私をわかってよ!」という気持ちからきていたのであろう。「わからない」私が悪かったのか・・・と、当時の私は自分を責めていたが、違うのだ。
嫉妬をさせるような行動を安易にとってしまった私の無防備さも一因ではあるのでそこは反省するべき点だと思う。彼女の気持ちを理解して思いやることも大切だったかもしれない。だが、「嫉妬」をする問題は彼女のものだ。
それを、私が全て悪いことのようにすり替えて責め立て、追い込んだ上に、絶縁するという彼女の行動は、少々常軌を逸している。
自分に火の粉がふりかかって初めて、なぜに彼女がSNSの仲間うちでトラブルメーカーのような存在だったのか、がわかった気がした。以前の記事 で書いた人たちと同じである。
あからさまな態度にでるのは、心の中にわだかまったモヤモヤを「わかってもらう」ためにとった行動なのだろう。大人気ない行動になるのは、自分の心の幼さがそのまま出ていると思われる。
こんなに我慢してるのに!こんなに努力してるのに!あぁ、くやしい!くやしいのに、何もわかってくれない!もっと、私のことを理解してよ!理解しないならこうしてやる~!
と、当たり散らしている感覚なのだ。
彼女の、この気持ちが私に伝わっていれば、私としても何とか対処のしようがあったかもしれない。
だが、残念ながら当時の私にはまるでわからなかったし、まさか彼女がこんな気持ちを抱いているなど思いもしなかった。
だから、何もわかってない!と、イライラが募っていったのであろう。
友達ならば、口にせずとも気持ちをわかってもらえると、どこか私に期待していたのかもしれない。期待に添えなかった私に憤りを感じたのかもしれない。
しかし、100%相手の気持ちがわかる人などいるだろうか?
まずもって無理であろう。
だから、わかってもらおうと相手に求めるのではなく、相手がわかるように気持ちを伝える努力をしなければならない。
彼女が送ってきた「メッセージ」は、彼女なりの素直な気持ちだった。
が、問題なのはそれが「デッドボール」であったことと、「絶縁」という前提のもとに書かれていたということだった。
一方的に自分の気持ちをぶつけて、さっさと縁を切るというのは、いわば「言い逃げ」。しかもそれが、痛すぎるデッドボールでは、かなりつらいものがある。
私も「痛い」と自分の気持ちを伝えたかったのだが、逃げられたことで伝えることができなくなる。これでは、ただ自分が言いたいことを言っただけになるということに、彼女は気がついていなかったようだ。
気持ちを素直に伝えるというのは、こんな痛いやりとりをしなければならないものではないと思う。
ただ「私はこう思っています」と、相手にさらりと伝えるだけのもののはずだ。
伝える相手も素直に気持ちを言葉にのせ、伝えられる相手も素直に受け取ればいいだけなのだ。これができないということは、要するに双方が「素直」でないということなのだろう。
そう、彼女だけでなく私も「素直」ではなかったのである。
素直な人ならば、こんなにも悩み苦しむことはなかったかもしれない。
彼女の言い分が図星すぎたため、傷つけられたプライドをなんとか守ろうとやっきになった結果がこれだった。
そこに、私自身も気がついていなかった。本当に恥かしい限りである(^^;
素直でない者同士が本音を言葉にすると、こんな風に激しいぶつかり合いになり、ケンカに発展する可能性を秘めている。お互いに自分の正当性を相手にわからせようと必死になるからだ。
・・・気をつけたいものである。
最近の私は、気持ちを素直に伝え、素直に受け取る努力をしている。
だからだろうか、コミュニケーションがしやすくなったと思う。
余計ないざこざもないし、快適である。
時々、昔の癖で素直でない自分がでてくることがあるが、軌道修正もできるようになったため、大きなケンカにはならなくなった。
素直に生きると、感情の揺れが小さくなる。
思い煩うことがなくなってくる。
それが、平安に生きるコツなのではないか、と思う今日この頃の私である。