寒い話(第2話)その2 | eba-igoyaraのブログ

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趣味の多さに目眩がする・・・

これも母の話です。

これは戦後のことです。父が戦死したので母は私たち子供2人をかかえて嫁ぎ先で1人で暮らしていました。戦後まもなくのある日、庭師が来て切っていった古いクスノキの幹の部分を薪にしようと割っていたらパカっと縦に2つに割れた木になにか字が書いてあるのが見えました。
『大日本帝国』と書いてあるらしいのですが、母の割った薪の木には「大」の字の下半分から「帝」の字の頭の部分までが黒褐色になって浮かび上がっていました。字の途中で切られているわけです。木の表面ではなく、内部にだけこんな字のあるのが不思議で、母は庭師を呼んで尋ねたところ、庭師は「木の幼いときに表面に墨で字を書くと成長するにつれて内部に浸透することがある」と説明してくれました。しかし木の表面には調べても何も無く、「変ですね」と帰っていったそうです。
母は疑問に思ったので字のある薪だけは別にして、残りの薪は風呂にくべてしまいました。

その夜のこと、母は戸外の風の音で目を覚ましました。風はだんだんとひどくなり、暴風雨のような音になって、そのうち隣の部屋の障子がばたばたと倒れる音で母は飛び起きました。このまま部屋にいては暴風雨で家がつぶされるといけないと、私たち子供を起こして外に逃げようとしましたが、地響きもひどく、とうとう玄関に通じる廊下の角まで来てうずくまってしまいました。目の前の障子やフスマが倒れていきます。
そのまま震えながら子供達をかかえて朝を迎えた頃、やっと風雨もおさまり静かになりました。家のそばにある井戸に隣の奥さんが歩いていくのが見えたので、母は声をかけました。
「ゆうべは嵐がひどかったですね。お宅はだいじょうぶでした?」
隣の奥さんは「は?」とけげんそうです。聞いてみると昨夜は嵐どころか雨も降らず、静かだったとのこです。
母は、他にも字の書いてあった薪を風呂にくべてしまったためにきっとタタリがあったのだと言っています。
この字の書いてある薪の片割れは出入りの神主さんに託してご本山に納めてもらったそうです。もう片割れは庭師が、こういうものに興味のある人が居ると持っていったそうですから、現在家にはありません。

この薪に書いてあった字については、私も幼い頃ですがおぼろげに覚えています。白い木の地肌に黒褐色の字が毛筆で描かれておりました。それと嵐で母が震えながら廊下の隅で私を抱えていたことも記憶にあります。たぶん3,4歳くらいのことでしょう。

薪の木の中に浮かび出た文字は、これは庭師が説明したとおり幼木の時に表面を削って書いた文字が、木の生長するに連れて内部に浸透したものでしょう。その夜の「暴風雨」は母の錯覚?かもしれません。何か神聖なものを燃やしてしまったという意識が引き起こした妄想かも。
私が震える母に抱かれていたことは確かですが、その時、外が暴風雨であったかどうかまでは幼かったので記憶にありません。しかし、5才上の姉ははっきり覚えていて、「確かに風がびゅうびゅう吹いて障子やふすまが倒れていた」と証言しています。
これは何だったのでしょう? 誰かがいたずらで障子を倒して廻ったとも思えないし、雨戸が閉めてある部屋の中の障子が倒れるほど風が吹くなら、雨戸自体も飛んでいってるはずですが・・